67. 日の光


「長い間お世話になりました」
「いえいえ、またお近くをお寄りの際は是非ともご贔屓下さいませ」

隊員全員への通達後、善逸さんの背中の火傷が治るまで、私達は藤の花の家紋のお家で暫くお世話になった。
やっと善逸さんの背中の傷が落ち着いたので、蝶屋敷へ戻る事となった。
長い間お世話になったので、お家の人に深々とお礼を申し上げる私。
隣の善逸さんも同じように頭を下げている。
お家の人は恐縮したまま、首を横に振ったけど、本当に長い間お世話になりすぎたのだ。
こんなお礼の言葉だけでは済まされないくらい。

「お気をつけて」
「はい、皆さんもどうかお元気で」

私達の見送りにお家の人、全員出てきてもらうのも申し訳ない。
結局最後までぺこぺこしたまま、私達は藤の花の家紋のお家を後にした。

隠の人が言っていたように、本当に善逸さんの傷は治りが遅かった。
私には隠していたつもりだろうけど、善逸さんも痛そうにしていたし。
毎日懇切丁寧に薬を塗りたくって、なんとかここまで回復した。
やはり隊服は偉大である。

藤の花の家紋の家を出てから、自然と私達は手を繋いでいた。
最近はもう何の抵抗もない。
私の歩幅に善逸さんが合わせて歩いてくれるし、時々私を見てちゃんと前を見ているか確認までしている。
まるで私は子供のようだ。

「久しぶりに皆さんに会えますね」
「そうだね。はぁ…」

蝶屋敷にいる皆さんの顔を浮かべながらそう言うと、善逸さんも同意をしたけどすぐに重いため息を零した。
まるで会いたくない、と言っているような態度に私は思わずムっとしたけど、これはそう言う意味で零れたため息ではない事を理解した。

「そんなに帰りたくないんですか?」
「帰りたくないに決まってるでしょ。何なの何なの…俺に何が待ち受けているの!?」
「……まぁまぁ」

顔面に悲壮を漂わせながら、善逸さんは悲痛な声を漏らす。
結局、休息中もこんな感じで顔面蒼白にしている事が多かった。
私は横でずっと「まぁまぁ」と言って背中を撫でる事しかしなかったけど。うざくて。

「私は、炭治郎さんに会いたいですよ。ずっと眠ってらしたんで」
「…俺も顔は見たいけどさ。はっきり他の男に会いたいって言われると複雑だわ」

取りあえず話を戻そうと零した内容に、今度は唇を尖らせてぶーたれる善逸さん。
この人、さっきは嘆いていた癖に、本当に面倒臭い人だな。
でも、それは善逸さんが他の女の子の名前を言っていたら、私も同じ気持ちになるのであまり深くは追及しない。

「禰豆子ちゃんにも会いたいんですよ。炭治郎さんの事、凄く心配そうにしていたし」

脳裏に浮かべた麻の葉模様の着物を着た彼女。
夕方に起きてきては、カナヲちゃんと一緒に炭治郎さんの横から離れなかった。
元気にしているだろうか。

「伊之助さんは…きっと元気でしょうけど。天ぷらを食べさせてあげたいですね」
「はぁ?何で伊之助にそこまでしてやる義理があるの?あんな奴どうでもいいよ」
「そんな事言わずに。伊之助さんには私、借りがあるんです」
「何の?」
「…内緒」

唇に指を当ててそう言うと、くちゃっと善逸さんの顔が歪んだ。
あ、嫌そう。凄く嫌そう。
手を握る力が強くなる。ちょっと怒ってる?


「うそ。…吉原で伊之助さんは、私を善逸さんの所まで連れて行ってくれたんですよ」


何だか可哀そうになってしまって。
あっという間にネタ晴らしをしてしまった。
善逸さんはちょっとだけ驚いた顔をして「伊之助が?」と言った。
こくりと頷いて同意すると「へぇ、あの伊之助がねぇ〜」と何だか納得していない声を上げる。



何だかんだお話をして数刻立つ頃には、見慣れた屋敷が見えてきた。
蝶屋敷が見えたら繋がれた手も離すかと思ったら、善逸さんは私の手を握ったままだった。
じっと手を見つめていたけど、むしろ余計に力を込められてしまう。
まあ、いっか。
私も握り返しておくことにした。

