05. 会いに行く


私は善逸さんの手を握って、客席に座っていた筈だった。
その時に車掌さんが来て、私たちの切符に切込みを入れた所まで覚えている。
なのに、これはどういうことだろう?
瞼を1回閉じて次に開けた時には、景色どころか時代が変わっていた。

私は自分の家の台所で、母の隣に立っていて。
ダイニングテーブルには父と和樹が今か今かと晩御飯を待っている。
それだけなら、現代で過ごしていた記憶と何ら変わらない。
問題は父の向かいに座っている人物である。
現代でも目立つ金髪に制服を着て、おまけに黄色いセーターまで着てる。


「は?」


信じ難い光景に思わず声が漏れた。
ボールを洗っていた手も離してしまった。
ばちゃん、と私の服に水が跳ねた。

「どうしたの?名前ちゃん」

金髪のその人が不思議そうに私に声を掛けた。
どうしたもこうしたもない。
私の頭の中は、令和から大正時代に飛んだその時と同じくらい混乱している。
いる訳が無い場所にいる訳が無い人がいる。
でもどこからどうみても、座っている人は我妻善逸その人に見えた。

ありえない。
なんなら、私が現代に居るのもありえない。
私を過去へ飛ばした鬼は善逸さんが倒した。
だからもう現代へ帰ることもないはずで、善逸さんが現代の格好をしてうちのリビングにいるなんて、天地がひっくり返ったとしても無い。

「名前?大丈夫?」

何も言わずフリーズしてしまった私に、母が話しかける。
私は目を見開いたま、隣の母を見つめた。
どっからどう見ても母だ。
それは父も和樹も同じ。
でも、違う。
現実ではない。

「何、これ」

誰に言った訳でもないが、ぽつりと胸の内を零した。恐らく、この状況を理解しているのは私だけだ。
家族は何ら違和感無く善逸さんと思われる人を歓迎している。

「貴方、だれ?」

私の呟きはその場にいた全員に聞こえたのだろう。
ぎょっとした顔で皆が私を見る。
でも私の視線は金髪の人にしか向いていない。
貴方に言ったの、私は。

「何言ってるの?名前」
「名前、お前が連れて来たのに何言っているんだ?」

父と母が私に優しく語りかける。
先程までの和やかな空気を壊さないように、配慮した言い方だ。
でも関係ない。

連れてきた?どういうこと?
連れて来れるわけないでしょ?

それに私はこの人を知らない。
善逸さんであってたまるか、全くの別人だ。

背中に冷たい汗が流れる。
何かが起こっている。でも何が起きてるのか分からない。
どうしたらいい?どうしたら、善逸さんの所へ戻れる?


「名前ちゃん、俺の事忘れた?」


こちらに笑いかけながら、冗談のように言う。
声も一緒なの。
お願いだから何も言わないで。
それ以上、言わないで。



「名前ちゃんの彼氏、我妻善逸だよ」



ははは、とにこやかに言われて、私は愕然とした。
貴方みたいな彼氏作った覚えはない。
体温が氷点下まで下がった様な感覚と、ふつふつと沸き起こる苛立ち。

「は、何言って…」
「名前、ほんとどうしちゃったの?ちょっと座って休んでなさい」

怒りのまま詰め寄ろうとした所、母が私の肩を掴んでそのままダイニングテーブルへと連れて行く。
そのままストンと椅子に座らされてしまった。しかもこの人の横に。
ジロリと睨みつける私。

金髪の人は困った顔で「大丈夫?」と尋ねてくる。
大丈夫なわけあるか。善逸さんはどこに行ったの?
キョロキョロと部屋を見渡しても、全然わからない。


私は鬼が出るという列車の中にいた筈だ。
という事はこれは鬼の血鬼術である可能性がある。
以前、私に襲ってきた鬼が見せたような夢みたいな。



夢?



ふと思い返してみた。
車掌さんが切符に切り込みを入れた時。
善逸さんの切符が車掌さんの手に渡ってすぐ、善逸さんはふらりと頭を揺らして眠りにつこうとしていなかっただろうか。
すぐに私の切符も切られてしまったので、あんまり覚えていないけど。



「これ、夢なの?」
「何が夢なの?」



私の発言に一つ一つ反応する金髪の人。
いや、貴方に言ったわけじゃない。

「名前の調子も悪いみたいだから、さっさと頂いちゃいましょう」

母が大きいお鍋を持ったまま、ダイニングテーブルへやってくる。
ドンとそれを中央に置くと、鍋の中から美味しそうな匂いが漂ってきた。

「はい、姉ちゃん」
「……」

和樹から小皿を渡され、私は腑に落ちない顔をしながらも手に取った。

「我妻くん、遠慮せずに食べなさい」
「はい」

父が微笑みながら金髪の人に料理を勧める。
その姿を見るだけで寒気がする。


私以外の人間が楽しそうに談話し、目の前の料理に手を付けていく。
私だけが時間が止まったように動けない。
動きたくもない。
こんなところから、早く出なきゃ。

悶々と考えながら、眉間に皺を寄せていた。
どうしたらいいのかわからない。
これが夢だとすると、どうしたらいいの。



「名前ちゃん、本当に今日は変だね。熱でもあるの?」


隣からすーっと手が伸びてきて、私のおでこに掌が当てられた。
考え事をしていた私は特に抵抗もしなかったけど、その掌がおでこに触れられた瞬間、手を払いのけてしまった。

「名前?」
「姉ちゃん?」

食べていた手を止めて、家族が私を見る。


払い除けられるとは思っていなかったのだろう。
金髪の人が酷く驚いた顔をしていた。
私は払い除けて宙に浮いた手をガシっと掴んだ。
それを私は凝視した。


ふにふにとした柔らかい手。


私の知ってる手ではない。

刀を振りすぎて、豆が出来て、潰れて、固くなった掌。
私の手よりも体温の高い掌。
握ってもらえるだけで安心してしまう掌。

困ったときや不安になった時に、握ってくれていたそれではない。




「やっぱり貴方、善逸さんじゃないじゃない」



きっと今の私は酷く冷めた目をしているんだろう。
酷く吐き気のする夢だ。
人を侮辱するのもいい加減にしてほしい。
私の大好きな家族と、私の大好きな人が一緒に居てくれるのは凄く嬉しい事だけど、
それは絶対にありえない。
全部偽物。

掴んでいた手を離して、自分の膝の上に手を置いた。

そして私は自分の腰にあるそれに触れ、そっと抜いた。



「思い出した」



昔、悪夢を見た。
善逸さんが血だまりに倒れている夢。
それは鬼によって見せられたものだった。
その時、私はどうやって目を覚ましたのか。

私の腰にあったのは、しのぶさんから渡された短刀だ。

ゆっくりそれを顔の前に持ってくると、その場にいた全員が立ち上がり叫び始める。


「名前!!何してるの!?」
「姉ちゃん!」



「名前ちゃん……?何しようとしてるの?」



酷く怯えた顔をして、後ろへ後退する金髪の人。
貴方には何もしない。
興味もない。

もしかしたら、これが間違いかもしれない。
もう二度と善逸さんに会えないかもしれない。
でもこんなところに居るくらいなら、死んだ方がマシだ。


シャラン、と頭のシュシュが鳴る。





「善逸さんに会いに行くの」





そう言って、私は自分の喉を貫いた。



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