47. 羊羹


「…名前さん、善逸さん?」


玄関口で2人で待っていたら、奥から口元を押さえて出てきた藤乃さん。
久しぶりに見るその姿に思わず私はまた涙が零れそうになる。
藤乃さんは裸足のまま、玄関に降りて私をぎゅっと抱き締めた。
私も藤乃さんの背中に手を回して、同じように再会を喜んだ。


「おかえりなさい、2人とも。1年くらい顔を見ていなかっただけなのに、こんなに大きくなって…」


ぽんぽん、と背中を叩かれて、まるで幼い子供になったような感覚になる。
横にいる善逸さんも優しい顔で藤乃さんを見ていた。
抱き合っていた身体を離して、藤乃さんの顔を見る。
藤乃さんも目が潤んでいて、私はもう我慢の限界だった。


「ふ、藤乃さぁん…ぜ、善逸さんが…連れて来てくれたんですぅ…っ、」
「…まぁ、そうなんですね。善逸さんは優しいですね」


拭っても拭っても溢れる涙を、藤乃さんの指が拭ってくれる。
藤乃さんは善逸さんの方を見てニコリと微笑んだ。
善逸さんは「時間があったからだよ」と言っているけど、藤乃さんも私もそれが善逸さんの照れ隠しであり、優しい所だって知っている。


「2人とも、いつまでも玄関ではなくて、中へ入りましょう。旦那様も呼んできますからね」


藤乃さんに腕を引かれ、私は中へと入る。
客間に通され、暫くお待ちください、と2人で部屋に残された。
懐かしい。この部屋は、この屋敷に来た時1番初めに通された部屋だ。
あの時は獪岳に見つかって怖い思いをしていたっけ。
今となればそんな怖い思いも、いい思い出の1つ、には一生ならないかもしれないけど!


「いつまで泣いてんの…」
「全部、善逸さんの所為です…」


善逸さんが私の肩に掛かっている鞄を下ろしてくれて。
そして私の頭を撫でる。その顔は柔和な笑みだった。
ガザゴソと善逸さんがハンカチをだしてくれたので、有難く頂戴した。

私の涙が引っ込むくらいで、藤乃さんが廊下を小走りでやってくる足音が聞こえた。
襖が開かれて、私たち2人を見た藤乃さんが少し驚いた顔をしたけど、すぐに「旦那様がお待ちですよ」と声を掛けてくれた。

藤乃さんに続いて善逸さん、私が廊下を歩いていく。
見慣れた1つの部屋の前で私たちは止まった。

藤乃さんが声をあげる前に善逸さんが口を開いた。

「じいちゃん」
「善逸か、入れ」

中から懐かしい声がして、それを合図に中へと入る私達。
ひとつも変わらない、旦那様の姿がそこにあった。

旦那様の部屋に小さなテーブルが置かれて、それを囲むように座る。
善逸さんの隣に私が座り、私の前には藤乃さんが相変わらず微笑んで腰を下ろした。
藤乃さんの隣に旦那様が座って、善逸さんと私を交互にみつめる。


「ただいま」
「おかえり、善逸、名前」
「だ、旦那様ぁ…」


折角引っ込んだ涙がまた溢れてくる。
善逸さんがいち早く気づき、私の顔面にハンカチを押し付けた。
ちょ、ひどい。

「さっきから泣きすぎだよ、名前ちゃん」
「だから全部善逸さんの所為でしょ!この金髪優男!」
「…それ、罵倒してるの?褒めてるの?」

うぇえん、と堪えきれない私は鼻を啜りながらハンカチで拭う。
藤乃さんがやっぱり優しい笑顔でこちらを見ていたかと思うと、

「暫く見ないうちに、仲も良くなったみたいですね…?」
「そうじゃな」

と旦那様と2人で頷いていた。
言葉の意味を理解して、私と善逸さんが固まる。
1寸置いて2人の顔が赤くなってしまった。


「あら、やだ。私ったら、お茶の用意を忘れていました。少しお待ちくださいね」
「藤乃さん、私もお手伝いします…」


藤乃さんが立ち上がろうとするのを、私も一緒になって腰を上げた。
大丈夫ですよ、と藤乃さんは言ってくれたけど、この屋敷にいる時に家事をしないと落ち着かない。
気負けした藤乃さんが小さく息を吐いて、結局2人で旦那様の部屋を抜け出す事になった。

善逸さんは何も言わないけど、きっと旦那様と話したい事沢山あると思うんだよね。



とことこと台所まで藤乃さんと歩いた。
台所の暖簾を潜って、見慣れた光景に私は胸が踊った。
そんな私を見て藤乃さんが口を開いた。


「名前さんが、この屋敷に戻ってくる事があるなんて…」


複雑な顔でそう言う藤乃さん。
うん、藤乃さんならそう言うかなって思ってた。
私が現代に帰ることを望んでくれていた優しいお姉ちゃんだから。


「そう、ですね…」

私もこの屋敷を出た時は帰るつもりだった。
あとは旦那様と藤乃さんに迷惑が掛からないようにしたかっただけ。
でも今は帰れなくても、別にいいんじゃないかって思えるようになった。

「帰りたいと思った時もありましたけど、私の運命だと思ってます」
「運命…」

目を細めて私を見る藤乃さん。


「だって、私は善逸さんに会うためにここに来たんです。」


そう言ってにこっと微笑むと、藤乃さんが目を見開いてそれからくすっと笑みを零した。


「…そうですね。1番近くで見ていた私が保証します」


藤乃さんの優しい声に、私は嬉しくなった。
いつだってこの人は私達の事を心配してくれていた。
きっとこれからも。


「あの時、藤乃さんに出会ってなかったら、私はきっと生きてません。私を見つけてくれて、ありがとうございます、藤乃さん」
「そんな大袈裟な…私はただ可愛い妹を拾っただけですよ」


2人で涙ぐみながらお茶の用意をしていたら、結構時間が経っていた。
旦那様も善逸さんも喉が乾いていますね、と藤乃さんが呟く。
慣れた手つきで決まった湯呑みを取り出して、美味しそうな羊羹を棚から出す藤乃さん。
私も取り分けるお皿を用意して、包丁を握った。


「…本当はこれ、私のおやつだったんですよ?」
「え、藤乃さん、これ1人て食べるつもりだったんですか?」


そこそこ沢山ある羊羹を見ながら言うと、藤乃さんがふふと笑って「冗談ですよ」と言った。

本当かな?



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