69. ド派手な稽古



炭治郎さんにお礼を言われた善逸さんはスキップをしそうなくらい機嫌が良くて、ブツブツと「皆俺がいないと何にも出来ないんだから」とニヤニヤしていた。
決してそんな事はないけれど、本人の為にもそう思って頂く方がこちらとしては有難い。
今から柱稽古だというのに、沈んだテンションの人間を連れて行くのは骨が折れるし。

だけどそれも長くは続かなくて、蝶屋敷の玄関で靴を履こうとした時。

「あれ、そう言えば普通に名前ちゃん、一緒に付いて来ようとしてるけど、まさか行くつもりなの?」
「え? 勿論ですけど」

不思議そうな顔で尋ねる善逸さんに、即答で返事をする私。
さっきまで機嫌が良かったのに一瞬で口がありえないくらい歪む善逸さん。
そんなに嫌か、私が行くの。

「あのねぇ、稽古だよ? その間名前ちゃん何するのよ?」
「何でもする事あるでしょう。貴方たち、霞でも食べるんですか? 土の上で寝るんですか?」
「まあ、そう言われればだけど。……本当に行くの?」
「勿論です。アポなしですけど」
「あぽ?」

フン、とわざと善逸さんから顔を逸らせて靴を履く私。
動きやすい袴も着ているし、着替えだって準備している。
善逸さんが行くところ、私も行かないと。

…お留守番なんて、寂しい、し。

ちらりと善逸さんを見つめると、私の音を聞いてくれたのかしぶしぶ口を尖らせて「わかったよ」と言った。

あきれ顔の善逸さんと手を繋いで、最初の稽古の屋敷へ向かう。

「最初は誰からなんですか?」

誰、と聞いても柱の知り合いなんて私、ほぼ皆無だけど。
しのぶさんは今回参加されないらしいから、知ってる人って…首に蛇巻いた人くらい?
でも話したことないし。

「…クソ野郎からだよ」

額に青筋をうっすら作った善逸さんが答えた。
いや、全然わかんないんですけど。
しかも柱の人に対して失礼じゃないですかね、貴方。
善逸さんがクソっていうくらいだから、イケメンであることは間違いないけど。

――――――――――――――


「何だお前、嫁まで連れてきたのか?」


そのお屋敷に着いた時、庭から出てきたその人は開口一番、善逸さんと私を見てそう言い放った。
う、う、う、宇髄さんじゃん!!
髪を下ろして、ケガした左目は眼帯をしているけれど、吉原でお世話になった宇髄さんだった。
右手には何故か竹刀を持っているけれど、どこか嬉しそうに「よく来たな」と言う姿にほっこりしてしまう。

…ん? 嫁?

「まだ嫁じゃないんですけど。アンタだって沢山嫁いる癖に、いちいち突っ込んでくんなよ」
「……まだ…」

宇髄さんの言葉に平然と答える善逸さん。
その言葉で私は心臓が高鳴ってしまった。今から稽古だというのに、何を考えているんだ私は!

「お久しぶりです、宇髄さん。お元気ですか?」
「あぁ。お前も元気そうだな、またコイツに付いてきたのか」
「あんまり話しかけないで頂きたい」
「……はぁ? お前、覚えとけよ」

気を取り直して宇髄さんにご挨拶をしていたら、善逸さんの顔がまた酷く歪んで、宇髄さんにとても失礼な事をぺらっと口にする。
この後この人に稽古をつけてもらうというのに、後先考えずに口にするバカはこの人くらいだ。

睨み合う宇髄さんと善逸さんを呆れた顔で見つめて、ため息を吐いたころ。
門の外から声が聞こえる。

「天元さまー! 早く戻ってくださぁーい! 皆待ってますよー」

以前同様大胆な恰好の須磨さんが、門の下で手を振りながらこちらへやってくる。
そして私達に気付いたかと思うと、ニコっと微笑んで「あらー! お嫁ちゃんも来てくれたの!?」と言うのだ。

…まだ、嫁ではないんです。はい。


結局睨み合う両者はそのまま、門の外へと出て行って、私は須磨さんに善逸さんの稽古が終わるまでお手伝いをさせて欲しい旨を伝えた。
まるで花が咲いたように笑う須磨さんが「本当!? とても助かるよ!」と言ってくれたので、なんとか私の仕事はありそうだ。
トコトコ須磨さんに着いていくと、山の中で飯盒しているまきをさんとおにぎりを握っている雛鶴さんが居た。
どちらも私の顔を見て快く歓迎してくれて、私はまた胸がぽかぽかと暖かく感じた。



「宇髄さんの稽古はどのような稽古なのですか?」

雛鶴さんと一緒になっておにぎりを握りながら、ふと思った事を呟いた。
それぞれの柱の所へ訪ねて、それぞれに特化した稽古をすると聞いた。
宇髄さんの所はどんな事をするんだろう?
…派手な特訓だろうか?

「ここでは基礎体力を上げる稽古をするのよ。そもそも体力の低い隊士が多すぎたの」
「なるほど、そうなんですね。善逸さんは大丈夫そうかな」
「そうね、あの子達はきっと問題ないと思うわ。…天元様とケンカしなければ」
「……そ、そうですね」

雛鶴さんの言葉に思わず、う、と言葉に詰まる私。
もうその通り過ぎて脳裏に何となくその光景が浮かんでしまう。
イケメンにとんでもない殺意を持っている善逸さんならやりかねない。
そう言う意味では大丈夫ではないな。

「猪の子はもう次に行ってしまったから、きっとあの子もすぐに終わらせてしまうわね。折角会えたのに、すぐにお別れね」
「伊之助さんはもう次に行ったんですか!? でも、私、皆さんにお会いできて良かったです。任務の時は全然お話出来なかったんで」
「そうねぇ」

私も宇髄さんの所にいる間はガールズトークを楽しむ事にしよう。
宇髄さんのお嫁さん達と楽しくお昼ご飯の準備をしていたら、あっという間に時間は過ぎて行った。


「善逸さん、大丈夫ですか?」


お昼になって、稽古をしていた隊士さんが私達の元へ駆けつけた。
その中に酷く疲弊した善逸さんを見つけたので、声を掛けたけど、今にも死にそうな目で「死んだ」と答えるだけだ。
相当絞られたんですね。稽古前に宇髄さんに火をつけるからですよ。
でも、善逸さんだけじゃなくて他の隊士さんの様子を見ても、それぞれ酷い顔色だった。
中には渡したおにぎりを食べる事なく、あらぬ方向を見て呆然とする人もいる。
想像以上にきつい稽古なんだろうか。

私は皆さんにおにぎりを渡していき、皆に行き渡ったのを確認してから、善逸さんの横に腰を下ろした。

「何でお前、女連れてんだよ」

私が善逸さんの横に座ると、周りにいた比較的元気そうな隊士さんが善逸さんを茶化すように言う。
まるで咎められているようで、私は何も言えなかったけど、何でもない顔でおにぎりを食べる善逸さんは


「うるさい。それを言うなら嫁三人もいる宇髄さんにも言えよ。あと名前ちゃんの作った飯食うなよ」


と零した。

皆に見えないように善逸さんの手が私の空いている手を握る。

あ、ちょっとこれ嬉しいかも。
…この金髪め。



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