43. おはよ


「カナヲちゃんだって炭治郎さんについてるつもりでしょ?だったら、私がここで寝ても何も問題ないんじゃないかな?」
「…あのね、私は眠らないつもりだし、名前ちゃんの部屋は別にあるんだから、何も2人の間で寝なくていいよ」
「だって、2人看るんだったら、丁度いいかなって」


私の言葉でカナヲちゃんは何度目かのため息を吐いた。
そんなに変なこと言ってるのかな?
それにこの人たち、意識ないから私が横にいてもいなくても関係ないかなって。
だめ?


「一応、私は止めたから」


はぁ、と今度は聞こえるように落胆する声が聞こえる。
どうやら私は許して貰えたらしい。
とりあえずカナヲちゃんには「ありがとう!」と言っておくと、複雑そうな顔をしていた。

すみちゃん、きよちゃん、なほちゃんが少しの間看てくれるというので、その間に私はお風呂を頂くことにした。
吉原でもお風呂はあったけど、頻度と時間が余りなくて、どうしても女子としては耐え難い状態だった。
やっとの事で湯船に浸かることが出来て、その気持ちよさに危うく寝てしまいそうになる。
潜入捜査の疲れもあるんだろうけど。
結局、寝てしまう前に、さっさとお風呂を出た。


「あれ?アオイさん?」

すみちゃん達がいると思って部屋に戻ってくると、すみちゃん達ではなく、アオイさんが善逸さんと伊之助さんの間に椅子を置いて腰掛けていた。
私の顔を見てアオイさんは立ち上がった。

そして、黙ったまま私に近付いて、そっと抱きしめられる。
普段のアオイさんからは考えられない行動に、私は戸惑ってしまう。


「あ、アオイさん?どうしたの?」
「…私の代わりに、皆が行ったからこんな事に…」


アオイさんの消え入りそうな声に、私は何故吉原に行く事になったのか思い出していた。
あぁ。宇髄さんが元々アオイさんを連れて行こうとしていたんだっけ。
代わりに名乗り出たのが私達だっただけなんだけどな。

プルプルと背中が揺れていたので、私はアオイさんの背中に手を回した。


「結果的あの3人だったから、今回の鬼は倒せたんですよ?行ったのがあの3人で良かった。あんな現場、アオイさんに行かせたくないですよ」


あんな酷い惨状の現場。
思い出すだけでも心臓がドキドキする。
辺り一面瓦礫と化した現場なんて、見たことがない。
本当にあの場にアオイさんが行かなくて良かったと心から思える。

アオイさんはぎゅっと一層強く抱き締めているくれた。
私も抱きしめ返した。

「今日は名前さんは寝てください。疲れてるだろうし、私が看ます」
「え、でも、私怪我してないし…」
「任務疲れがあるでしょう?名前さんまで倒れたら、善逸さんが起きた時吃驚しますよ」
「う、うーん…じゃあ、少しだけ」


アオイさんがそう言ってくれたので、私はお言葉に甘えて今日は寝かせて貰う事になった。
明日からは私が代わりますので!と宣言したら、アオイさんが苦笑いで頷いた。

のそのそと善逸さんと伊之助さんの間のベッドに潜り込む私。
それを見てアオイさんが慌てて止めに入る。


「名前さん?何してるんですか?」
「え?ここで、寝ようと…」


アオイさんの絶句した表情に、私はカナヲちゃんに言った事をそのままアオイさんにも言う羽目になった。
横でカナヲちゃんが呆れた表情をしているのが、目に入った。


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なんとかアオイさんからも許しを貰って、私はやっと布団に転がることが出来た。
部屋には入れ替わりで人が往来しているけど、それでもベッドに横になっただけで、重い瞼が降りてくる。
大して役に立ってない私でも疲れてるんだなぁ。
身体を横にして、1番端にいる炭治郎さんの方を見た。
カナヲちゃんがこちらに気づいて、にこっと微笑んでくれた。

炭治郎さんは、自分よりも他人を思いやれる優しい人だ。
自分の守りたいもの、全て守ろうと奔走してしていた。

ちらりとその隣で眠る伊之助さんを見る。
猪の頭は横の台に置かれている。

伊之助さんは、私のワガママに付き合わせてしまった。
善逸さんを見つけるために私がお願いしたからなんだけど。
嫌がってはいたけど、それでも私を連れて善逸さんを見つけてくれた。
伊之助さんが優しくて、友達思いなのも私は知ってる。


