73. 甘露寺邸


「名前、明日あたり次の柱の所に行ってもいいよ」

朝一番、皆さんの朝ご飯を用意した所。
廊下を右往左往していた時に時透さんに呼び止められ、そう言われた。
と、いう事は善逸さんはもうOKという事なんだろうか。

「あ、名前が居たいならずっと居てくれてもいいけど」
「一緒に行きますので!!」

私が時透さんに返事をする前に背後から息を切らした声が飛んでくる。
目の前の時透さんは小さく舌打ちをして、私の背後に視線をやる。
私もつられて振り返ると、そこには口の周りにご飯粒を付けた善逸さんが肩を大きく揺らせて立っていた。
大急ぎで来たの?

「名前に聞いたんだけどなぁ」

ボソっと聞こえた呟きに対して、私は苦笑いを零す。
そうは言っても、私はここに残る事は出来ない。

「…残念ですけど、時透さん。私は残りませんよ」
「分かってるよ、言ってみただけ」

はあ、とため息を零し、虫でも見るような眼で善逸さんの方を見る時透さん。
ズンズンと私達に近付いた善逸さんが「どうも!!」と大きく言ったと思ったら、私の手を掴んでまたズンズンと歩き出す。
遠くなっていく時透さんに小さく手を振ると、時透さんも手を振り返してくれた。
この数日でとても仲良くなったなぁ、何だか嬉しい。
それにしても、この金髪はどこへ連れて行く気だろう。

善逸さんの手に引っ張られながら、久しぶりに手を繋いだなぁと呑気に私は喜んでいた。



結局、その日の稽古は何だか善逸さんばかり指名されたようで、ひたすら時透さんと打ち込んでいた。
善逸さんはここに来た当初に比べると身体も動くようになってきている。
私の目には何が起きているか分からないけれど、時透さんと善逸さんの間にはいくつもの手が見える。
千手観音ってこんな感じなのかな。

二人の様子を見て、他の隊士さんの息を飲む音が聞こえた。

この柱稽古でやっぱり善逸さんは更に強くなっている。
道場の一番端でこっそり眺めている私で分かるんだから、きっと他の人にもよくわかるだろう。

「…はぁ、いいよもう。君は出来てるよ」
「何で俺だけそんな投げやり!! 出来てるなら休憩していいでしょ!?」
「それはダメ」
「何で!」
「どうせ名前の所に行くんだろ」

二人の仲良さげな声まで聞こえてくる。
なのに表情からは不穏な空気しか感じ取れない。
善逸さんの行くところ、最近ずっとケンカが起こっているだけど、彼は気付いているのかな。





「じゃあ、元気でね。名前」
「時透さんもお身体にお気をつけてお過ごし下さいね」
「…ねぇ、何で俺は無視なの?俺もいるんだけど。むしろ俺が稽古してたんだけど」


翌日の昼。宇髄さんの時と同じように、玄関で時透さんにお別れのご挨拶。
最初の頃より随分と笑みを見せてくれるようになった時透さん。
このままお別れするのは寂しいけれど、また会えるよね。
最初から最後まで時透さんに敵意を見せていた善逸さんは、見事に時透さんからスルーされていた。
今わかった、善逸さんがケンカ腰だから駄目なんだ。
次の柱の方には失礼のないようにしないと。

ちょっとした決意を秘めて、私はぺこりと時透さんに頭を下げる。
にこにこを微笑んでくれた時透さんを目に焼き付け、私達は時透邸を後にした。


――――――――――――


時透さんの所ではどれくらい居たんだっけ。
確か10日くらいかな。宇髄さんの所よりも長めに居たような気がする。
段々滞在日数が長くなっているから、どんどん稽古も大変になってくるんじゃないかな。

「善逸さん、次はどんな稽古なんですかね?」

少し疲れた顔を見せている善逸さんに話しかけると「ん? あー…そうね」と何だか適当な返事が返ってきた。
思わずムっとしたら、それに気付いた善逸さんと目が合う。

「何ですか、その反応」
「…あのねぇ、こっちは稽古と虫よけに忙しいの。ちょっとくらいぼーっとしたっていいでしょ」
「虫よけってなんです?」
「さぁ?」

善逸さんの言っている意味は分からないけど、確かに今回は大変そうだった。
まあ、善逸さんが時透さんに突っかかっていくから、そうなっている所も否めない。
疲れているとは思うから、マッサージでもできればいいんだけれど。

「次のお屋敷に着いたらマッサージをしましょうか?」
「まっさぁじ?」
「筋肉をほぐしたり、疲れている所を揉んだりするんです」

両手でワキワキと空中を掴むように善逸さんに見せる。
善逸さんの顔が一瞬で崩れ「別にいいよ…」とぽつりと呟く。
えー? 本当に気持ちいんだけどな。


そんなどうでもいい話をしていると、次のお屋敷へ到着した。
玄関に入り、「お邪魔しまーす」と声を掛けると、遠くの方からドタバタと走る可愛らしい足音が聞こえてきた。


「いらっしゃいませー!! 柱稽古の子よね? どうぞ中へ!」


そう言って出迎えてくれたのは、なんとも目立つ髪の色をした可愛らしい女の人だった。
…いや、隣の人もそこそこ目立つ頭だったな。
何が目立つって、三つ編みで編まれた先の髪の色と頭の色が全然違う。
髪の先は黄緑、頭に向かって桃色の髪色だ。

そしてそれよりも目立つのが胸。
ぱっかーんと隊服から零れているそれを見て思わず目を見開いてしまった。
ハッとなって隣の金髪を見ると、凛々しい顔をしていた。
知ってる、こう言う顔をしている時の善逸さん、良からぬ事を考えてるんだって事。

ムカついたので、そっと背中の肉を掴んでおいた。
「いでっ」と声が聞こえたけど、聞こえない振りをした。

くたばれ、金髪。



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