54.おじいちゃん、お姉ちゃん


何だか分からないけど、善逸さんはその後も私と旦那様に怒っていて。
私と旦那様と2人で顔を見合わせ笑ったら、余計に火に油を注いでしまったようだ。
プンプンと腕を組むその姿はなかなか見られないものだったので、私としては楽しかったけどね。

その後、旦那様が善逸さんを連れてまた外へ出掛けてしまったので、私は1人縁側へと残された。
そのタイミングで、藤乃さんが茶菓子を持って現れたので、これ幸いと女子会を楽しむ事にしたのだ。

「…そんな大変な任務があったのですね」

今までの任務の話をすると藤乃さんは目を細め、心配そうな面持ちで私を見た。
私自身いつも守ってもらってばかりなので、戦闘中は使い物にならないんですけどね。
隠れるか逃げるかのどちらかしかしてません。

「この御屋敷を出てから沢山、色んなことがありました」
「そうですよね、着物もめちゃくちゃになる筈です」
「…藤乃さん、結構根に持ってますよね?」

なんの事でしょう?とニコニコ微笑みながら首を傾げる姿に、私は確信犯だと認識した。

「藤乃さんが選んでくれるお着物、凄く評判なんです。いつもありがとうございます」
「まあ、本当ですか?善逸さんも喜んでくれていましたか?」
「うーん、どうでしょう?」

頭の中で善逸さんに着物を見せた時の反応を思い出してみる。
口をパクパクして金魚みたいだった時もあるし、何も言わずに無反応の時もあった。
何を考えているのか分からない。

「善逸さんは照れ屋さんなのですよ」
「だといいんですけど」

ふふ、と笑いながらお煎餅に手を伸ばす私。
こんなにのんびりとした時間、本当に久しぶりだ。
蝶屋敷でものんびりしていた時もあるけど、実家に帰ってきたという安心感が強い。
善逸さんと私の帰ってくる場所がここにある、と感じる。

勿論、場所だけじゃなくてここにいる旦那様と藤乃さんがいるから、だけど。

いつまでもこうしていたいと思ってしまう。
昔のように4人で暮らして。
…獪岳はダメ。私、獪岳アレルギーだから。

頭をよぎった獪岳の顔を振り払うように首を振る私。
あれは私の知らないところで、ひっそり人に迷惑をかけずに生きていればいい。
私の知らないところで、というのが重要だ。

「ところで、名前さん。その髪飾り、名前さんのお手製ですか?」
「あ、そうです。善逸さんが着れなくなった羽織のハギレをくれたんです」
「お揃いですね。素敵ですよ」

私が若干照れながら頭のシュシュを取る。
手のひらの上でそれを広げると、物珍しそうに藤乃さんが見ていた。

「作り方、教えましょうか?」
「まあ、いいんですか?」
「私も藤乃さんとお揃いにしたいんです」

そう言って笑うと、藤乃さんが一瞬キョトンとして、すぐに「本当に可愛い妹だこと」と言いながら私の頭を撫でてくれた。




夕餉を食べて、あっという間に寝る時間になってしまった。
善逸さんに見つからない内にさっさと自分の部屋へ消えようとしていた矢先、どこからとも無く現れた善逸さんに私は連行されてしまう。

「何ですか!離してくださーい!!」
「何もしない、何もしないから」

ニヤニヤと不気味に笑う善逸さんの力になすすべ無く、私は朝まで過ごした善逸さんの部屋へ。

「本当に何もしないよ?俺そんなに猿じゃないから」
「当たり前です!私だってまだ痛いんですから!」

何もしない、といいつつ善逸さんの布団へ寝かされる私。
すぐ隣へごろーんと善逸さんが転がった。

「ほら、こっち来て」

そう言って善逸さんは腕を広げる。
あ、そこで寝ろと?

怪訝そうな私の表情に気づいた善逸さんがまた「何もしないってば」と笑う。
仕方なく私は善逸さんの腕に頭を乗せた。

善逸さんは優しく笑って、布団を掛けてくれた。

「どうせ戻ったらアイツらと寝ることになるんだからさ、こっちにいる時くらいは一緒に寝てもバチは当たらないでしょ?」

おやすみ、名前ちゃん。
善逸さんがぎゅうっと私を包み込む。
何だか善逸さん、最近甘々なんだけど。
今までそんな片鱗見せなかったのに。

まあ、私は全く悪い気はしないんですけど。

安心感に包まれて、私は瞼を閉じた。





朝日が私の顔を照らしたタイミングでチュン太郎ちゃんが鳴き始めた。
お陰ですっかり目が覚めてしまった。
チュン太郎ちゃん、今まで一応ついてきてはいたけど、好き勝手に飛び回ってたのに。
まだ寝ている善逸さんの顔が嫌そうに歪んだ。


「チュン太郎ちゃん、今から?」

私の問いかけにちゅん、ちゅんと可愛らしく鳴くチュン太郎ちゃん。
この子が鳴き始めたという事は、次の任務だろう。
慌てて善逸さんを起こして、私たちは準備を始めたのだった。



起きて来た藤乃さんに伝えると「ご準備しないと…!」と慌ただしく動き始めた。
結局少ししか滞在できなかったなぁ。
残念、でも次来た時にまた沢山泊まればいいか。

善逸さんが、隊服と羽織に腕を通す。
大きなため息とともに。
その気持ちは痛いほどよく分かる。
ここを離れるのがこんなにも嫌だなんて。

玄関まで旦那様と藤乃さんがお見送りをしてくれた。
藤乃さんはお土産を渡そうとしてくれたけど「これから任務だから」と言ったら少し悲しそうな顔をした。

「もう怪我はしないで下さいね」
「折角頂いた袴も無傷に務めます」
「お願いしますよ」

苦笑いで藤乃さんが私の手を握る。
もう心配はかけたくない。
藤乃さんから貰った袴を履いて、私の気持ちも心機一転だ。

「善逸、名前を頼むぞ」
「…わかってるよ。じいちゃんも藤乃さんも元気でね。また様子見に来るからさ」
「旦那様、藤乃さん、行ってきますね」
「気をつけてな」

旦那様と目を合わせ、挨拶を交わす。
ふと思い立って「大好きです、おじいちゃん、お姉ちゃん」と口にするとその場にいた全員がポカンとした顔で私を見た。

旦那様がすぐに顔を赤らめて「可愛い孫じゃ…」と笑う。
藤乃さんなんか横で涙ぐんでいる。


それを呆れた顔で見つめる善逸さんに引っ張られながら、屋敷を後にした。


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「次は何処でしょうか?」
「さあ?街の方っぽいけどね」

数メートル先にチュン太郎ちゃんが飛んで、私達を先導してくれる。
チラチラとこちらを確認する様子が可愛くて、私はくすりと笑ってしまった。

「一応確認するけど、名前ちゃんも行くの?」
「勿論です。むしろ私が行かなかった事がありますか?」
「…ないけど」

渋々、といった顔で善逸さんが尋ねる。
何を言われようとも私は一緒に行くのだ。
旦那様にも色々教えて貰ったし!
役に立てるかわからないけど…。

「死なないでよ…」
「死にませーん、善逸さんがいるからー」

歌うように茶化して善逸さんを見た。
相変わらず呆れていたけど、その手は優しく握ってくれた。

次も頑張りましょうね?
私はニコニコと微笑んで善逸さんの手を握り返した。



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