64. 別れの挨拶


「…善逸さん……?」


私の前に現れた善逸さんは、華麗な刀捌きで鬼の頸を斬ってしまった。
カランと鬼の胸に刺さっていた短刀が音を立てて石畳へ落ちる。
それを善逸さんの背中から確認して、拾いに行こうとした時、目の前の善逸さんがくるっと急にこちらを向いて、私の両肩を掴んだ。

肩を掴む力が強くて、私は少し吃驚してしまったけど、顔を覗き込みながら名前を呼んでみた。

「名前ちゃん?」
「…はい」
「本当に名前ちゃん?」
「そうですけど…何か他の人に見えます?」

善逸さんの表情を見ると、焦ったような顔をしていてまた私は吃驚してしまった。
それに、そんなに名前を呼ばなくても私だってわかるだろうに。
唇を尖らせて言うと、やっと善逸さんの安心した顔が見れた。

善逸さんの頬についた火傷の痕にそっと手を伸ばした。

「ってかさ…」

善逸さんがはぁ、と息を吐いたと思ったら、すぅぅっと息を吸う。



「一人になるからこんな目に合うんでしょぉおお!? 何で俺の傍に居ないの? 死にたいの? 今回は久しぶりに焦ったんだからね、俺ッ!!」



さっきまでのシリアスな表情はどこへやら。
目を限界までカッと見開いて、唾を飛ばしながら叫ぶ姿に私はその場から逃げたくなったけど、両肩をがっちり掴まれている所為で、逃げられない。
危険正面から善逸さんのお怒りを受ける羽目になってしまった。
何でこんな怒ってるんだろう、いつの間にか寝てしまった事は申し訳ないと思っているけど。

それでも私の肩を掴む手が少し震えている事に気付いて、本当に善逸さんを焦らせてしまったんだと後悔した。

「よくわかんないですけど…なんかごめんなさい」

精神誠意謝ったけれど、善逸さんの表情は晴れない。
そして「それ、謝ってるつもり? 本当に理解してる? 俺の心配した気持ち、返せよ」とブツブツ文句垂れる垂れる…。
だから謝ってるじゃん、うるさいなー。



「…頼むからさ、俺の前から居なくならないでよ」



私の前髪にさらりと触れる善逸さん。
珍しい姿に私は素直に頷いてしまった。
よくわからないけど、物凄く心配させてしまったみたい。

「ごめんなさい」

小さくぽつり呟くと、善逸さんは私の両肩から手を離し、背中へ。
そしてボスンと自分の胸へ私を誘う。

力強く抱き締められ、私はちょっとだけ苦しかったけど、でも抵抗せずに善逸さんの背中へ手を回した。

「…大体さぁ、髪飾りが大事なのは分かったけど、一番大事なのは名前ちゃんなんだから、ウロウロしない事。わかった?」
「あ! 私のシュシュ!」

ゴソゴソと胸のポケットから善逸さんが私のシュシュを取り出す。
あれ、善逸さんが持ってる?なんで?
まあ、いいか。それを受け取ろうとしたけど、ヒョイっと私の頭上高く上げられてしまう。

「…返してください」
「その前に約束して、絶対に俺から離れないって」
「いつも一緒にいるじゃないですか」
「そういう意味じゃなくて。俺から少しでも離れたら許さないから」

あ、目がマジだ。
いつもの善逸さんらしからぬ視線に、ちょっとした恐怖を感じコクリと頷く。

「約束破ったら、お仕置きだからね」

恥ずかしそうに顔を逸らしつつ、私の手の上にシュシュを乗せる善逸さん。
恥ずかしがるならそんな事言わなければいいのに、と思ったけど、それが善逸さんらしくて思わず笑みが零れた。


――――――――――――

鬼は無事に滅することが出来た。
この鬼は人間の意識の中に入り込んで、完全にその人を乗っ取る事が出来たみたい。
私がシュシュを探している時に、どうやら鬼が私が操られてしまい、善逸さんの神経をすり減らさせてしまったとか。
そう説明を受けた時、初めて善逸さんがあんなに怒った意味を理解できた。


「…お前ら、無事だったか!?」


一時置いて、会場から真田さんが焦ったように庭へ出てきた。
もう中にいた人たちは無事に逃げたらしい。
結局隠密に任務を遂行する事は出来なかった。まあ、仕方ない、無理無理。

「私は何ともないです。善逸さんは?」

そう言えば、めちゃくそ鬼の攻撃を浴びてなかったっけ?と思い善逸さんの背中を見て気付いた。
え、焼け焦げてる…?