屋敷の門をくぐり中へと入ると、見慣れた人たちがお庭に出ている事に気付いた。
きよちゃん達とアオイさんと…あと…

そのタイミングで善逸さんがぱっと手を離してくれた。
私は思わず視界に映った人、目掛けて善逸さんを置いて駆け出してしまった。



「禰豆子ちゃんっ!!」


大慌てで禰豆子ちゃんの前に来ると、禰豆子ちゃんは愛くるしい顔でこちらを見て、
ゆっくりと微笑み、そして「おかえり」と呟いた。

いつも彼女は夕方から夜の間しか活動が出来なかった。
それなのに、こんなお日様が煌々と差している昼間に外に立っている。
おまけにいつも口に咥えていた竹も無くなって、可愛らしい声で出迎えてくれたのだ。

「禰豆子ちゃん…に、人間に…戻ったの?」

禰豆子ちゃんの手を握りながら、私は自分の目から零れる雫によって視界が歪んでいく。
ぽろぽろと零れ落ちるそれに、禰豆子ちゃんは吃驚した顔をしていたけど、また口を開いて
「い、いたい?」と私の瞳にそっと指を伸ばした。

とうとう我慢できなくなった私は、そのまま禰豆子ちゃんに抱き着き、ぎゅうっと力を込めて背中に手を回した。
横でアオイさんが小さく息を吐いたのが分かった。


炭治郎さんと、禰豆子ちゃんに幸せになって欲しかった。
禰豆子ちゃんに、元に戻って欲しかった。
日の光の下、歩いている禰豆子ちゃんを見るだけで胸が一杯になる。

「残念ながら、まだ完全に戻ったわけではないんです。ただ、太陽の光は克服され、簡単な言語を喋れるようになったんですよ」

アオイさんが私の頭を撫でてそう言う。
そう、だったんだ…。
人間に戻ったわけではないんだ。
高揚していた気持ちが引いていくけど、でもそれでも太陽の下に出てこれるようになっただけ、全然違う。


「……名前ちゃんが飛びついていくから、俺の言いたかったこと、全部吹っ飛んだじゃん」


はあ、と後ろで嬉しそうにため息を吐く善逸さん。
善逸さんだって、禰豆子ちゃんがこうなって嬉しいんでしょ。そうでしょ。
ゆっくり禰豆子ちゃんから離れて、ごしごしと袖で涙を拭う私。
禰豆子ちゃんはまだ心配そうな顔をしていたけど、私は安心させるように笑顔を見せた。

「ただいま、禰豆子ちゃん」

ぎゅっと可愛らしい手を握って、私はまた泣いていた。
今度は善逸さんがポケットからハンカチを取り出して、黙って私の目に当ててくれた。
やっぱり私、子供みたい。


―――――――――――――――


「炭治郎、さん」
「おかえり、善逸、名前」

屋敷の中へ入って、早々にお目当ての人を探し出すと、彼はベッドの上で頭に包帯を巻き、横には点滴があった。
その光景に私は驚愕してしまい、思わず大きな声を上げてしまう。

「た、炭治郎さんっ!? 何で、またケガしてるの!?」
「これは色々あって…」

はは、と笑いながら後頭部に手を当てる炭治郎さん。
善逸さんも横で呆れた顔をしている。

「今度は起きてるけど、殆どここ出た時と光景変わってないんだけど。無理すんなよ、炭治郎」
「ありがとう、善逸」

それでも心配そうに声を掛けている善逸さんを見て、私は胸があたたかくなる。
炭治郎さんの隣のベッドを見ると、見慣れない人が横に寝ていた。
独特なヘアスタイルの、ガタイの良い人。
首を傾げて彼を見ていたら、それに気付いた炭治郎さんが口を開いた。

「あぁ、名前は初めてだったっけ。不死川玄弥、俺達の同期だよ」
「不死川、さん…。初めまして、苗字名前と申します」

とことこと、不死川さんと炭治郎さんの間に入って、ぺこりと頭を下げた。
私が挨拶をすると、不死川さんは「あ、あぁ…よ、よろしく」と完全にあらぬ方向を見て答えてくれた。
どうしたんだろう?

「オイ」

私の後ろからずいっと善逸さんが顔を出す。

「言っとくけど、名前ちゃんと仲良くなったら、殺す」
「はぁっ!?」
「……馬鹿ですか善逸さん」

チッ、と舌打ちを零しつつ、物騒な事を不死川さんに言う善逸さん。
ペチンと善逸さんの手を叩き、私は不死川さんに「馬鹿ですみません」と謝っておいた。

善逸さんはまたぶーたれていたけど、今回は普通に善逸さんが悪いので、軽く睨んでおいた。



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