63. 戦闘


いつの間に眠ってしまったのか、皆目見当つかないけど、状況は最終局面らしい。
これでは善逸さんの事を馬鹿に出来ない。
覚束ない足に力を入れて、土と石畳の上を走る私。
見つからないようにそこらの植木を背にして、どんどん鬼に近付いていく。

でも近付いて、その後どうしよう。
何も考えずに走ってきてしまったけど、私の手には短刀しかない。
勿論、これでは鬼の頸は落とす事も出来ないし、鬼相手に致命傷なんて与える事も出来ない。

あの攻撃を止めさえすればいいんだけどな。
今も善逸さんの頭上に落ちていく雨のような雫たち。
善逸さんの身体を掠めるだけで、善逸さんの表情が強張っている。
…このままじゃ、長くは持たない。

私に、出来るだろうか。
この短い刀一つで。
時間が経過していく毎に自分の無力さを痛感してきている。
前は何も考えずに突っ込んでいたけど、無駄に終わってしまっては元も子もない。

『力をかける場所さえ押さえれば、威力は大きく変化する』

旦那様の言葉が頭を過った。
私の非力な力でも、出来るかな。
手に持つ刀の柄を見つめ、ぐっと握った。

よし、行こう。

私はまた駆け出した。



「逃げ回るのがお上手ねぇ。そろそろ諦めて欲しい所だけど」


ふふふ、と笑う鬼の声がすぐ近くで聞こえる。
もう鬼の真後ろまで私は迫っていた。
気付かれていない、なんて考えない方がいいだろう。
植え込みからタイミングを見計らって、駆け出す準備をする私。
ごくりと唾を飲み、短刀の柄を持つ指の位置を確認する。
大丈夫、これでいい。あとは、タイミング。

善逸さんの方を見ると、ジリジリと鬼に少しずつ近付いてきている。
ただ大きく前に出ようとすると鬼がまたあの攻撃を仕掛けるから、キリがない。
その様子を見て鬼は楽しそうだ。笑い声とともに頬に手を当て、ウットリそれを眺めている。

胸糞悪いとはこう言うのだろうか。
伊之助さんの言葉遣いが移ってしまいそう。

でも、今がチャンスと言えるかもしれない。
次の攻撃を仕掛けたタイミングで出よう。
そう決めて、私は鬼から目線を逸らさずに見据えた。

「霹靂一閃ッ!!」

善逸さんが雫の攻撃を跳ね飛ばす。
それを確認した鬼がまた両手を空に向かって大きく広げた。

今だ。

私は植え込みから走り出した。
自分の脇腹には短刀を握りしめ、赤いドレスに向かって一直線に。

背中に焦点を合わして、私は力を込めた。
ドン、という衝撃が手にあって、思わず刺した自分が驚いてしまう。
ちらっと手元を見ると手の部分まで深く刺さっていた。

刃先は背中から鬼の胸まで貫通していた。



「…後ろでちょこちょこ走り回っていると思ったら、どれだけ邪魔すれば気が済むのかしら」



空にあった手はゆっくり下ろされ、鬼の頸がぐりんと真後ろを向く。
まるでホラー映画の一場面のような光景に、胸の内で悲鳴を上げ、私は短刀を残したまま、引き下がった。
私を睨みつける鬼の表情は、赤い紅と相まって相当な殺意が顔に出ていた。

攻撃を止めることはできたけど、これ死ぬかも。

ぺたぺたとゆっくり後ろへ下がるも、もう手遅れ感が凄い。
今更になって背中に嫌な汗が伝う。


「死装束がドレスなんて、粋よねぇ?」


鬼の手が私に向かって伸びる。
手がゆっくり開き、何か攻撃をされる直前。
私は自分の胸の前に手をクロスにし、やってくるであろう痛みに耐えるため瞼を閉じた。


私に痛みがやってくる前に、何かを弾く金属音が私の前で聞こえた。


恐る恐る瞼を開けると、私と鬼の間に割って入る善逸さんが居て、そして刀を大きく振っていた。

攻撃を弾かれた鬼は「チッ」と舌打ちを零したけど、その間に善逸さんは刀を構え、そして。


「雷の呼吸 一ノ型  霹靂一閃」


次の瞬間には鬼の頸は胴と離れていた。



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