56.お着替え
「は?どういう意味?」
未だ状況を理解出来ていない善逸さんが尋ねる。
私はなんと説明をすればいいのか分からないけど、取り敢えず簡単に説明する。
「私達が上の会場に潜入するためには、正装をしないといけないんですよ」
「正装?」
「……えぇ、シャツとネクタイで」
「ほう。田舎娘だと思っていたが、知識はあるようだな」
関心したように真田さんが呟く。
私はため息と共にこくりと頷いた。
「真田さん、私達が会場に紛れるのは分かりましたけど、私達、そういう場での嗜みなんて何も知りませんよ?ダンスだってできるかどうか…」
「ふん、そんなもの上の連中もそうだ。あれが社交の嗜みなど笑止千万もいいとこだ」
「だんす?嗜み?」
鼻を鳴らしながら真田さんは眉間に皺を寄せる。
私の横でひたすら疑問符を頭の上に並べている善逸さん。
善逸さん、これは想像以上に大変ですよ…。
「でもこんな子供が中へ入って怪しまれませんか?」
「…あぁそうだな。それに関してはこちらで考える。お前を妹にして、金髪は付き人でどうだ」
「真田さんの妹、ですか?」
「はぁぁあああ!?」
真田さんの言葉を聞いた善逸さんが声を上げる。
私が止める間もなく真田さんに食ってかかる善逸さん。
「なんで名前ちゃんがお前の妹なんだよ!?ふざけんな、お前みたいなムカつく野郎の妹になんかさせてたまるかッ!!」
「こちらも不本意だ。それが嫌ならいい案の1つでも出せ」
ふぅ、ふぅ、と荒い呼吸を繰り返す善逸さん。
その背中を撫でながら「仕方ないですよ、善逸さん」と言うとキッと睨みつけるように私を見る。
「仕方なくても嫌なもんは嫌だからっ!!」
「は、はい…」
唾を飛ばすように言う善逸さんに私は思わずたじろいだ。
とは言え、確かに1番現実的なのはそれくらいだろうな。
善逸さんが付き人っていうのは変な気もするけど、付き人だったら踊る必要もないだろうし、私と一緒に居ても変に思われないよね。
「では、早速着替えてもらう。その格好では本来、この建物にすら入れんのだ」
「誰も着替えるなんて言ってもないだろうがァァ!!」
「着替えます、着替えます。すみません、本当に」
大慌てで善逸さんの腕を引っ張り、私はできる限り誠心誠意真田さんに謝った。
まだ真田さんに対して威嚇している善逸さんをなんとか宥め、私達はやっと地下室を出ることになった。
階段を上り、真田さんが周りを見渡して2階へ続く階段へ先導する。
そーっとそれを上り、1番近くの部屋に入って一息吐いた。
この建物、ホントに洋風をモチーフにしているんだな。
天井のシャンデリアを見つめながら、なんだか懐かしいと感じてしまう。
現代でもこんな建物に縁はなかったけどさ。
見慣れない調度品が並ぶ部屋に圧倒される。
見ただけで高級だとわかる代物だ。
「お前らにはこのあたりでどうだ」
クローゼットを開けて、真田さんが適当に衣装を取り出す。
テーブルに投げ出されたそれを見た善逸さんの顔が面白い。
そりゃ、着たことない服みたらそうなるよね。
でもネクタイ姿の善逸さんは見てみたいな。
頭の片隅で邪な考えを過ぎらせている私を置いて、真田さんが私のドレスも出していく。
私が思っていたドレスと形が違う。
こう、なんていうのかな、おしりが持ち上がっているシルエットのドレス。
こんなの着たことない…私も善逸さんの事言えないね。
出したドレスを引っ掴んだ真田さん。
それを私に合わせ、更に眉間に皺を寄せる。
そ、そんなに似合ってませんか…。
「…これでいいか」
「なんでもいいです…」
泣きそうになりながらも素直にドレスを受け取る私。
それにしてもこれどうやって着るの…。
「野郎は燕尾服だ。文句は言わせん」
と言いつつも文句言いたげな善逸さんに私は近づいた。
「燕尾服の善逸さん、カッコイイと思いますよ」
耳元でそう言ってやると、善逸さんは黙って奪い取るように真田さんから燕尾服を取る。
あ、この人バカだ。
その後は、真田さんの指示の元、別室にてお手伝いの女の人が私の用意を手伝ってくれた。
突然現れた真田さんの妹設定の私を怪しむ事無く、というか真田さんが「俺の妹だ。それ以外何も聞くな」と命令してしまったからなんだけど。
慣れた手つきで私にドレスを着せていくお手伝いさん。
藍色の裾には上品なフリルが付いたドレス。
オシャレだ、すっごく。
「お嬢様、髪はどうされますか?」
お手伝いさんが鏡を手に私に問う。
お嬢様というのは何だか気持ち悪い。
それにしても、髪くらい自分で出来るしなぁ。
「あ、自分でやります」
適当に夜会巻きしておけばいいでしょ。
それくらいやります。
シュシュを外して、はらりと髪が落ちる。
慣れた手つきで髪を結い上げていく私を、お手伝いさんが不思議そうに見る。
シュシュをくしゅくしゅっと丸め、ピンでサイドに留める。
まるでお花のような形。
サイドの髪は少しだけ垂らしておいた。
「…まあ、可愛らしい」
お手伝いさんが私の髪を見てそう言ってくれる。
思わず照れてしまった。
社交辞令と分かっているけどね。
善逸さんも着替え終わったらしい。
元いた部屋の扉をノックすると、中から「入れ」という真田さんの声がした。
私が中に入ると、物凄く不機嫌な顔をした善逸さんが部屋の真ん中にいた。
「善逸さん」
善逸さんの燕尾服姿は思った通りかっこよかった。
私が声かけると、ゆっくり善逸さんがこちらを見て、それから目が見開かれる。
「ほら、やっぱり善逸さん、カッコイイじゃないですか」
そう言ってドレスを摘みながら善逸さんに近づく私。
歩きにくいけど、仕方ないよね。
「……名前、ちゃん?」
「はい、どうしました?」
ポカン顔の善逸さんが私の名を呼ぶ。
でも何も言わない。
呼んどいて何だこの人。
「その髪、お前自分でやったのか」
腕を組んだ真田さんが言う。
あ、私のことか。
「そうですよ。なにか変ですか?」
変な所なんてあるかな、と思いつつ首を傾げた。
我ながら綺麗にまとめたつもりなんだけど。
「…少し目立つかもな」
「そうでしょうか、普通にまとめただけなんですけど…」
真田さんの言葉の意味は分からない。
取り敢えず、このままでいこう。
カチコチの善逸さんを置いて、私と真田さんは作戦会議をする事となった。
それにしても、なにか言ってくれてもいいと思うんですけどね。
可愛い、とか。
誰にも分からないようにこっそり頬を膨らませて、善逸さんを睨んでおいた。