55.鹿鳴館


人通りの少なかった道も、段々人通りが多くなってきた。
街に近づいている証拠だろう。
前に街に行ったのは、列車に乗った時以来だったかな。
今度はどんな任務になるだろう。

今回から藤乃さんが用意してくれた袴を着ているけど、段違いに動きやすい。
任務でも動けるといいな。




歩きながら思ったけど、歩いている人の服装に洋服が見られる。
何だか懐かしい気持ちになって、歩く人皆をキョロキョロと見ていたら、善逸さんに「前見て歩いてよ」と小言を言われる。

「街に来たら名前ちゃんはよそ見ばっかだよね」
「珍しいので、仕方ないじゃないですか。善逸さんに引っ張って貰えるので、いいでしょ?」
「ぶつかって文句言うのは誰だよ…」

東京の中心地といっても過言ではない場所だ。
歩く人々の持ち物や服装がオシャレなのはその為だろう。
それにしても、この辺の建物の大きさはとんでもないな。

舗装された大きな道。
こんな道、そうそうあるものではない。
それに、建物に至っては洋風を取り入れた外観に、噴水付きのお庭があるようなものまである。

「何だか私達、場違いな気がしません?」
「…そうだね」

こんな街中に、鬼がいるのだろうか?
人がいればいるかもしれないけど。
チュン太郎ちゃんを見たら「ちゅん、ちゅん!」と大きく鳴いているので、恐らくもうすぐなんだというのがわかる。
それにしても、こんな所歩いていいのかな?

厳かな雰囲気の街だ。
気軽に出歩くには場違いな気がする。
善逸さんの手を握る力を込めてみた。


街に入ってからもしばらく歩き、大きな橋を渡ったところで、チュン太郎ちゃんが止まった。
止まった場所は、考えられないくらい大きなお庭の見える、洋風な建物。
今まで見てきた建物の中でも1番大きい。
建物自体は二階建てなんだけど、ここだけ外国に来たような見た目の雰囲気だ。
え、真面目にここなの?

「チュン太郎ちゃん、ここに入るの?」

私の問いに相変わらずちゅん、と鳴くチュン太郎ちゃん。
隣の善逸さんも私と同じような顔をしていた。
明らかに場違いすぎる…!

「ねえ、これ、どうやって入る?」

目の前に見える大きな塀は簡単にくぐり抜けることは出来ない。
それだけじゃない、大きな門のところのには人が立ってるし「鬼退治にきました」と言ったら絶対入れてくれないだろう。
私達は入れそうな場所が無いか、取り敢えず塀に沿ってぐるりと歩く事にした。

…いや、無理じゃん、これ。
塀も普通のコンクリートじゃなくて、トゲトゲついてる鉄筋だし。
ポン、と中に入ったら人がすぐに飛んできそうだし。

丁度建物の裏に当たる場所を歩いていた時、
前方で腕を組み立ち尽くしている男性がいた。
年齢は20代後半といったところ、髪の毛は現代でいうワックスみたいなもので固められていて、ばっちり洋服を着こなしていた。
その人が私達を視界に入れたのだろう、気づいた瞬間にずんずんと大股でこちらに歩いてくる。

善逸さんがすっと私の前に出る。
おぉ、優しい。

男性が善逸さんの前で立ち止まる。
よく見ると眉間に皺が寄っていて、不機嫌そう。

「な、何か?」

善逸さんの後ろから、顔だけ出して男性に尋ねる。
だってまだ私達は怒られるような事してないもん。まだ。

「お前ら、鬼狩りだな?」
「だから何?」

善逸さんが否定せず返す。
ただ目が据わっていて、こちらも絶賛機嫌は悪そう。
男性を見上げる善逸さんの表情にドキマギしながら、私は「何故それを?」と問う。

「黒い隊服を着て、帯刀していると聞いていたからな。お前達を呼んだのは、俺だ。こっちへ来い」

何とも偉そうに男性がそう言うと、踵を返して、来た道を戻る。
善逸さんが男性の背中を睨んでいるので、私は慌てて腕を引っ張り取り敢えずついて行くことを促す。
丁度裏口になるのか、人通りの少ない通りの方に入口があった。

男性に続いて私達は中へ足を踏み入れる。
善逸さんの顔がキリっとしている事から、音を聞いているんだろうな、と思う。
善逸さんの耳で分かるところに鬼がいれば、任務も楽に終わるんだけどな。
そう簡単にはいかないだろう。

華やかな廊下を通り、男性に連れられたのは、地下室への階段だった。
キョロキョロと辺りを見回した男性が「さっさと降りろ」とこれまた偉そうに指示をする。
隣にいるだけで分かる、善逸さんがイライラしている。
まあまあ、と背中を叩いてゆっくり階段を降りる。
階段の先には重厚感ある扉があって、それを開けると、中はちょっと薄暗い空間が広がっていた。
カチリ、と音がして男性が中の明かりをつけた。

上の豪華絢爛な建物とは全く似つかない、小汚い部屋だ。
期待していただけに少し不満である。
部屋の真ん中には丸テーブルだけ置かれていて、椅子も何もない。


「…さっさと要件を説明してくれない?俺たち忙しいんだ」

善逸さんのイライラした声が男性に向けられる。
嘘です、忙しくないです。
この任務だけなんです、お仕事。

「よく見りゃお前ら子供だな。子供が鬼狩りなんて務まるのかよ」

善逸さんに負けず劣らず、酷い物言いで返す男性。
一触即発の危うい雰囲気に慌てて私が割って入る。

「子供でも、鬼の頸を取れるのは彼だけです。…どうしますか?」

男性の目を真っ直ぐ見つめて私は尋ねた。
カチャリと後ろで聞こえる刀の音に正直こちらはビクビクである。
頼むから穏便にお願いします…!

男性が舌打ちをして、頭をかいた。
そしてまた不機嫌そうな声で「状況を説明する」とぽつり呟いた。





男性の名前は真田さん。
この建物の管理を任されている人。

この建物は鹿鳴館というセレブ御用達のパーティ会場だそうだ。
この時代には珍しいダンスホールがあり、外国に倣って出来た建物だそう。
毎日政治家やセレブのご婦人やらのパーティが行われているという。

だけど2ヶ月前から男女問わず、パーティ中に人が消える現象が起こっている、と。
最初は頻度もそこまで高くなかったが、最近は1回のパーティで1人消えているらしい。
パーティの頻度から言うと毎日人が消えている事になる。
けっして要人が消えているわけではなくて、その日初めて参加した一見さんがメインらしい。
顔見知りもいないため、どのタイミングで消えたのかも不明。
少なくとも最初は皆、ホールにいたみたいだけど。


「警察に言っても役に立たねえ。鬼狩りの噂を聞いて半信半疑だったが、本当に存在したんだな」

腕を組んで舐めるように善逸さんを見る真田さん。

「…信じなくても別にいいよ。こっちはさっさと終わらせたいんだよね。上の会場に刀を振り回して立ち入っていいなら、話は早いんだけど」
「善逸さん、それは無茶です」

物騒な事を言う善逸さんを慌てて制止する。
善逸さんはきっとそんな事しないだろうけど、ね。

「この件に関しては完全に内密の話だ。表立って出てきてもらっては困る」
「…じゃあ、どうしろと?」

真田さんがため息を吐いて、私達を見た。



「お前ら、ドレスコードは知ってるか?」



あ、これダメなやつ。

真田さんの言葉に首を傾げる善逸さんを他所に、私は何となくこの後の展開が分かってしまった。

私、踊った事ないんだけど。



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