66. ミサンガ


腰の痛みに目が覚めると、外はまだ日が完全に昇りきっていなかった。
眠気眼で自分の状態を確認して、一気に目が覚めてしまったけど。
自分の顔の横にある情けない寝顔を起こさないように、そーっと布団から抜け出した。
ぶるる、と寒さを感じたので大慌てで服を着る私。

何が何もしない、だ。
とんだ大ウソつきである。
じろりと布団の中の人を睨みつつ着替え終わると、自分のカバンを手繰り寄せ、中から昼間に購入した小袋を取り出した。
それを作業机の上に並べて、ついでにハサミも用意する。
さて、寝ている間にさっさと作ってしまおう。
起きていると横できっと喧しいだろうから。

軽く腕を捲り、机に並んだ刺繍糸たちを吟味する。
色で悩んでしまうかな、と思い沢山購入したはいいけど、意外にすぐに決まりそうだ。
黄色、橙色、そして、若葉色。
3つの刺繍糸を同じ長さに切って、あれよこれよと一つにまとめてしまう。

作るのは久しぶりだ。
一応、中学生だったこともあるので、作り方は覚えている。
あの時は自分と友達の分しか作った事はなかったけれど。
慣れた手つきで刺繍糸を編み込んでいった。

時間にして30分。
何度かやり直して一応満足の行く仕上がりとなった。
ミサンガなんて、子供っぽかっただろうか。
それでも私が善逸さんにしてあげられるものなんて、こんなものしかない。
いつもいつもケガをして、私を守ってくれる人に、お守りのつもりで身に着けて欲しい。
完成したミサンガをまだ寝ている善逸さんの腕に当ててみる。

やはり長めに作っていてよかった。
私の手首回りと全然長さが違う。
思った以上にサイズ感ぴったりだったので、そのまま善逸さんの右手に結んでしまった。

本当には色や付ける場所によって意味が異なるけれど、足首につけるより目に入る手首につけてほしかった。
邪魔にはならない、よね?
色もだけど、善逸さんにはこの色しかない。
黄色、橙。そして、私の色。
少し恥ずかしくなって、へへ、と自分で笑ってしまった。

ミサンガにお守りの効果があるのか分からないけど、
気持ちは沢山込めた。
この人がどうか無事でいられるように。



未だに起きる気配のない善逸さんを眺め、私はまたそーっと布団の中へ潜り込んだ。
まるで子供のように暖かい人肌に、私は身を寄せてもう一度瞼を閉じた。
すぐに横から手が伸びてきて、ぎゅっと私の背中から包み込んでくれた。


――――――――――――――


藤の花の家紋のお家で過ごして、3日経った。
その日も朝からお寝坊してしまったけれど、お家の人は無理に私達を起こす事なく、私達がのそのそ動き始めてから、
襖の外からそっと声をかけてくれたのだ。
朝餉の用意をしてもらっている間にさっさと布団を畳み、押し入れの中へしまい込む。
まだ善逸さんの頭はふわふわしていたけど。

藤乃さんから頂いた袴を着て、縁側を眺めていた時。
縁側からチュン太郎ちゃんが可愛らしく鳴きながら、部屋へ入って来た。
そっと善逸さんの頭の上に止まって一鳴き。
よく見ると、チュン太郎ちゃんの足に文が括りつけられている。

「チュン太郎ちゃんが文を文を持ってこられるようになってる…!」
「本当だ。やっと鎹鴉っぽくなってきたな」
「雀ですけどね?」

ぼーっとした顔でチュン太郎ちゃんの文を手に取る善逸さん。
中身をすらすら確認しているけど、眉間に皺が寄ったのが分かった。
あ、なんか良くない事書いてあるんだ。

読み終わった善逸さんは「はぁあああ…」と盛大にため息を吐いてその場に蹲ってしまった。

「どうしたんですか?」

尋ねて良いのかわからないけど、尋ねずにはいられない。
私の質問に善逸さんは「うーん」と呻きながらぽい、と私に文を渡してくる。

えーっと、なになに?

鬼殺隊員全員に対したお達しだった。
現在、ケガをしている者はケガの大小関わらず、暫く休息せよ。
というような事が書かれていた。

うん?
読み終わった後に首を傾げる私。
要はもっと休んでいいってことでしょう?
なんで善逸さん、そんな嫌そうなの?

「良いじゃないですか。もう少しゆっくりしてもいいって事じゃないんですか?」
「それはそうだけどさぁ…よく考えて見なよ。ケガを完全に治せって事でしょ、鬼殺隊程忙しい部隊がさ。それって、この後万全な状態で挑まないといけない任務が控えてるって事じゃないの…?」
「…あっ」

頭を抱えてさらに深いため息を零す善逸さん。
なるほど。そう言う意味か。
善逸さんって何も考えてないようで、しっかり考えているんだなと納得していると、善逸さんの冷たい視線が私に刺さる。

「失礼な事考えたでしょ」
「…いえ」

今更嘘を吐いた所で遅いんだけど。

「それにしても、鬼殺隊全員ですよね?という事は…」
「俺今度こそ死ぬんじゃないの…」

ヒェエエエ…と情けない声を上げて顔を青ざめる善逸さん。
最近は殆ど見なかったのに、久しぶりに見たなぁ。
普通の鬼相手にはそこまで怖がらなくなってきたのに。

確かに、最近強い鬼との戦闘も増えてきている。
そういう事、なのかもしれない。

ふう、と息を吐いて私はチュン太郎ちゃんに向かって手を伸ばした。
チュン太郎ちゃんは私の手にのぼり、そのまま肩までやってくる。
反対側の指でチュン太郎ちゃんの頭を撫でながら、私は口を開いた。



「死にませんよ」



善逸さんは涙目で私を見る。
何か言いたげではあるけど。


「善逸さんも、炭治郎さんも伊之助さんも。ずーっとバカみたいにケンカしたり、バカみたいな話をしてお爺ちゃんになるんです」

「…バカバカ言いすぎじゃない?」


私の言葉に唇を尖らせて文句を言う善逸さん。
いいんです、みんなバカですから。
私も。

バカみたいに無事を祈る事しか出来ないんです。



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