06. 夢


ひどい悪夢から目を覚ますと、そこは列車のボックス席だった。
はぁ、はぁ、と浅い呼吸を繰り返しながら、自分の喉に触れる。
何ともない…生きてる。
何度経験しても慣れる事はない、自分の身体に刃物が刺さる感覚。
今度こそ、もう二度と繰り返したくないものだ。

そして

もう片方の手が繋がっている先に、恐る恐る視線を飛ばした。
先程の夢が頭を過る。
バクバクと鳴る心臓あたりを押さえながら、ゆっくりと顔を上げた。



「善逸、さん…」




自然と涙が零れてくる。
いつもと変わらない、間抜けな寝顔がそこにあった。
さっきまで泣いてたから少しだけ目が腫れているけど、紛れもない善逸さんだった。
ぎゅう、と握っている手をさらに強く握った。

この手だ。
私の好きな手。





ほっと胸を撫で下ろしたその時、私の後ろの席で誰かが動いた。

「な、なんでアンタは起きてるの…?」

ふらりと1人の少女が立ち上がる。
その手には錐のような武器を持っている。
慌てて私は善逸さんの横から立ち上がり、なるべく善逸さんを彼女から遠ざけようとした。

よく見ると善逸さんだけじゃない。
煉獄さんや炭治郎さん、伊之助さんも皆寝ている。
私もさっきまで一緒になって寝ていたんだろう。
炭治郎さんの前に禰豆子ちゃんが険しい顔をして、しゃがんでいた。

禰豆子ちゃんは起きてる…!

ゆっくり私の方へ寄ろうとする禰豆子ちゃん。
それを私は制止する。

「禰豆子ちゃん、炭治郎さんを起こして…大丈夫だから」

なるべく視線は錐の少女から離さない。
一瞬この子が鬼かと思ったけど、恐らく違う。
何がとはっきり言えないが、持っている雰囲気が鬼とは別だ。

「自分で起きるなんて、そんなの有り得ない」

まるで信じられないものを見るように、少女は席を挟んで立っている。
私も自分の帯に隠したそれに手を掛ける。
頂いた早々こんなに使う羽目になるなんて。
次に蝶屋敷へ行くことがあったら、絶対しのぶさんにご指導してもらおう。

私が何かに触れようとした気配を感じたのか、少女は錐を構える。
少女との睨み合いが続く。


「私、夢には慣れてるの」


何故とは言わないが。

禰豆子ちゃんが炭治郎さんを起こそうと身体を揺さぶる姿が視界の隅にに映った。
炭治郎さんが起きれば、この状況は打開出来ると思う。
あとは目の前の少女だ。

「何故、鬼に加担してるの?」
「うるさい!!夢を見せてもらえる筈だったのに!」

ギリ、と少女が唇を噛む。
出来ることなら何もしたくない。
だって彼女は人間だから。
私の指が鞘から短刀を抜くのを戸惑っている。


「何で?あなたは幸せな夢を見てたでしょ?何でなの!?」
「…あれは、今までで一番酷い夢だよ」


少女の手が震えて、錐が揺れる。

この子も私の夢を見ていたの?

私は少女を見据えた。
彼女には家族が食卓を囲んだ微笑ましい夢に見えたのだろうか。
何も知らない人から見るとそう感じるのだろうか。

私がどんな思いで家族を諦めたのか。
善逸さんがどんなに私を守ってくれたか。
全てを無視した最悪の夢だ。



「あんな稚拙な夢が見たいの?」



そう言った私の声は震えていた。
分かって欲しい、所詮夢なんだと。
手に入らないものだと。

私の言葉を聞いて、少女は暫く黙って俯いていた。


その時、横の席から荒い息遣いが聞こえた。



「起きないと…起きないと…」


炭治郎さんが目を閉じたまま、息苦しそうな声を出す。
禰豆子ちゃんが大げさに揺り動かすが、その瞼はびくともしない。
全然起きない炭治郎さんに怒った禰豆子ちゃんが、渾身の頭突きをお見舞いした。

ごちん、と思わず額を押さえてしまいそうになる音が響く。
顔を上げた禰豆子ちゃんが一瞬ぽかんとしたけど、次の瞬間その額からボタボタと血が流れた。


「禰豆子ちゃん!?」


身体は少女に向けたまま、ちらりと禰豆子ちゃんを見た。
涙を流しながら悶える禰豆子ちゃん。
そして、禰豆子ちゃんは炭治郎さんの身体を掴むと、炭治郎さんの身体に禰豆子ちゃんの術が発動する。
全身に広がった赤い炎に対峙する少女が驚きの声を上げる。


「人が、燃えてる!?」


彼女が錐を下ろし、自分の口元に手をやったその時、私は彼女に向って手を伸ばした。
突然の事に驚いた彼女が錐を持ち直そうとしたけど、彼女の手を払う方が速かった。

錐は彼女の斜め後ろの席まで吹っ飛んでいった。

それを目で追いかけた彼女を私が抑え込む。



「炭治郎さん、起きて!!早く!!」



暴れる彼女を抑え込みながら、叫ぶ私。

ほぼ同時に炭治郎さんが、叫び声を上げながら飛び上がったのが分かった。

良かった、起きてくれた!
汗びっしょりで自分の首を押さえている炭治郎さんに、私は叫んだ。

「炭治郎さん、この子を…!」

私の様子に気付いた炭治郎さんが、慌てて彼女の手を掴んだ。

「名前、これは一体…!?」
「鬼がこの子を使って眠らせたみたい。まだ皆寝ているの!!」

キョロキョロと炭治郎さんが善逸さん達を見た。
眉間に皺を寄せ、少女に向き直る。


「手荒なマネをしてすまない」


炭治郎さんは優しく少女に声を掛けた。
そして、少女の首元に手刀を入れた。

「…ぁっ…」

小さく声を上げて、少女はふらりと前へ倒れ込む。
私はそっと抱き留め、そのまま空いている席へ寝かせる。


「ごめんね、終わるまで眠っていて」


眠った彼女を見つめながら呟いた。

幸せな夢を、なんて口が裂けても言えなかった。



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