58. Shall we ダンス?



「その髪飾りはどちらでご購入されたものですか?」
「え、えっと…」

自分の母親よりも少し若いくらいの女性が、私の手を取りキラキラした顔で私のシュシュを見つめていた。
正直失敗したと思った。私のヘアースタイルは完全に現代に寄せたものだったので、
この時代の人からはだらしないように見えると思ったけど、そうでもないらしい。
じゃないと会場入りしてすぐに捕まる筈ないもの。
私は背中に気持ち悪い汗がダラダラと流れるのを感じながら、適当な言い訳を考えていた。

「か、海外で…」
「まぁ、そうなんですね!どちらのお国でしょう?来週にでも使いを出しますわ」
「……」

目の前の女性はさらに食いついてきた。
あ、そうだった。
この会場にいる人はセレブばっかりだった。
海外と言ったら引いてくれるとかそう次元の人達は、この場に居ない事を今更に理解した。

「申し訳御座いません、妹が何か粗相を?」

私と貴婦人の間に真田さんが割って入る。
正直、本当に助かった。
これ以上絡まれたら私のボロが出て大変な事になりそうだった。
真田さんの背中に隠れるようにして、私はほっと胸を撫で下ろす。

あれ、そう言えば善逸さんはどこにいったの?
一緒に会場に入ったよね?

キョロキョロと辺りを見回しても、目立つ金髪は見当たらなかった。
私が善逸さんを探している間に、真田さんが女性を上手く撒いてくれたようだ。
女性との会話を終わらせた真田さんが不機嫌MAXの顔でこちらを見た。

「おい、目立つなと言わなかったか?」
「と言われましても…」

まあ、私が悪いけど。
私は自分の顔の前に両手を上げて「すみません」と謝っておく。

「あの、真田さん。善逸さんを見ませんでしたか?さっきまで一緒にいたんですけど」

恐る恐る真田さんに善逸さんの事を尋ねてみると、真田さんは小さく舌打ちを落とす。
本当に仲悪いな、この人達。

「あの金髪の事か。あいつは今、控えさせている。あの頭はダメだ」
「頭…?あっ!」

頭と言われて真田さんの髪に視線をやる。
オールバックに綺麗に整えられた髪を見て、私は納得した。
善逸さんの髪はサラサラだけど、この場には相応しくない髪型だったかも。
そういう意味では悪目立ちするよね。
先に気付いておくべきだったな、と私は後悔した。

「すぐに戻ってきます?」
「あぁ。それまで壁にでも貼り付いておけ」
「…わかりました」

真田さんの冷たい視線にため息を吐きながら、私は今度こそ目立たないように誰も居ない壁側へ寄った。
何も考えずに立っていたら、遠くの方から私の射抜きそうな視線を感じた。
真田さんが超怖い顔でこちらを見ていた。
パクパクと口を動かしている様子を見て、私は何を言っているか理解しようとしてみる。

『わ・ら・え』

あ、はい。
慌てて私は楽しくもないのにニコニコと笑顔を貼り付けて、お上品にその場に立つ。

私の目の前では舞踏会が始まろうとしていた。
クラシカルな音楽に乗せられ、男女が会場の中心に集まり、適当に踊り始めた。
私自身踊りの知識は全くと言ってないけど、それを見て思った事がある。

目の前で繰り広げられているダンスパーティは、本場のそれとはまったく違うように見えた。
この目で本場を見た事がないけど、海外の映画で見るそれとは大きく違う。
なんていうか『取りあえず見様見真似で踊ってみました』感が拭えない。
この会場には外国人の人もちらほら見えるけど、彼らはダンスの様子を見て苦笑いしていた。
…真田さんが言うのもわかる。

さて、そろそろ周りを観察するか。
真田さんの話が本当なら、今は参加者全員、この場にいる筈だから。
ここから人が減れば、その人が鬼か犠牲者か。
よく見ておかないと。

チラチラと怪しそうな人がいないか確認をしていたら、私の目の前に男の人が立っていた。
忘れていた笑顔をまた見せつつ、私は「どうも」とご挨拶をする。

シャツを着こなしている男性はぱっと見、20台前半くらいに見えた。
男性は私を見るとすぐにニコリと微笑んでくれた。

「可愛い髪飾りだね」
「あ、えぇ。ありがとうございます」

自作のシュシュを褒められて悪い気はしない。
有難くお礼を言っておこう。
男性の目が笑って細くなる。

「お嬢さん、良かったら僕と踊って頂けますか?」
「…え?」

笑顔を絶やしてはならないと分かっているけど、一瞬笑顔が崩れた。
困る困る困る。
私の心情をそのまま声にしていいのなら「無理です!」の一言なのだが。
男性の後ろの方に見える真田さんと目が合う。
そういう訳にはいかないよね。

とは言え、踊る技術は持ってないし、知らない人と踊るのなんて無理だ。
どうやって断ろうかな。
真田さん、断り方も教えておいて下さいよ!

段々額にまで汗が噴き出てきた。
困った、どうしよう。
そんな事を考えていたら、私と男性の間に燕尾服が割って入った。

一瞬、真田さんかと思って顔を上げたら、違った。



「彼女は僕の連れですので…」



金髪の髪をオールバックにした善逸さんだった。
私は思わずポカンと口を半開きにして驚く。

「あぁ!それは申し訳ない!」

そう言って男性はそそくさと私達から離れて行った。
変わらず驚いたままの私に善逸さんが向き直る。

「……っ!!」

か、かっこ…いい。
あの善逸さんがかっこよく見えるなんて。
私は何も言えずに段々頬に熱が集まってくるのを感じた。
想像以上にオールバックと燕尾服が似合いすぎて、正直びっくりだ。

「名前ちゃん?」

何も言わない私に、心配そうに声を掛ける善逸さん。
優しい声で言われてドキンと胸が鳴る。

あー…ずるい、ほんと。

暫く首を傾げていた善逸さんだけど、何かに気付いたような顔をして私に手を出してきた。


「一緒に踊って頂けますか?」


ニヤリと笑う顔までカッコよく見えるなんて。
ドレスの上でもじもじ指を動かしていたけど、恐る恐る善逸さんの手に乗せて「は、はい」と答えてしまった。

私の頭の中には善逸さんで一杯だった。



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