59. 落とし物


善逸さんの手に先導されるまま、私はどんどん真ん中の皆が躍っている広いスペースへ出て行く。
皆の視線が私達に集まっている気がして、私は思わず顔を俯かせてしまった。
だ、だって、そりゃ…善逸さんがいれば目立つ、だろうし。(頭金髪だし)
ついでに私まで見られる、よね。

よく見ると、既に踊っている人は皆老婦人が多い。
若い人なんてほとんどいないじゃない!
何だか余計恥ずかしくなってくる。特に目の前の金髪の影響が大きいけど。
服装と髪型変えただけなのに。

さっきの衝撃が思い出されて、また私は頬に熱が集中する。
もう、勘弁してほしい。

ピアノの音色が止まらない。
皆が同じ方向へ回転して踊っている。
善逸さんは人の少ないスペースまで来ると、私と向かい合うように手を取り直した。
左手は私の手を握り、右手は私の脇下に添えている。
私も空いた手を善逸さんの二の腕辺りを掴んで、ごくりと息を飲んだ。

「緊張してる?」

ふ、と口角を上げつつ余裕の表情の善逸さん。
何でこの人こんな余裕なんだ。
あ、この人耳が良いんだった!リズム感バッチリじゃない!
練習であれだけ苦労したというのに、私はあまりの不公平に泣きそうになる。

「…しますよ。だって、みんな見てるし」
「じゃあ、そんなしかめっ面じゃなくてもっと笑って。俺と踊るのにそんな顔しないでよ」

善逸さんに言われて、私は自然に表情を戻していく。
曲に合わせて善逸さんと私の足がゆっくり動く。もう後には引けない。
前に出てしまった以上、踊り切らないと。
チラっと周りでお酒を飲んでいる人達の中を見ていたら、真田さんが見えた。
怒っているかと思ったけど、わりと普通の顔で腕を組んでこちらを見ていた。

「どこ見てんの」

善逸さんの怒ったような声が上から聞こえてきて、私は視線を戻す。
金色のきらきらした瞳が私を見つめている。

「…よそ見してました」
「俺だけを見てて」
「いつも見てますよ」
「ずっと、でしょ」

言いながら恥ずかしいのか、善逸さんが頬を軽く赤らめ唇を尖らせる。
カッコよかったり、ちょっと情けなかったり。
本当に忙しい人だなと思いながらも、私はこの人のこういう所が好きだ。
くすりと笑って善逸さんを見て踊ることだけを考える。

練習した成果があったのか分からないけど、善逸さんに合わせて踊っていたらそれっぽく出来ている気がする。
間違えそうになったら善逸さんが引っ張ってくれるし、たまに善逸さんの足を踏んでも何も言わない。
ただ何か言いたげに視線を寄越すだけだ。
…人には向き不向きというものがあるんですよ。

二人の世界、と言われるとそうなのだが。
完全にその時は任務の事なんて忘れて、善逸さんの事しか見えてなかった。
我ながら恥ずかしい。





そう感じていた時、突如会場中の明かりが暗転した。

暗転と同時にピアノを弾いていた人も悲鳴を上げ、その手を止めた。
他の参加者も小さく悲鳴を上げながら、周りを気にしている事が分かる。
善逸さんがすぐに私を抱きしめ、真剣な顔で辺りを見回した。

「…鬼の仕業ですか?」

私は善逸さんと当たりを交互に見て、そう呟く。
真田さん含め、お偉いさん方の「落ち着いて」という声が響いた。
真っ暗の空間の中、何が起こっているのかわからない。
善逸さんが耳を澄ませて感じ取ろうとしている事だけは分かった。

「…いや、まだ音はしない。嫌な予感はするけど」

ギリ、と歯を噛みしめて善逸さんが言う。
奇遇ですね、私もそんな気がしますよ。

パッと明かりは再度点灯した。
明かりが点いたことで、会場は何事もなかったように落ち着きを取り戻そうとしている。
また踊りが始まろうとしていたけど、私を善逸さんはその輪から抜け出し、会場外の廊下へ出た。

廊下では施設の人が慌ただしく走り回っており、先程の停電の原因を調査しているようだ。
真田さんが私達を見つけて、慌てて近付いてくる。

「あれは何だ、鬼の仕業か」
「知らねーよ!鬼の気配は感じなかったから、まだこの会場には居ないよ」
「…少なくとも鬼の仕業ではあると思いますけどね」

取りあえず、状況が分からない以上辺りに注意して見守るしかないようだ。
真田さんは裏へそのまま引っ込んでしまったので、私と善逸さんはそのまま会場に戻ろうとする。
その時に自分の髪に違和感を感じたのだ。

「あ、シュシュがない!」
「しゅしゅ?あぁ、いつもの髪飾りね」

自分の髪を押さえながら、先程まであった場所がスカスカになっている事に気付いた。
ない!ない!ないない!
さーっと血の気が引いていく私。
それを善逸さんは呆れた顔で見つめる。

「どうしよう善逸さん!シュシュがない!」
「どっかに落ちてるんじゃないの」
「探さなきゃ…どこだろ、踊ってる時…?」
「鬼を倒した後でもいいんじゃ…」

はあ、とため息を吐いて私を見る善逸さん。
私はその姿にぷち怒りを感じて善逸さんの胸倉を掴んだ。


「そんな悠長な事言って、盗まれたりしたらどうするんですか!?あれは私の大切なものなんです!」


唾を飛ばす勢いでそう言って、私は善逸さんから離れた。
ポカンとした顔で固まる善逸さん。

「もういいです、私ちょっと探してきますので、壁側で待ってて下さい!!」

プンプン怒りが収まらないまま、大股で会場の扉を開ける私。
きっと私の頭の上には蒸気が噴出していることだろう。
後ろで「う、うん」という私の怒りに驚いている声を聞いて、私はシュシュを探すことにした。

どうか見つかりますように!!



< >

<トップページへ>