74. パンケーキと恋バナ


「では君はこれに着替えてきてね。貴方は宇髄さんから連絡きてた女中さんのお手伝いかしら?」

にこにこと周り人たちまで笑顔にさせてしまうような明るいテンションで、テキパキと善逸さんに何かの衣装を渡し、私はそのまま手を引かれて奥の部屋へ。
奥の部屋のドアを開けると、そこに広がったのはとっても甘い匂い。
そして目の前の光景に目を疑った。

「ぱ、パンケーキ!!」

思わず大きい声が出てしまうのは仕方がない。
テーブルに並べられていたのは、とても美味しそうなパンケーキだ。
それもテーブルの上いっぱい。
もう一度言う、テーブルいっぱいのパンケーキだ。

「パンケーキ好きなの。もうすぐ三時のおやつだから、みんなで食べようね!」

横にいるこの人は天使じゃないだろうか。
まさか大正時代にパンケーキが出てくるなんて思いもしなかった。
最後に食べた時を思い出し、思わず口の中に涎がたまってしまう。じゅるり。
一時、頑張って作ろうと奮起していた時もあったけど、そもそもの材料費が高い上に思った味にならなくてあっさり諦めた。

「素敵…ずっと食べたかったんです…」

思わず泣きそうな声になってしまう。
うんうん、と横で頷く女の人は「是非どうぞ!」とまた可愛らしく笑った。

「貴方のお名前は?私は、甘露寺蜜璃っていうの!」
「私は、苗字名前と申します。一緒に来た金髪の人の保護者です」

パンケーキに見とれていた視線を慌てて甘露寺さんに戻して、自己紹介をする。
私の言葉の後に首を傾げて「保護者?」と呟いていたけど、そのままの意味です。

「名前ちゃん、短い間だけどよろしくね!」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」

ここは本当に天国かもしれない、と私はウキウキしていた。
道場の有様を見るまでは…。

名残惜しいがパンケーキ達とお別れを告げ、私達は道場へ。
其処へ通された時、隊士の皆さんが一列に壁沿いに並んでいた。
最後尾には善逸さんもいる。

が、それらを視界に入れる前に驚いたのは彼らの衣装である。

「レオタード…」

レオタードであっているのかわからないけど…。
だってそんなものに触れた事もないし、実際に着ている人を見るのも初めてだ。
何が悲しくて男の人の生足を見なけばならないんだろう。
すっと最後尾の金髪に目を向けると、視線だけで何を考えているか分かった。
「こっちを見るな」と眼光が訴えかけている。

せめてものの慈悲で視線だけは逸らしてあげよう。

「うちでは柔軟の稽古をするの!名前ちゃんも参加する?」
「い、いえ…止めておきます」

クスっと笑う甘露寺さん。
申し訳無いけれど、彼らと同じ衣装を着る気にはなれなかった。
南無…。
そっと心の中で彼らに手を合せた。

皆さんが稽古をしている間、おやつのじかんに皆で食べるパンケーキの準備に参加する私。
懐かしい匂いに心を打たれつつ、淡々と準備を進める。
なんとこのパンケーキ、焼いておわりかと思ったらこの上に巣蜜&蜂蜜&バターという、カロリーの化け物みたいな
絶対美味しい組み合わせで食べるのだとか。
もしかして、ここにいたら毎日食べられる…?
じゅるり、とまた口から零れ落ちそうになるのを必死で堪えたけど、邪な感情が一瞬頭を過った。

最高過ぎる、出来る事ならここに居たいけど、一か月後にはシルエットが変わってしまいそうだ。
泣く泣く諦める事にした。


――――――――――――――


稽古が終わり、晩御飯を食べた後。
何だか気疲れを起こしたような顔の善逸さんの肩をそっとコンコンとぐーでマッサージ。
衣装で絶望した顔になっていたけれど、稽古中は割と笑顔だったんです、この人。
だって甘露寺さんが相手してましたからね!!
思わず肩を叩く力が強くなる。

「痛い、名前ちゃん」
「あ、ごめんなさい」

はぁああ、と大きなため息を吐いて首を落とす善逸さん。
まあ、笑ってられたのはそこまでで、それ以後はまた絶望という名の表情で死にそうになっていたけれど。
甘露寺さんは見た目あんな華奢で可愛らしいけれど、とっても力持ちだとか。
善逸さんの足が甘露寺さんの手によってあらぬ方向へ伸ばされた時は、私も思わず視線を逸らしてしまった。

そのお陰で、嫌そうにしていたマッサージを受けてくれる事になったんだけど。

「あら、私もお邪魔してもいいかしら!?」

縁側でコンコンと相変わらずマッサージを続けていたら、後ろからお声がかかる。
この可愛らしい声は甘露寺さんだ。
善逸さんと私の横にちょこんと腰を下ろす甘露寺さん。
私は見逃さなかった、善逸さんの頬が緩んだことを。

「善逸さん…?」
「……」

優しく声を掛けると、何かを察してくれたらしい善逸さんが、またショボンと頭を落とした。
不思議そうな顔で甘露寺さんはそれを見ている。

「まるで恋人みたいに仲がいいのね!」

くすりと笑う甘露寺さんの言葉にドキンとする。
何て言おうか迷っている間に善逸さんが口を開いた。


「みたい、じゃなくて恋人ですよ」


その声が想像以上に優しくて、後ろにいる私はどんな顔をして善逸さんの顔を見ればいいのか分からない。
何だか顔に熱も籠り始めたみたい。

「キャァー!! そうなの!?そうなのね!!いやだ、私ったら!うふふ!とっても素敵ねぇ!!」

善逸さんの言葉で甘露寺さんの顔が赤く染まる。
そして、両頬に手を置いて「きゃー!」と可愛らしく鳴いていた。
可愛いけれど、可愛いけれど…!
そんなに言われるとより恥ずかしくなります…。

「私も二人みたいに素敵な恋人になれたらいいのに」

ポツリと零された発言に私は胸がほっこりする。
柱の人って、どこか人と一線を引いているんだと思っていたけれど、何てことはない。
パンケーキが好きなただの女の子なんだ。

「気になる殿方がいらっしゃるんですか?」

そう尋ねてみると、甘露寺さんの表情が一瞬固まって、それから湯を沸かしたように真っ赤に染まる。
あ、湯が沸いた。

「そそそ!そんな!!いいい、いないわ!」

ブンブンと手を左右に振り否定する甘露寺さん。
否定した所で、私と善逸さんの考えている事は同じだろう。

「甘露寺さんみたいに可愛らしい彼女なら、どんな殿方だって嬉しい筈ですよ」

ふふ、と微笑んでそう言うと、ぴたりと甘露寺さんの手が止まる。
そして、上目遣いで「そ、そうかしら…」と尋ねる様なんて、私が男だったら一瞬で撃ち抜かれていた。

「えへへ〜…」

ここにも一人、撃ち抜かれた奴がいた。
首の後ろの皮を爪を立てて摘まむ私。
それ以後善逸さんは余計な事は言わなくなった。



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