45. 腹が減った


「ちょっと長めに滞在するから、そのつもりで用意しておいて」


善逸さんがそう言って私に荷物を纏めるように指示をする。
任務以外で長期滞在するって本当に珍しいね。
お着物も多めに用意した方がいいのかな?
でもおまり多く持って行っても任務に行った時に邪魔にならないかな。


「そのまま任務に行くんですよね?」
「多分、そうなるね」
「わかりましたー…準備しておきます」


いつ頃出立、とは言われてないけど、善逸さんの口振りからするともうすぐだろう。
確かに善逸さんの足も大分良くなってきている。
でもまだ二人目を覚ましていないから、せめて起きてから出かけたかったな。


今日も善逸さんは一人訓練へ。
その間に私は言われてた通り、荷物を纏める。
ついでに善逸さんの荷物も纏めるため、善逸さんのベッドの上でゴソゴソしていた時だった。


「がぁー」


まるで獣の泣き声のような声が一つ聞こえたかと思うと、大きく息を吸う音が聞こえた。
この部屋には私と寝ている二人以外いないから、吃驚してしまったけど、声の方へ見てみると伊之助さんの瞼がぴくぴくしていた。

すぐに手を止めて伊之助さんのベッドに駆け寄る私。


「伊之助さん?聞こえますか?」


肩をぽんぽんと叩いて声を掛けてみる。
その反動で僅かに頬をぴくりと動かし、口もパクパク動き出した。
伊之助さんの手もピクピク指が動き出している。

もうすぐ起きそうだ。

「伊之助さん?」

もう一度声を掛けてみる。
すると重たい瞼はゆっくりと開かれ、焦点のあっていない目が私の方を見る。
まだ視界はよくみえてないのかな?


「伊之助さん、起きましたか?」


肩を叩きながら聞いてみると、伊之助さんは何の反応も示さない。
まだ夢の中にいるんだろうか。
それでも、起きたという事はその内意識も戻ってくる、よね?

そんな事を考えていたら、弱々しい手が私の裾を引っ張ったのがわかった。


「あー…名前、か」


力の入らない声で名前を呼ばれた。
それだけで私は嬉しくなって、伊之助さんに微笑みかけた。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


伊之助さんが眠ってから二か月が経とうとしていた。
翌日に目を覚ました善逸さんより時間は掛かってしまったけど、こうして起きてくれた。
意識もしっかりしているようだし、もう一安心だろう。


「人を呼んできますので、少し待っててくださいね」


伊之助さんの手をぎゅっと握って、私は布団の中へとしまい込んだ。
名残惜しそうな顔を見ながら、私は廊下へ出た。





「伊之助さんが起きました!!」


道場で善逸さんの訓練をしていたアオイさん、すみちゃん、きよちゃん、なほちゃんがこぞって私の方を見る。
アオイさんが手を止めて私に小走りで近づく。


「意識もはっきりしていますよ」


心配そうな顔が見えたので、私はアオイさんにそう言うと、少し安心したような顔が見えた。
そしてアオイさんは「先に行きます」と言って廊下を駆けだしてしまった。
一番心配していたのはアオイさんだから、私はアオイさんに任せる事にした。
代わりに道場へ入り、善逸さんの横に座っておく。


「伊之助、目を覚ましたの?」
「ええ、そうですよ。良かったですね、善逸さん」
「は、折角静かだったのに」


憎まれ口を叩いていても、その表情はどこか嬉しそうだ。
いつもなんやかんや言っても、友達想いの良い人だ。


「後でお見舞い行きましょうね」
「お見舞いって言っても、ベッド隣じゃん」
「そういう気持ちが大事なんです」
「…あとは炭治郎だけか」


ポツリと呟いた声にコクリと頷く。
毒を受けた伊之助さんが起きたのだから、きっと炭治郎さんももうすぐだと思うけどね。

アオイさんが抜けたので、私が代わりに善逸さんのマッサージを手伝う事にした。
一回やったけど、力加減がわからなくて「もう名前ちゃんは何もしなくてもいいよ、全然力入ってないし」と言われてしまったので、すぐに戦力外となってしまったけど。



――――――――――――――――――――――


「天ぷら」
「無理です」
「天ぷら」
「すぐに固形物が食べれるわけないでしょう?」


伊之助さん要求を一蹴して、私は引き続き荷物を纏めている。
猪が起きただけでこんなに五月蠅いなんて。
叫ばないだけましかもしれないけど、いい迷惑だ。
完全に伊之助さんの口は「食べたいものをひたすら要求する」それになっている。

二か月近く眠っていたというにの、元気すぎやしませんかね?


「腹が減って仕方ねぇ」
「でしょうね。ずっと点滴でしたもんね」


伊之助さんの要求自体はそうだろうと思う。
でも実際天ぷらなんて脂っこいモノ、食べさせられないし食べられるとも思えない。
口入れてもすぐにリバースしちゃうよ。


「名前は何してんだ」
「これですか?近々任務があるそうなんで、それの準備です」


私が荷物を纏めているのを不思議そうな顔が捉えた。
布団の上で暇そうにしている端正な顔が、じーっとこちらを見てあくびを一つかいた。
本当に興味無さそう。むしろ寝ていればいいのに。


「任務ぅ?もう出るのか」
「私もそう思うんですけど、任務の前に寄りたいところがあるとか」
「しょーもねー」


ガバっと布団を頭で被ってしまった伊之助さん。
そんな姿を見てくすりと笑ってしまった。
伊之助さんとお話するもの凄く久しぶりだ。
しょっちゅう喋っている時は、いつケンカするかわからないくらいピリピリしていたけど、
偶にならいいんだよね、偶になら。


「伊之助さん」
「何だ」
「善逸さんを見つけるまで、私を連れて行ってくれてありがとうございました」
「ぁあ?」


布団しか見えないけど、そう言っておく。
吉原に居た時、私のわがままに付き合ってくれて、本当に有難かった。
おかげで善逸さんを見つける事ができたし。
お礼は言っておかないと。


「伊之助さんがいなかったら、やっぱり私鬼に攫われていたと思うし」
「おめーが弱すぎるんだよ」


フン、と布団の中で鼻を鳴らす伊之助さん。


そう言いつつも、あの時私の手を引っ張ってくれた伊之助さんを、私は忘れませんよ。



伊之助さんが元気になったら、天ぷらを作ってあげようと密かに考えて、私は荷物を纏め終えたのだった。



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