真っ白いシャツは所々焼け焦げていて、確かに焦げた匂いがすると思っていたけど、まさか発生源はここだったとは。
ゲ、と口を歪ませた善逸さんが「だ、大丈夫…」と隠そうとしたので、
無理やり背中に回り込み、ボロボロのシャツの様子を確認した。

「…火傷してるじゃないですか!!」
「…まあ、隊服着てなかったし。そんな大した傷でもないよ」

ボロボロのシャツを掴むとチリチリと崩れ落ちていく。
敗れたシャツの隙間から、痛々しく赤くなった肌が露出して、私は思わず声を上げた。
そうか、今日は隊服を着てなかった…!
隊服を着ていたら確かに、ここまで酷い傷にならなかったかもしれない。

「鬼は死んだのか…?」
「死んだよ。もう人は消えないから、安心して舞踏会を開けば?」
「…この惨状で開けるはずないだろうが」

善逸さんの言葉にチッ、と舌打ちを零しながら真田さんが庭を睨みつける。
それもそうだろう。
あんなに綺麗に整えられたお庭は今や、鬼の戦闘によって悲惨なくらい荒れ果ててしまっている。
酸の攻撃の所為で、その辺に咲いていた花なんてもう再起不能だろうし。
あちゃー、と片手で頭を抑え、真田さんのこれからの苦労を想像する。

「オイ、お前。それ、どうするつもりだ」
「それ?」
「お前の着ているボロボロのドレスの事だ」


真田さんの鋭い視線が私を射抜いた。
ヒュっと喉が鳴り、心当たりがあり過ぎて私は無言を貫く。


「…冗談だ。それはお前らにやる」
「あ、ありがとうございます。けど、自分でやっといてアレですけど、こんなボロボロのドレス、貰っても嬉しくないですね」
「やっぱりテメェでやったのか、それ」
「……」


とんでもない自爆をしてしまった気がするけど、また私は口を噤んでおくことにした。

暫くしてから、見慣れた隊服を着た隠の人たちが門から入ってきた。
私と善逸さんに応急処置をしようと寄ってくる姿が見えたので、私は大丈夫だと首を振っておいた。

「名前…!」
「あ、後藤さん」

隠の後藤さんが私を見つけて走り寄ってくる。
この前の吉原の任務以来だったかな?久しぶりに見た顔に安心する。

「金髪も無事か」
「元気元気」
「嘘つけ、涙目だぞ」

手当てを受けている善逸さんを見て、後藤さんが呆れたように呟いた。
その通り。背中を消毒されている善逸さんは今にも泣きそうだ。
そりゃ痛いよ、あんなに酷い火傷だもの。


後藤さん達の手によって応急処置をしてもらった私達が元の服に着替える頃、空は既に明るくなっていた。

「善逸さんの恰好もかっこよかったんですけどねぇ」

テーブルに投げ出されたボロボロのシャツを見て、ため息を吐く私。
その横には私がボロボロにしたドレスも並んでいる。
そしてテーブルの横には腕を組んで、お怒りモードの真田さんもいる。

「気付かれないようにしろと言ったのに、ド派手にやりやがった挙句、服までボロボロにして返されるとはな」
「仕方ないじゃん!! そんなに言うならお前が鬼の頸落とせよ!! こっちだって簡単じゃねぇっつーの!!」
「…それだけ厄介な鬼だったんですよ、お許しください」

はあ、と面倒臭そうに息を吐く真田さん。
すっと腕を解いて、私達の前にズンズンと立つ。
え、また怒られるの?と身構えていたら真田さんの目が一瞬柔らかいものになる。

「…感謝する」

ふ、とちょっとだけ口元を緩めてそう言う姿に、私は嬉しくなった。
しかも男前がそんな仕草をするもんだから、お!と思わず胸も跳ねる。
瞬間に善逸さんの視線が飛んできたので、何事もなかった振りをしたけど。

「…どういたしまして。もう二度と呼ぶなよな」

ぶっきら棒に善逸さんが言うけど、その言葉の裏の優しさに気付いて私は横でニヤニヤと微笑んでおいた。

そうして、私達は鹿鳴館を後にした。



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