68. 人との繋がり


炭治郎さんは骨折をしているらしく、完治までまだ日が掛かるらしい。
どうやら、刀鍛冶の里を訪れ、そこで上弦の鬼に出くわしたとか。
よく生きて帰ってきてくれたと思わずにはいわれない。
禰豆子ちゃんもそこで日の光を克服したとのことで、病み上がりだったのに炭治郎さん達も大変だったことが良く分かる。
伊之助さんはもうすぐしたら任務から帰ってくるらしい。
やっとみんな揃う事になるので、私はとても嬉しい。

「何笑ってるの?全然笑い事じゃないんだけど?ねえ?ねえ!?」

人がのほほんとしていたら、横でやけに切羽詰まった表情で善逸さんが叫ぶ。
まあ、貴方にとってはそうでしょうね。

善逸さんが先程聞いた話によると、善逸さんが危惧していた通り、特別な特訓が始まるらしい。
いつも善逸さんたちがやっているような個人訓練ではなく。
今回は鬼殺隊全体で取り組む、想像以上に大変な特訓。
なんせ、柱指導の元の稽古だというから、善逸さんの表情も硬くなるのはよくわかる。
柱の方を一人一人訪ね、稽古をつけてもらうらしい。
大変だとは思うけど。

今の様に縁側でのんびりする事なんて、簡単には出来なくなってしまう。

「でも楽しそうですよ? 炭治郎さん達だけじゃなくて、他の鬼殺隊の方も一緒なんですし、きっと楽しいですよ」
「楽しい訳ないだろっ!! 何で?何で鬼が出なくなったんだよぉお…俺の仕事残せよ…」
「善逸さんが任務の方がいいと言うほど、ですか」

禰豆子ちゃんが日の光を克服してから、すっかり鬼が出てこなくなったらしい。
なので、新規の任務は皆無。
その間に皆で特訓出来る訳だけど、嵐の前の静けさだったら嫌だなぁ。


「オォィッ!! 伊之助様が帰ってきたぜェェ!!」


お茶を頂きながらそんな事を思っていたら、聞きなれた声が蝶屋敷の外から聞こえてきた。
伊之助さんも帰ってきたみたい。
この後の騒々しさを想像してくすりと笑みが零れる。
もれなく善逸さんは眉間に皺を寄せたけど。



塀から大ジャンプして庭へ侵入してきた猪。
彼は縁側の私達を見つけると、そのまま一直線に走ってきた。
ほら、騒々しい。

ふふ、と笑いながら「おかえりなさい、伊之助さん」と言うと私達の前で伊之助さんが急停止し、

「あぁ」と一言。
そこはただいま、だろうと突っ込みたいけど挨拶を返してくれるようになっただけ、マシか。

「お前らも帰ってたのかよ、長かったな!」
「ケガしてたから休息してたんだよ。出来る事なら帰ってきたくなかったし」

悲壮感に満ちた顔で俯く善逸さん。
それを伊之助さんが鼻で笑う。

「お前、本当に情けない奴だな」
「うるっさいよっ!」

そんな二人の様子を見ていたら、伊之助さんが何かに気付いたように私を見た。

「オイ、名前。お前、なんか拾い食いでもしたか?」
「伊之助さんじゃあるまいし、そんなことしませんけど」

不思議そうに私に顔を近づけて首を傾げる伊之助さん。
拾い食いとはなんだ拾い食いとは。
そんな事するわけないでしょ。あ、3秒ルールは適応されます。

「何か、お前…雰囲気変わったか?」
「雰囲気?」

その言葉に何故か善逸さんの身体がビクリと跳ねた。
ん?なんで?

「なんかこう、甘ったるいような…」
「人を何だと思ってるんですか。私は何も変わってませんよ。それよりも、炭治郎さんに挨拶しなくていいんですか?」
「権八郎も帰ってんのか!」

そう言ってまた慌ただしく駆けていく伊之助さん。
その後すぐにガラスの割れる音が聞こえたので、どうやら力は有り余っているよう。
しのぶさんに怒られてもしらないんだから。

伊之助さんの駆けた方を見つつ、またお茶を口に入れた。
そう言えば、伊之助さんが私の雰囲気が変わったとかなんとか言ってたけど、どういう事だろう?
善逸さんならわかるかなと思って、ちらっと横を見たら、リンゴの様に真っ赤な顔をした善逸さんが居た。