くるりと身体を反対側へ向けて、善逸さんを見た。

私が居る事で大変だっただろうに、今回も彼は私を守ってくれた。
戦闘だけじゃなくて、店に潜入している時もそう。
きっと、私を庇って出来た傷だってあるだろう。


「早く、起きて…」


汗をかいて寝ている姿に思わず声が漏れた。
早く起きて欲しい。善逸さんにまだお礼言えてないの、私。
先に夢の中で会えるかな?
夢もいいけど、現実でお話したいなぁ。


「おやすみなさい、皆」

寝てる彼らには聞こえないけど、私はぽつりと呟いた。


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目が覚めたら、吃驚する事に朝日はとうの昔に昇っていて、なんとお昼だというではないか。
誰も何で起こしてくれないんだ!
と、1人慌てて身支度をしたけど、カナヲちゃんもアオイさんも、もっとゆっくりしていいのに、と気を遣ってくれたみたい。
別室でやっといつものお着物に着替えて、髪を久しぶりにポニーテールにした。

まだ3人とも目覚めてはいなかった。
そりゃあれだけ怪我してたら、すぐに起きるわけないよね。
寝ている彼らの点滴をカナヲちゃんが取り替えている。
私は、どうしようかな。
とりあえず体でも拭こうかな。

炭治郎さんはカナヲちゃんがやるとして、私は伊之助さんと善逸さんのために、暖かいお湯を入れた桶を用意する。
傷口には触れないようにしないと。

まずは伊之助さんから。
服の前ボタンを外し、ベッドの上に広げる。
痛々しい傷は避けて、腕とかお腹とかに優しく拭っていく。
それが終わると、またボタンを留めて布団を被せる。


「名前さんは抵抗ないんですね」
「抵抗?」


不思議そうにアオイさんが言う。
私は桶の中で手拭いを軽く絞りながら、首を傾げた。


「男の人の体を触るのは抵抗ある人、多いんですよ」
「へぇ、そうなんですね。私は実家にいる時から善逸さんの体拭いたりしてたし、特別抵抗なんてないけどなぁ」


顎に手を当てて、昔を思い出しながら言ってみると、アオイさんの口が半開きでポカンとしていた。
ん?私、また変なこと言った?


「昔から善逸さんの体を拭いてた…?」
「え、え?そ、そうですよ?私、善逸さんと一緒に暮らしてましたから」
「一緒に…?」


あれ?なんか私が色々言う度にアオイさんの顔が不思議な顔になっていく。
今度は善逸さんの方の前ボタンに手を掛けながら、こくりと頷く私。

アオイさんは、右手で頭を抑え「私にはもう名前さんが分かりません」と眉間にシワを寄せられてしまった。
え?そんな大袈裟な、なんて思ったけどよくよく冷静に考えると、私の発言って結構際どいんじゃないだろうか。


段々発言の意味を理解して頬に熱が籠っていく。


「違っ、違うんです、アオイさん!一緒に暮らしてましたけど、私はお手伝いさんで、善逸さんはお弟子さんで!!」
「まぁ、任務について行くくらいの仲ですもんね」
「そ、そうなんだけど!違うんです、普通の家族みたいな感じだったんですって!!」
「…あの時から名前ちゃんは大胆だったよ、俺の唇奪うし」
「いや、だからアレは応急処置だって、何度も……え?」


アオイさんとは違う声が聞こえて、私とアオイさん、そしてカナヲちゃんまで目を丸くした。
声の方へ顔を向けたら、ベッドの上の善逸さんが右手をひらひらさせ、こちらを見ていた。
目は半分死んでるけど。


「お、起きてる!!善逸さんが起きてる!!」
「あれだけ大きな声で叫んでたら、起きるでしょ…」


ギャァァ!!とまるでお化けが出たかのように、声を上げて驚く私。
早く起きてほしいと思ってたけど、こんなに早く目覚めるとは思ってなかったから、めちゃくちゃ吃驚したんです!!

私の心臓も吃驚しちゃったから、胸に手を当てて落ち着くのを待った。

頭の包帯に触れながら善逸さんが「おはよ」と言う。
まだ顔色は良くないけど、それでも意識があるだけ全然違う。
起き上がるのは無理だと思うから、私は自分の顔を善逸さんに近づける。



「おはようございます。身体の具合は如何です?」
「痛すぎて死にそう」
「大丈夫そうですね、お水持ってきますねー」



そう言って廊下を飛び出した私の口元は、すっかり緩んでいた。



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