46. ただいま戻りました


「では、伊之助さん、カナヲちゃん。炭治郎さんが目覚めたら、よろしくお伝えくださいね」


久しぶりに隊服に袖を通した善逸さんと、真新しい着物(今回はピンク!)を着た私は、ベッドに横たわる猪と、炭治郎さんの横で微笑むカナヲちゃんに手を振ってご挨拶。
つまらない顔で猪はひらひらとこちらに手を振る。

「さっさと行け」
「またまた〜寂しい癖に」
「んなわけねぇだろ!!早く行けよボケェ!!」

茶化すように言うと、顔を上げて猪が怒鳴る。
本当に元気になったなぁ。これで伊之助さんは安心だね。
あとは炭治郎さんだけど。

ちらっと炭治郎さんに目を向ける。
カナヲちゃんがそれに気づいて「最近手が動くようになってきたの」と答えてくれた。

「多分、もうすぐ起きるから心配しないで」
「そうだね、もうすぐだね」

こくりと頷き私は笑った。
横で善逸さんが「行こうか」と声を掛けてくれたので、私はもう一度二人に手を振って部屋を後にした。



蝶屋敷の玄関を出てすぐ、善逸さんが黙って私の手を握ってくれた。
この前から結構積極的なんだよね、善逸さん。
暫く握られた手を見つめていたら、上から善逸さんの不機嫌な声が降りてきた。

「イヤ?」
「そんな事ないです。でも、我儘を言うならこっちの方が好きですね」

そう言って私は善逸さんと手を繋ぎなおす。
今度は善逸さんの指と私の指を絡めて。所謂、恋人繋ぎというやつ。
繋いだ手がカチコチになるのがわかった。


「イヤです?」


意地悪するように善逸さんの顔を見ながら言ってみると、頬を染めて私を見る善逸さん。
そしてぼそっと。


「イヤな訳、ないだろ」


その返答に私は満足そうに頷いたのだ。




「ところで、寄り道ってどこへ?」
「内緒、どうせ途中で気づくと思うしね」


首を傾げながら善逸さんに尋ねると、明確な答えは教えてくれなかった。
蝶屋敷から結構歩いたと思うんだけどな。
てっきり近場かと思っていたのに、そうでもなさそう。
一体何処へ行こうというのか。

田んぼと畑の間を抜けて、人通りがドンドン少ない道へ。
とは言え、前みたいに山を登る訳じゃないから、幾分マシかも。
私の歩幅に合わせて善逸さんは歩いてくれる。
ほんと、気遣いはピカイチなんだよね。


「何?」


私の音を聞いたんだろう、善逸さんが私を見て尋ねる。


「ずっと思ってたんですけど、善逸さんにはどういう風に聞こえるんですか?私の音」


耳が良い善逸さんは他人の音を聞いて感情が分かる。
私の音は普通の人より分かりづらいって、昔言っていたけど、もう長い事一緒に居るからそうでもないでしょ?
一度聞いてみたかったんだよね、私には善逸さんや炭治郎さんみたいに人の心の内は分からないから。


「うーん、どうって言われても…」


善逸さんは少し考え込むと、困ったようにこちらを見た。
え、そんな面倒な事聞いちゃった?わたし。
しまったな、と思っていると善逸さんが口を開く。

「炭治郎は、優しい音がするんだ。伊之助のは喧しいけど」
「そうでしょうね。そんな気がします」

はは、と笑って答える私。
猪の音が聞こえたら、喧しくて寝られそうにないや。
そう考えると善逸さんは凄いなぁ。

「で、私のは?」
「名前ちゃんは…うーん…」

顎に手を当てて考え込む善逸さん。
え?本当に答えづらいの!?
暫く善逸さんが答えるのを待ったけど、全然教えてくれない。
もういいですよ、そんな会話に困る話題を提供してすみませんでした。


結構歩いた。
なんとなく、見た事ある道が見えてきて。
前に通った事があるかな?って思いつつも、善逸さんについていく。
私の不思議そうな顔を見て善逸さんは楽しそうだ。

「気付いた?」
「何を?」

ケタケタと笑う声に私は頬を膨らませた。
何が言いたいんだろう、この人。
そろそろ教えてくれてもいいだろうに。

「もう忘れちゃった?」
「だから、何を…お?」

見た事ある、道だった。
季節は違うけど、昔ここを通った気がする。
小さい小屋のような家の横を通り過ぎた時、私の記憶がフラッシュバックする。


『あのー…すみませーん…』


誰も居ない家の扉を叩いて、寒さに震えた冬。


「あれ、ここ…」


ぎゅっと手を握ると、善逸さんも強く握ってくれた。
くすくす笑う声を聞きながら、私の胸には温かい気持ちが広がっていく。

「善逸さん?もしかして…」

もう一度顔を見て尋ねると、善逸さんが歯を見せて笑う。





「偶には実家に顔出さないとね」




ぱあっと明るくなる心。
それと共に善逸さんの気遣いに泣きそうになる。


「善逸さんが、凄く良い人にみえます」
「良い人って素直に言ってよ!?そんな事いうなら、蝶屋敷に戻るよ!?」
「やです。善逸さんと一緒に帰ります」


善逸さんの羽織の袖に顔をぐりぐり当てて、出てきた涙を拭った。
「きたねー」と言いつつも善逸さんは腕を貸してくれた。





「ただいま戻りましたー!!」



見慣れた屋敷の門をくぐって、私は大きな声で叫ぶ。
会いたい人達が居る、この屋敷に。



< >

<トップページへ>