57. いざ会場へ


私達はダンスパーティが行われる夜までに、取り急ぎダンスの心得とパーティでの嗜みを頭に入れる事になった。
真田さん指導の元、挨拶の仕方や手の取り方を教えてもらったのだが、これが本当につらい。
特にダンスをする可能性のある私はダンスの方法まで教えてもらう羽目になったのだが、たった数時間の付け焼き刃で入れた知識など、右から左に抜けていく。
大体ダンスパーティなんて出た事もなければ、踊った事もないのに無茶だ。

「果たしてここまでする必要があるのでしょうか?」

あまりの出来なさに思わず不満が漏れてしまった。
真田さんは腕を組んで相変わらず眉間に皺を寄せている。

「俺の妹というからには、やってもらわねば困る。とは言え、流石に無理があるな…」

組んでいた腕を解き、顎に手を当てて考え始める真田さん。
いや、そんなの最初から分かっていたでしょう?
そもそも無理があるのだ、こんなもの数時間でどうにかなる代物ではない。

「……立ってるだけでいいか」

やがて諦めたようにため息を吐いた真田さんによって、私の不細工なダンスは公に晒される事なく済んだ。
良かった。心の底から安堵の息を漏らした。
ちらりと善逸さんを見ると、こちらは目を細めて私が四苦八苦していた様をずっと見ていた。
最初はブツブツ文句を言っていたのだけど、段々口数が少なくなっていき、果ては椅子に座ってガン見。
正直、こんな情けない姿見てほしくないんだけど。

「そろそろだな。化粧をしろ、時間だ」
「はいはい。わかりました」

乱れた髪を戻すついでに化粧を命じられた。
気がつけば窓の外は暗くなっている。
もうすぐ舞踏会の始まりというわけか。
私は部屋の隅にある化粧台へ座り、化粧道具を広げる。
そうすると、先程まで地蔵と化していた善逸さんがやっと動き出した。
吉原の潜入任務の時のように、私の化粧する様を見ようと真横へやってきたのだろう。

いや、ほんと止めて欲しい。

「善逸さん、やりづらいんですけど」
「俺に気にしないでいいよ」
「それは無理があります」

はあ、と本日何度目かのため息を吐きつつ、私は白粉を肌にのせていく。
今回も目立つわけにいかないから、ナチュラルでいいだろう。
ポンポンと手を動かしていると、善逸さんがまた口を開いた。

「前から思っていたけどさ、名前ちゃん、もっと薄くできないの?」
「前も言ってましたね。これでも自然に見えるように抑えているんです。あまり濃い化粧自体、私には似合いませんから」
「……俺の前以外で可愛くする必要ってあるの?」
「何か言いました?」

ブツブツと念仏を唱えるように言われたけど、小声すぎて聞こえない。
こちらは化粧に集中しているんだから茶々を入れないで欲しい。
最後に紅を乗せて、私の化粧が完成した所で善逸さんもため息を吐く。
人の顔を見てため息を吐くなんて、なんて失礼な人だ。
私は胸の中でこっそり憤慨しておいた。



――――――――――――――


「そろそろ客がやってくる。 ニコニコして立っているだけでいい。お前は手を後ろにして女の後ろへ立っておけ」
「なんでいちいちお前に指図されなきゃならないんだよぉおお!! こっちは刀も隠してるんだから立つ以外できねぇよ!!」
「善逸さん、やめて。黙ってて」

真田さんとバチバチやり合う姿に何度止めに入ればいいんだろう。
ただでさえ慣れない恰好をしているというのに、本当に勘弁してほしい。

先に真田さんが会場入りするという事で、部屋を後にした。
真田さんから合図があり次第、私達はそれとなく会場に入る事になる。
本当ならばあいさつ回り等があるだろうけど、そんな事をしていて犠牲者が出たらたまったもんじゃない。
それだけは真田さんに激しく抵抗させて頂いた。
政界の人間が来るという事でこの任務自体極秘なのだ。
さっさと鬼を討伐するのが先決だ。

「はあ、緊張しますね」
「緊張してるのは名前ちゃんだけだけど、それって任務に緊張しているわけじゃないよね?」
「…ただの鬼退治の方が幾分マシです」

もしかしたら踊るかもしれない。
そんな事を考えていたら緊張もするだろう。
気の知れた相手ならばいざ知らず、全く知らない他人と踊って粗相があったら大変だ。
政界の人が来るんでしょ?大丈夫なの、それって。

私の荷物から短刀を取り出して、ドレスの中へ仕舞いこもうとした。
あ、懐きつすぎて入らない。
仕方ない、太ももにでも差しておくか。

ぐるん、とドレスと持ち上げた途端、善逸さんから悲鳴が上がる。

「ちょちょ、名前ちゃん!!何してるのぉおお!!」

大慌てで私のドレスを元に戻す善逸さん。

「え、刀を隠そうと…」
「何も俺の前でしなくてもいいじゃない!!もっと恥じらいを持ってよ!!」
「…そうですね」

何日か前に私の裸を見た人が何を言う。
顔を真っ赤にしてぎゃんぎゃん喚く姿に思わずくすり、と笑みがこぼれた。
私は隣の部屋を借りて、適当な帯で足に短刀を差すことにした。



「おい、もういいぞ。しれっと会場に参加しろ」
「わかりました」
「ちっ」

真田さんがコンコンと部屋の扉をノックして、そう言う。
返事の代わりに隣から舌打ちが聞こえた気がした。
頼むから鬼倒すまで穏便にしておいて欲しい。

そーっと部屋から出ると、廊下にはピカピカに磨かれた花瓶があって豪華そうなお花も生けてあった。
さっき見た時は無かったのに、パーティの準備って大変なんだなぁ。
そろりそろり階段を一歩ずつ降りていく。
ホールに近付くにつれ、クラシックな音楽が聞こえてくる。
善逸さんにとっては五月蠅いかもしれない。

ひと際大きめの扉の前にやってきた。
中から聞こえる大人たちの談笑する声。
いよいよだ。

目立たないようにそっと扉に手をかけ、中へと入る。


「…あ、しくった」


豪華絢爛なシャンデリア、気品そうな人々を見てまず私が感じたのは貴婦人のヘアスタイルだ。
適当に夜会巻すればいいと思っていたけど、正直失敗した。
言うなれば私のはカジュアルすぎたのだ。

大正時代における髪型の一つに束髪というのがある。
着物の女性でも似合う髪のまとめ方。
後れ毛一つ出さず、頭の上で円を描くようなシルエットになる髪型。
会場にいる女性陣は皆その髪型だったのだ。
今になって真田さんが「目立つ」と言っていた意味を理解した。

「どうしたの?名前ちゃん」

私の動揺に気付かない善逸さんが後ろから声を掛ける。

「…いえ」

まあ、やってしまったものは仕方がない。
諦めて目立たないようにしよう。
そう思っていたその瞬間、私は一人の女性に声を掛けられることになる。

「もし、お嬢さん。その髪素敵ですわね。頭の黄色いお花も素敵だわ」

もう帰りたい。



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