75. 蛇と恋バナ


案内された稽古場の悲惨さに思わず絶句した。

「な、何故ここにいる隊士の皆さんは磔にされているのですか…?」
「…そこの金髪がヘマをすればこうなる」
「ヒィッ」

蛇柱、伊黒さんは鋭い視線を隣の金髪に向けて、恐ろしい一言を放つ。
そしてそれを聞いた善逸さんが小さく悲鳴を上げた。


甘露寺さんの所で暫く稽古を続けていると、なんとか合格ラインを超えたらしい、私達は蛇柱の伊黒さんのお屋敷に行くことになった。
もうあの美味しいパンケーキを食べられないのと、甘露寺さんと恋愛の話が出来ないのは凄く心苦しいけれど、仕方ない。
甘露寺さんに丁重にお礼を言って、午前中に甘露寺さんのお屋敷を出た。
また善逸さんとあーでもないこーでもないと平和な会話をして、やっと到着した。

伊黒さんのお屋敷に着き、その風貌を見た時。
どこかで見た事あるなと思いながら、伊黒さんの首に鎮座している蛇くんを見た。
えーっと…あ、そうだ。吉原で宇髄さんとお話していた人だ。
口元部分を包帯で隠していて、左右の目の色が違う。
オッドアイ?この人も目立つなぁ。
ふと甘露寺さんや宇髄さんが目に浮かぶ。
柱の人ってみんな目立つ人多いよね。あ、そうだ善逸さんもだ。

到着して早々、何故か機嫌の悪い伊黒さんがそのまま稽古場へ案内してくれたのだが、稽古場の扉を開けた瞬間目に入ったのは、あちらこちらに立てられた丸太に縄で磔にされた沢山の隊士の皆さんの姿だった。
思わず口元に手を当てて、あまりの惨状に言葉を失う。
やっと絞り出た言葉が冒頭のそれである。

伊黒さんの首の蛇くんが、チロチロと舌を出してこちらを見ている。
少し可愛らしいけれど、鬼と化した伊黒さんの首にいるだけで不穏なオーラが出ている。

どうやら、この人達の間を縫って伊黒さんと打ち込み稽古をするらしい。
私はケガした隊士さんの手当て要員として稽古場の隅にいたけれど、もう周囲からくぐもった泣き声が聞こえてくるので居た堪れない。
お互い持っているのは木刀だけど、勿論木刀がかすりでもすれば磔にされている方々は悲惨だ。
凄まじい緊張の中、稽古が始まる。

善逸さんが隊士さんを飛び越え、伊黒さんに攻撃を仕掛ける。
が、それよりも早く伊黒さんが脇から攻撃を飛ばしていた。
私の目には何が起こってそうなっているか分からないけど、気が付いたら善逸さんが「ヒィイッッ!!」と悲鳴を上げて吹っ飛んでいた。

吹っ飛ばされた先にいた隊士さんに見事衝突し、もう一つの悲鳴が聞こえた時点で私の出番だ。
可哀想だ、本当に。
そろそろと邪魔にならないように気絶した隊士さんに近寄り、救急箱から湿布を取り出して貼り付ける、簡単なお仕事。
ふう、と思わず息を吐いてまた隅っこの方へ戻ろうとしたところ。

「ギャァアッ!!」

汚ったない悲鳴と共に善逸さんが吹っ飛んできた。
私に。

善逸さんがこちらへ飛んでくるのをスローモーションのように眺めていた。
あ、やばい。逃げないと…。
とは言え咄嗟の事で身体が動かない。
ぶつかる…!
ぎゅっと瞼を閉じた。

途端、ふわっと身体が宙に浮いたような感覚になったとほぼ同時に「痛ってぇぇええ!!」という善逸さんの声と隊士さんに衝突した音がその場に響いた。

恐る恐る目を開けると、目の前には伊黒さんの顔と、蛇くん。
思わずギョッとして目を見開いた。
ふわっとした感覚は、私が抱き上げられていたからだった。

「死にたいのか。さっさと邪魔にならない所へ避けろ」
「す、すみません…」

適当な場所で地面に下ろされ、私はすごすごと元の隅っこへ舞い戻る。
元居た位置に座り直すと、顔の半分が腫れた何とも言えない顔の善逸さんと目が合った。
歯ぎしりしてこちらを見ているので、まだ余裕はありそうだ。

