07. 猪覚醒


私が眠った少女に自分の羽織を被せている間に、炭治郎さんが眠っている人の手首に縄が掛けられている事に気付いたらしい。
炭治郎さんが禰豆子ちゃんに皆の縄を燃やすように言った。
禰豆子ちゃんの炎が縄を焼き切ったタイミングで、寝ている善逸さんの頬を軽く叩く私。

「善逸さん、起きて!」

ペチペチと叩いてみるが「むふふ」と気色悪い笑みを見せて微笑む善逸さん。
一体どんな夢を見ているんだ、と顔を引きつらせていると、善逸さんが口を開いた。

「禰豆子ちゃぁん…可愛いなぁ…」

ぷちぷちと頭の血管が切れたような気がした。
涎を垂らしたその間抜け面に私は渾身の力を込めて、平手打ちを決める。

「…がぁッ」

ぐりんと首が横を向いたけど、それでも善逸さんは起きない。
まあ、もう起きなくてもいいくらいだけど。
むしろ永遠の眠りにつかせてやりたい。


「ダメだ名前、煉獄さんも起きない!」


炭治郎さんがそう声を上げた時、炭治郎さんの脇からお下げの女の子が飛び出してきた。
お下げの女の子はさっきの少女同様、錐を構えて炭治郎さんに叫んだ。

「邪魔しないでよ!あんたたちが来た所為で、夢を見せてもらえないじゃない!!」

目を見開き、必死で叫ぶ姿に私は複雑な心境だった。
さっきの少女と同じ事を言っている。
きっと鬼に言う事を聞けば、幸せな夢を見せてやると言われたのだろう。

彼女を筆頭に炭治郎さんの真横から別の少女、少年が立ち上がる。
彼らもまた錐を手に私達を見ていた。
彼らにとって私たちは目的を邪魔する敵なんだ。

善逸さんと伊之助さんを背中にして、私は庇うように手を広げた。
まだ起きていない彼らにケガはさせない。

「何してんのよ、あんたも!起きたなら加勢しなさいよ!!」

私の斜め後ろを見ながら叫ぶお下げの少女。
目線の先には涙を流し立ち上がる少年が居た。


「結核だか何だか知らないけど、ちゃんと働かないなら、あの人に言って夢見せてもらえないようにするからね!!」


必死の形相で少年に言い放つ。
少年は何も言わず、武器も持たず、ただ私達を見ていた。
その目はとても寂しそうな眼をしていた。

結核、それは現代で完治する病気だけど、
この時代では不治の病だ。
彼らが何故夢を見せてもらいたいのか、少しだけ分かった気がした。


「ごめん、俺は戦いに行かなきゃならないから」


そう言って、瞬時に武器を構えた少年少女たちの首に、手刀を決める炭治郎さん。
倒れた子たちを私は一人一人抱き上げ、また客席へと寝かせる。
炭治郎さんが穏やかに言う。


「幸せな夢の中にいたいよね、わかるよ」


炭治郎さんも幸せな夢を見たのだろうか。
彼にとっての、幸せな夢を。


「俺も夢の中に居たかった…」


ズキンと心が痛んだ。
炭治郎さんはいつも私たちに優しいけど、彼にも辛い過去がある。
幸せな夢とは過去を思い出すような、悲しい夢だったのかもしれない。

炭治郎さんに何も言えず、私はただ黙って見つめる事しかできなかった。



立ち上がった炭治郎さんは、一人泣いていた少年に向かって声を掛けた。

「大丈夫ですか?」

彼は少しだけ口元を緩めて「ありがとう、気を付けて」と言った。
炭治郎さんは日輪刀を手に取ると、前の車両の方へ走っていく。


「名前、善逸達を起こしてくれ!」
「わかりました!炭治郎さん、どうか無事で」

こくりと頷く炭治郎さん。

少年にその辺の席で大人しくするように言って、私は再度善逸さんの方へ向き直った。
禰豆子ちゃんが炭治郎さんに言われたのか、善逸さんの切符に火をつけた。

私は出来うる限りの力で、善逸さんの肩を大きく揺すった。
その間に禰豆子ちゃんが他の人の切符を燃やしていく。


「善逸さん、起きて!鬼がいるの!!」
「うふ、ふ…」

もうこいつはダメだ。
さっさと諦めて、隣で凄い態勢をしている伊之助さんに向かう。

猪の耳の部分を引っ張って頭を剥ぎ取ると、こちらも涎を垂らした寝顔があった。
ただこちらの方が幾分美麗であるが。

善逸さんにやったように、頬を数回ぺちぺちと叩くが反応がない。
こいつら、どいつもこいつも…。

そっと伊之助さんの髪をかき分けて、伊之助さんの耳に口元を持っていく。
そして小声で囁いたのだ。



「天ぷら、食べちゃいますよー」



「はぁっ!?俺の天ぷら!!」



瞬間で起き上がる伊之助さん。
起きた先で私と目が合い、状況が把握できていないようだ。
ぽかんと口を半開きにして「天ぷらは?」と私に尋ねる。


「ありません」
「は?」
「炭治郎さんが一人で戦っています!!伊之助さんも加勢して!!」


無理やり伊之助さんの腕を引っ張って立ち上がらせる私。
そして手に持っていた猪の頭もお返しした。

「何だかわかんねェけど、鬼の気配がするぜェ」

そう言って早々に炭治郎さんが駆けて行った方へ、走り去る伊之助さん。


「禰豆子ちゃん、申し訳ないんだけど、あの金髪バカを起こしてくれない?」


私は煉獄さんを起こすから、と禰豆子ちゃんに頭を下げた。
面倒な事をお願いして、ごめんね。
私よりも禰豆子ちゃんをご所望みたいだから。

冷めきった目で眠る善逸さんを睨み、私は通路を挟んだ隣に移る事にした。


善逸さんのばーか、あーほ。



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