「どうしたんです?」

良く分からなくて尋ねるけど「えぇ、と…その」と何か言い辛そうだ。
唇を尖らせ、もう一度同じ事を尋ねるとやっと口を開いてくれた。
けど、最後まで聞いて私は聞くんじゃなかったと後悔する事になる。

「…あの…名前ちゃんの雰囲気が変わったんだよ、その…じいちゃんの屋敷に戻った夜、から…」
「旦那様のとこに戻った、夜…?」
「音も少し変わったし、炭治郎もなんか匂いが変わったって言ってたから…伊之助も気付いたんだと、思う」
「音?匂い?ん?」

まだ理解できていない私は首を傾げる。
しびれを切らした善逸さんは私の目を見て、そしてこう言った。



「初めて寝た日から名前ちゃんが…」



初めて、寝た日?

頭の中で善逸さんの言葉を復唱する。
そして、理解してしまった。
嘘でしょ? そんなことってある!?
ってか、この人含め、三人の前では私の変化までお見通しなのか!!
羞恥心で消えてしまいたい。

勿論、私の顔色もすぐに善逸さんと同じように赤くなってしまったのは、言うまでもない。


――――――――――――


忙しいカナヲちゃんに代わって、炭治郎さんのお世話をしていた時。
今にも死にそうな顔で善逸さんが炭治郎さんに「柱稽古」の説明をしていた。
話を聞いて、炭治郎さんは頬を赤らめ興奮していたけど、対比となる善逸さんの顔色は真っ青だ。

「最悪だよ地獄じゃん。誰なんだよ考えた奴。死んでくれよ」
「善逸さん」

窘めるように名前を呼んだけど、金髪は聞きやしない。
顔色は全く変化なし。

「自分よりも格上の人と手合わせしてもらえるって、上達の近道なんだぞ。自分んよりも強い人と対峙すると、それをグングン吸収して強くなれるんだから!」

両手をグーにして興奮冷めやらぬ顔で熱弁を振るう炭治郎さん。
それを聞いて善逸さんの表情は変化していく。
あ、まずいやつそれ。

「そんな前向きな事言うんであれば、俺とお前の仲も今日これまでだな!! お前は良いだろうよ、まだ骨折治ってねぇから、ぬくぬくぬくぬく寝とけばいいんだからよ!! 俺はもう今から行かなきゃならねぇんだぞ、わかるかこの気持ち!!」
「いたたた、ごめん、ごめん」
「善逸さん、やめなさいっ!」

炭治郎さんの頭に噛り付く善逸さんをなんとか押さえ、炭治郎さんにまるで赤べこのように私は頭を下げた。
涙目の炭治郎さんが可哀想すぎる。
善逸さんは怒りの涙を流しながら「行くよ、名前ちゃん」と部屋を出て行こうとする。
炭治郎さんに別れを告げようとしたとき、噛まれた頭を撫でた炭治郎さんが口を開いた。

「言い忘れていたけど、ありがとう」
「俺に話しかけるんじゃねぇ…!!」
「こら」

今の善逸さんに何を言ってもダメなのか。
コツン、と善逸さんの頭を軽く叩くと、しぶしぶ炭治郎さんの言葉に耳を貸す善逸さん。

「上弦の肆との戦いで片足が殆ど使えなくなった時、前に善逸が教えてくれた雷の呼吸のコツを使って鬼の頸が斬れたんだ。勿論、善逸みたいな速さでは出来なかったけど、本当にありがとう」

炭治郎さんが優しく微笑む。

「こんなふうに人と人との繋がりが窮地を救ってくれることもあるから、柱稽古で学んだ事は全部きっと、良い未来に繋がっていくと思うよ」

伊之助さんじゃないけど、私までホワホワしてしまうような言葉に胸が熱くなる。
どうやら私だけじゃなかったようで、先程まであんなに怒り狂っていた金髪は既に破顔して「馬鹿野郎お前っ、そんな事で俺の機嫌が治ると思うなよ!!」と超ご機嫌だった。

そんな善逸さんの姿を見て、それから炭治郎さんを見る私。



「炭治郎さん、私もそう思います。……先に行ってますので、治ったらまたご一緒しましょうね」


ニコリと微笑むと、炭治郎さんも同じように笑ってくれた。

「あぁ。行ってらっしゃい、善逸、名前」

炭治郎さんに手を振り、気持ち悪い顔の善逸さんを引き連れ私は蝶屋敷を出たのだった。



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