70. 幼い柱


昼からも相変わらずの厳しい特訓に出かけた隊士の皆さん。
ちらっと覗きに行ったら、宇髄さんが木刀を振り回して「走る事もできねぇのか!!」とブチ怒りまくっていた。
上半身裸で必死の形相の隊士の方の中には、口から嘔吐物がこんにちはしている人までいる。
き、基礎…?本当に基礎的な訓練なの…?

ガクブルしながら木の陰から見て居たけれど、黒髪集団の中に金髪を見つけた。
予想外に一番泣きを見せそうな彼は一番涼しい顔をしていた。
ああ、そうか。それだけ善逸さんも強くなっているもんね。
ここ最近の戦闘でぐんぐん強くなっているし、旦那様から習った特訓も生かされていると思う。
がんばってー!と密かに応援して私はお嫁さん達の元へ戻った。


晩御飯の時間になり、昼とは違い屋敷の方へ皆さんは帰ってきた。
私も晩御飯はお嫁さん達と宇髄さんの屋敷でご用意させて頂いた。
お嫁さんが三人もいると流石、用意も早い。
たまに須磨さんがやらかすとまきをさんがほっぺにグーをお見舞いしていた。
中々楽しい台所だったので、私も飽きることなくお手伝いをする事が出来た。

流石に疲れたのか、晩御飯を見せても隊士の人の表情は皆優れない。
それだけ疲弊しているということなのかも。
善逸さんも確かに疲れた表情を見せている。

「お前ら食わねぇなら、明日から走り込み倍にするぞ」

そんな中恐ろしい一言を放った宇髄さんによって、彼らの食欲は一気に向上したけれど。




晩御飯も終わり、そろそろ寝る準備に入る。
隊士の皆さんは道場の中で雑魚寝をするらしい。
確かに人数が多いから、その方がいいけれど。
一人だけイライラした顔でこちらを見ている人がいるので、不満ではありそうだ。

「よぉ、お前、俺と寝るか?」

皆さんの布団を道場へ運んでいた時、前から歩いてきた宇髄さんが悪戯っ子のような顔でそう言った。
はは、と苦笑いをして対応しようとしたら、何処からともなく凄まじい足音がこちらへ向かってくる。
案の定額に青筋を沢山作った善逸さんが、廊下の角から顔を出していた。
ちょっと、気持ち悪い。

「…あいつ、いっつもあんな感じか」
「いつもです。耳が良いと便利ですね」

廊下の角を呆れた顔で見つめる宇髄さん。
その間もずっと殺意の籠った視線を宇髄さんに投げつける善逸さん。
案外、二人は仲が良いのではないんじゃないかと思い始めてきた。

「あんまり善逸さんをイジメないで下さいね」
「イジメ甲斐があるのがいけねぇな」

宇髄さんがふ、と口角を上げて笑った。
私まで楽しくなってしまってくすりと笑ったら、とうとう我慢できなくなったのだろう、善逸さんが頭から湯気を噴出させながらこちらまでやってきた。


「俺のいない所で、何微笑ましい空気醸し出してんの……」


宇髄さんと私を交互に見て口を痙攣させる善逸さん。
あら、これは大変だ。どうしようかな、と思っていたら宇髄さんがひょいっと善逸さんを持ち上げ、肩に担いでしまった。

「ふざけんな! おろして!」
「ハイハイ、善逸くんは野郎共と一緒におねんねの時間ですよ〜」
「嫌だぁああ!! 名前ちゃんと寝るぅううう」
「おやすみなさい」

消えていく宇髄さんと善逸さんに手を振って、私はにこやかにその場を後にした。




そんな生活を一週間ほど続けた。
ある朝、宇随さんが隊士の中から善逸さんを呼び出した。

「お前はもう終いだ。次の柱んとこに行け」
「言われなくともこんなとこ出てくわ!!」
「…お前だけ居残りするか?」

この一週間で二人の仲も縮まったようだ。
宇髄さんに言われてすぐ、私と善逸さんは出て行く準備をして、お嫁さん達と宇髄さんにお別れの挨拶をする。

「今度は遊びに来てね」

雛鶴さんが笑顔でそう言う。
コクリと頷いて、宇髄さんとお嫁さん達を見る。

「お子ちゃまの善逸くんに保護者が付き添っている事を鴉を通して連絡してある。とはいえ、良くは思われてないだろうから、しっかりやれよ」
「宇髄さん、ありがとうございます」
「はぁ!? ふざけんなよ!! 俺の保護者なの名前ちゃん!!」

腕を組んでニヤニヤ笑う宇髄さん。
そうやって善逸さんを揶揄うから…。
この後の旅路が面倒だなと思いながら、私は皆さんに「お元気で」と手を振ったのだった。



――――――――――――――



「君が女中手伝いの人?来て早々申し訳ないんだけど、あそこで伸びている人達の手当てからお願いしてもいいかな」


次の柱稽古先となる、霞柱の時透さんのお屋敷について、早々に言われたのがそれだった。
善逸さんはさっさと他の隊士の人に連行されてしまったので、後は頑張ってくれ、としか言えないけれど。
言われた事よりもまず驚いたのが、時透さんって…いくつなの!?
目の前にいる可愛いらしい顔立ちの残る男の子、きっと年齢も私より下だろう。
そんな子が柱だなんて、人は見かけによらないんだなあ、と一人胸中で驚いていた。

「ねえ、聞いてる?」
「は、はい。わかりました!」

無表情で言われると何だか圧力を感じる。
私は気を取り直して、まるで落ちている石のように動かなくなった彼らに駆け寄った。
道場の冷たい床の上だというのに、ぴくりともしない様子を見るに相当大変そうだ。
この稽古、善逸さんは大丈夫だろうか。

「ねえ、どうしたの?」

物思いにふけって固まった私の耳元で、突然声が掛かる。
あまりに近い声だったので、驚いて「ヒィ」と声を上げ振り返ると、私の真後ろに時透さんが立っていた。
音を立てないで近寄らないでほしい。
お蔭で必要以上に心臓が跳ね上がってしまった。

「い、いえ…なんでも…」
「そう」

そう言って時透さんは、くるりと踵を返し、恐怖に慄く隊士の群れの中へと消えていった。
何だろう、掴めない人だなぁ。
年も近そうだから、ここにいる間に仲良くなれたらいいな。

ちらっと私の下で伸びている隊士さんを見た。
……本当に仲良く出来るかしら…?
顔のあちらこちらが打撃によって腫れあがっている。
そのまま気絶したのだろう、可哀想に。

先行きに不安を感じながら、横に置いてあった救急箱から湿布を取り出したのだった。



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