65. 藤の花の家紋の家


善逸さんがいつもの羽織を纏った時、顔を少し歪めていたのを見て、背中の傷が痛むのだと理解した。
普通の火傷じゃなくて薬傷だから、治りが遅いかもと隠の人には言われていた。
暫くは辛いかもしれない。
このまま蝶屋敷へ戻るのかと思ったけど、近くの藤の花の家紋の家で休息を取っていい、という事だったので、
暫くそこで休養する事となる。
二人で宿泊するのは初めてだな。

善逸さんと手を繋いで歩いていたけど、何故だか人通りの多い店の前を善逸さんは歩いていく。
特に善逸さんは人通りの多い所なんて嫌いなはずだけど。
何でだろう、なんて思っていたら善逸さんがこちらに気付いて「街を見るの、好きでしょ?」と零した。
自分がケガしてる癖に、こういう気の回し方は上手いんだから。

「傷は大丈夫なんですか?」
「ケガ自体は大したことないんだってば。いいから、見たい物あれば見ておいでよ。簡単に見れるものでもないんだから」
「はあ、善逸さんって素敵」
「はいはい」

私の言葉を適当にあしらいながら、善逸さんは優しく微笑んだ。
くそう。この優男め。
お言葉に甘えて、少しだけお店を見て回る事にした。
そう言えば、この時代でウィンドウショッピングは初めてだ。
私の胸がウキウキしているのが自分でも分かる。
隣の善逸さんにはとっくにお見通しだったに違いない。

朝からお昼にかけて、人通りはどんどん増えていく。
アクセサリーを売っているお店や、美味しそうな甘味屋、どれもこれも素敵なお店ばかり。
私の目は端から端までドンドン目移りしていき、一つのお店の前で止まった。

私の首が止まった事に気付いた善逸さんが「どうしたの?」と尋ねる。
私の視線の先には手芸屋さん、だろうか。
素敵な反物の横に色とりどりの刺繍糸が置いてある。
ふと思い立って、自分のカバンの中からお財布を取り出した。

「お買い物してきていいですか?」
「どうぞ」
「じゃあ、ちょっと待ってて下さい。すぐ済みますから」

店の前で善逸さんの手を離し、私は小走りで中へ入る。
気になった色の刺繍糸を掴んでそれを店の人に渡した。




お会計を済ませて出てくると、善逸さんは見知らぬ女の子と話し込んでいた。
その様子を見て私は一瞬沸点へ到達しそうになった。
以前に団子屋から出てきた時、道を歩く女の子に求婚していた状況が思い出されたけど、
どうやら様子はその時と違う様だ。

二、三話した後、女の子は善逸さんにお礼を言ってどこかへ行ってしまった。
女の子が居なくなったタイミングで、私はそろりそろりと善逸さんに近付く。

善逸さんがこちらに気付いて、そして

「嫉妬した?」

とニヤリ笑った。

……ムカつく。


音でどうせ全部バレているんだから、反論はしないけど。

「目の前で落とし物をしたから、拾ってあげただけだよ」

安心させるように私に言う善逸さん。
昔の善逸さんなら、誰彼構わず求婚していたというのに。
いつの間にこんな好青年になったんだ。
モノ言わぬ私に不安になったのか「名前ちゃん?」と聞いてくる。


「本当にいい男ですねぇ」


誰が。
なんて、口にはしなかったけど、わかってくれたようだ。
ほんのり赤い頬を確認しただけで私は満足だ。


――――――――――――――


藤の花の家紋の家に到着したのは夕方前くらい。
扉を叩くと、お家の方皆さんでお出迎えをしてくれて、すぐに中へと案内してくれた。
夕餉には早い時間であったのにも関わらず、私達が昨晩寝ていない、というと大慌てで用意をしてくれて
先にお風呂まで頂いてしまった。
あまりの待遇に申し訳なくなってしまって、善逸さんがお風呂に入っている間に夕餉の配膳を手伝わせてもらった。

「お部屋はどうされますか?」

お家の人にそう聞かれて、意味が分からなくてぽかんとしていると
風呂から上がった善逸さんが「一部屋でお願いします」とキリっとした顔で答える。
え、そう言う意味だったの?
私の反論の余地なく「承知いたしました」とお家の人は下がっていき、ご飯を広げた部屋にあとで布団を用意してくれる、との事だった。

「一部屋という事は…」
「布団も一つにしてもらう?」

善逸さんが私の顔を覗き込むように言う。
ここです!確信犯がここにいる!
ブンブンと首を振ったけど、意味はあったのかな?

美味しい料理に舌鼓を打っていると、外はすっかり暗くなってしまった。
普段より寝るには早い時間だけれど、昨日は寝てないからお互い眠い。
きっちり部屋の真ん中に敷かれた二つの布団の内、一つを善逸さんがくるくる巻いてしまい、ドヤ顔でこちらを見る。
ああ、もう…好きにしてくれ。

寝る前に私は隠の人から頂いた塗り薬を取り出した。

「善逸さん、ここに座って」

薬を片手に布団を指さすと、善逸さんは大人しくちょこんと腰を下ろした。
背中の方に回って、浴衣をそっと脱がしていく。

「名前ちゃんが大胆〜」
「なんですって?」
「痛たたたたた、やめて、引っかかないで」

ふざけた事を言う善逸さんの背中に軽く爪を立てると、泣き声が聞こえたのでここまでにしておく。
それにしても本当に酷い火傷だ。
これが大したことないって、どういうつもりなんだろう。

赤く腫れているのはまだマシで、中には赤黒くなってしまった所もある。
隊服を着ないだけでこんなに酷い有様になるなんて。これからはなるべく隊服を着て貰わないと。
塗り薬の小瓶を一掬いし、ぺたぺたと背中に縫っていく。
早く治りますように。


「そう言えば、炭治郎が起きたみたいだよ」


任務前に連絡が来てて、言うの忘れてた、と呟く善逸さん。
それを聞いて私は嬉しくなったけど、善逸さんの声色も嬉しそうだ。
良かった。本当に。
次に蝶屋敷へ戻った時は、元気な姿だといいな。

「やっと皆揃いますね」
「あー…また五月蠅くなるなぁ」
「またまたー…そんなこと言って、喜んでるくせに」
「まあね」

薬を塗った所に清潔な布を被せ、ずらしていた浴衣を着させると待ってましたと言わんばかりに笑顔の善逸さんがこちらに身体を向けた。

「…一応聞きますけど、なんでしょう?」
「何もしないから、何もしないから」
「言動が変質者なんですけど…」

私の文句を聞いて尚、ジリジリ寄ってくる事を止めない善逸さん。

はあ、とため息を吐いて「ケガが悪化しても知りませんよ」と零したのを合図に
私は善逸さんと共に布団へ雪崩れ込んだ。



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