44. 機能回復訓練


両足骨折の善逸さんは勿論起きても動けない。
お風呂に入るとか、厠へ行くとか全部ベッドの上で行う事になる。
ご飯を食べるのはベッドの上で出来るけどさぁ。
尿瓶を渡した時の善逸さんの顔は悲惨なものだった。


「痛いのを我慢するからさぁぁ!!厠、厠へ連れてっておくれよぉお…」
「気持ちは痛いほど分かりますよ…骨がくっつくまで、安静にしてください」


おいおいと布団を顔に押し付けて泣き喚く姿に同情しか感じえない。
私の立場なら恥ずかしくて死ねる。
何か出来る事ないか、と思ったけど、どう考えても無理だ。
用を足した後の処理も嫌がられてしまった。
ですよね。




数日経つと、そんな様子にも慣れたのか、諦めたのか。
善逸さんの顔は悟りを開いたような顔になっていた。


「善逸さん、体ふきましょうかー」


湯気の立つ桶を両手で持ち、部屋へ入るとベッドの善逸さんが布団で顔を隠した。
あ、抵抗している。
最近分かってきた。
動けない時に嫌な事をしようとすると、布団に隠れる。


「拭きますよ?」


追い打ちをかけるように上から覗き込むと、善逸さんはぴくりと反応する。
そして小声で「自分で出来る」と反応が返ってきた。

「ご自分でされます?背中とか、私がした方が早…」
「恥ずかしいだろ!!自分でやるよ!!」

がばっと布団を捲り出てきた善逸さんの顔は真っ赤だ。
本当に数日前まで昏睡していたとは思えないくらい元気になってきたなぁ。
まあ、一番軽傷とは言えね。

ちらりと隣でまだ眠っている二人に目をやる。
毒の影響もあってか、二人はまだ昏睡状態だ。
炭治郎さんの隣にいるカナヲちゃんの顔も疲労が見える。


「カナヲちゃん、善逸さんも起きた事だし、私が暫く炭治郎さんを看るよ?」

カナヲちゃんだって自分の任務があるのにも関わらず、空いた時間を見つけては炭治郎さんの世話をしている。
そんな事を続けていればいつか倒れてしまう。
いつもなら断るカナヲちゃんも、流石に自分の状況がまずいと思ったのか
「少し、お願いしていいかな」と弱々しく微笑んだ。


「ゆっくり休んでね。大丈夫だよ、善逸さんの面倒を見るより炭治郎さんの方が精神的に楽だし」
「さらっと失礼な事言うよね、名前ちゃん」
「本当の事でしょう?」


目の据わった善逸さんと目が合うも、私はわざとらしい笑みを貼り付けて返す。
そんな私達をくすり、と笑ったカナヲちゃんが「お願いね」と言って部屋を後にした。

私は善逸さんのベッドから離れ、炭治郎さんの横へ向かう。
偶に苦しそうに顔を捩る以外は特に変化はない。
額の汗を拭ってあげた。

さっきカナヲちゃんが身体を拭いてあげていたし、あとは伊之助さんの方をしようかな。


善逸さんの横に置いてた桶をもって、今度は伊之助さんのベッドに近付く。
寝ている伊之助さんのベッドに腰かけ、私は前ボタンに手を掛けた。


「は?名前ちゃん、何してるの?」


少し機嫌の悪そうな声が後ろから聞こえる。
とは言われましてもね。

「伊之助さんの身体を拭くんですけど」
「はぁ!?何で!!」
「寝てたら汗をかくでしょう?」

ぐぐ、と言葉に詰まる善逸さん。
善逸さんにしてあげようとしたら、嫌がったじゃないですか。
何を言ってるんだこの人。

ついでに包帯もかえてあげよう。
服を脱がして、私はさらさらと包帯を取っていく。
傷口も少しずつ良くなってきている。
早く治りますように。

暫く善逸さんは難しい顔をして私を見ていた。
そしてぽつりと「やっぱり、俺も拭いて」という声が聞こえて私は手を止めた。


「わかってます。後でしますから」


にこっと微笑んで、テキパキと手元を動かした。






――――――――――――――――――――――



善逸さんが起きてから結構な時間が経った。
足の方は大分良くなってきたみたい。
最初は車いすみたいな椅子で移動していたけど、今は人の肩を借りたり、偶に自分で歩いたり。
それに伴い、機能回復訓練という名のリハビリが始まった。

以前手足が短くなった時よりもつらいようで、道場から帰るときにはいつも顔がげっそりしている。


「女の子と触れ合えていいでしょう?」

以前の機能回復訓練に出ていた時、善逸さんが炭治郎さんと伊之助さんを罵倒していた事を思い出す。
嫌味っぽくそう言ってやると、気まずそうな顔が目に入った。

「…横で睨まれたらそんな気もおきないよ」
「何か言いました?」
「…いえ」

今回は訓練中、私がじーっと見ている事が多いから善逸さんも視線が気になるようだ。
また女の子達に気持ち悪い思いをさせるわけにはいかないからね。
変態は駆除しないと。






今日も道場まで善逸さんを連れて行って、暫くその様子を見ていたけど、
途中で私は道場を後にした。
未だ目覚めない二人の事が気になるんだよね。
部屋に戻って、二人の点滴を確認し、顔色を見て問題なかったら道場へ行く、と何度も繰り返す。


訓練の休憩中、用意したおやつに飛びつく善逸さんを見ながら、善逸さんの足をマッサージする私。
前から思っていたけど、善逸さんも他の二人もケガが治るのが早すぎるんだよね。
骨折なんて、私の時代は完治まで3,4か月掛かってたはずだけどな。
新陳代謝が良すぎるのか、そもそも身体能力が化け物じみているのか。
どっちもか。

「…名前ちゃん、もうすぐ俺、任務が入ると思うんだよね」
「え、もうですか?」

煎餅をパキ、と割って善逸さんが暗い顔で俯く。
ケガをしたのなんて、一月半くらい前じゃなかったっけ?
もう次の任務に行かないといけないのか。
鬼殺隊ってブラックなんだなぁ。


「でも任務の前に寄りたいところがあってさ。付いて来てくれる?」
「善逸さんが進んで私に付いて来いって言うの、珍しいですね」


困り顔の善逸さんが私を見る。
いつもなら、来るな、とか。危ないから、とかしか言わない口なのに。
善逸さんの口から「付いて来てほしい」と言われると、私は何だか嬉しい。

断るつもりは毛頭ないので、私は満面の笑みで返答する。




「行きますよ、どこまでも」



善逸さんと一緒なら。



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