すぐに伊黒さんに「どこを見てる」とまたしばかれていた。

―――――――――――――

「甘露寺の所で何の話をしていた、言え」
「…甘露寺さん、ですか?」

善逸さんが伸びてしまったので、途中に休憩が挟まれる。
しゅ〜と口から魂が半分出ている善逸さんの頭を膝にのせ、私は冷たい手拭をそっと腫れた顔に押し当てた。
伊黒さんは「弱い、鈍い」とブツブツ文句言っていたけれど、休憩を挟んでくれるあたり、良い人そうだ。

そんな伊黒さんが眉間に皺を寄せ、切り出した話題は甘露寺さんの事だった。
一瞬なんの事かと瞼を数回瞬きして「へ?」と尋ねると同じ質問を二回言われた。

「特段珍しいお話はしておりませんよ?」
「いい、その内容を話せ」
「えっ…」

伊黒さんの言い分に若干引きつつ、私は蛇くんを見た。
相変わらず長い舌が顔を出していた。愛くるしい。

「えーっと…甘露寺さんのプライバシーに関わりますので、なんとも」
「ぷら…? いいからさっさと言え。言いにくいなら何の話題かだけでもいい」
「…恋愛とか」
「恋愛、だと…?」

何だろう、私不味い事を言ったのだろうか。
最後の一言を言った途端、ブオンと周りの空気が急に重苦しいものに変わった。
不穏な空気を感じて、私は善逸さんの頭の上に置いていた手でお腹をバンバン叩く。
起きて善逸さん! 早く起きて! じゃないと私、死んじゃう!!

「恋愛とはどういうことだ…? 甘露寺に気になる奴がいるのか?」
「い、いえそこまでは存じ上げませんが…甘露寺さんは可愛らしい方ですから、良い人も見つかり…そ、う…」

私の台詞が尻ぼみしているのは伊黒さんの表情が更に険しくなったからだ。
あ、なるほど。そういうことか。
これはやらかした。


「い、伊黒さん…もしかして…好きなんですか?かんろ、」
「好きってなんだよォオオ!!」


途端、カッと目を見開いた善逸さんが勢いよく飛び起き、その頭が私の顎にヒットする。
あまりの痛さに顎を押さえてプルプル震えていたら、唾を飛ばして善逸さんが私の肩を掴んだ。

「す、好きって好き!?どど、どういうこと!ねえ、どういうことなの!!」
「……善逸さん、あなたは大きな勘違いをしています。それから、まずは私に何か言う事は?」

顎を指で指しながら、私は善逸さんの鼻先に顔を近づけ、出来うる限り鋭い目で睨みつける。
やっと状況に気付いた善逸さんが小声で「すみません」と零したのは一寸置いてから。


「何をしているんだ、お前ら」


呆れた伊黒さんの声で我に返る善逸さん。
そして今度は伊黒さんに向かって「さっきよくも名前ちゃんを抱いたなああッッ!!」と叫びあげる。
語弊がある、語弊がある。
その言い方、語弊がある。

「五月蠅い金髪。お前が太刀筋をしっかり見ていないのが悪い」
「だとしてもぉお!!お姫様抱っこする意味はなかったんじゃ無かろうかアアア!!」
「善逸さん、いい加減にして下さい。今日のご飯抜きにしますよ」

私の言葉で善逸さんは大人しくなった。
はあ、面倒臭い人。

私と同じように伊黒さんも息を吐いていた。

「あ、」

思い出したように私は口を開く。

「きっと伊黒さんならお似合いですよ」

意味が通じてくれるか分からないけど、にっこり笑ってそう言った。
ポカン顔の伊黒さんはすぐに「…いや」と言って顔を逸らしてしまったけど。



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