79.手紙


「つーかさ、まだ山奥なの!?岩柱の家、馬鹿じゃないの!?」
「結構歩きましたね…」
「もうそろそろじゃないかな?」

不死川さんのお家を出てから、私たちは山へ入った。
山道は今まで歩いた山の中でも、比較的歩きやすい方だったけれど、何せ山道。
傾斜と舗装されていない道を歩くのが、地味につらい。
トロイ私達を置いて、玄弥さんには先に行ってもらったけれど(遅い原因はほぼ私)、かれこれ何時間も山道を歩いている。
善逸さんがブツブツ言うのも分かるというものだ。

「あ、水の音がする」

そう言って善逸さんは、前の方に視線を向けた。
まだ前方には木が生い茂っているようにしか見えないけれど、この先に川があるらしい。
数分そのまま歩いてみると、確かに川と滝が見えてきた。

「滝だ!人がいる…!」

炭治郎さんが声を上げる。
本当だ、よく見ると滝の真下に人が何人か並んで座っていた。
近づくと何かを唱えている様子までわかった。
問題はその表情だ。

皆、一様に青白い顔をして、身体中に血管を浮き上がらせた状態で歯をガチガチ鳴らしている。
そして、その隙間からお経が聞こえてくる。
はっきり言って夜中にこれを見たら、漏らしてしまう自信さえある。

「う、うわぁ…」

善逸さんなのか私なのか。
それともどちらもなのか、同じような感想を口走っていた。
滝に打たれている人を端から眺めていると、見慣れた被り物が見えた。

「い、伊之助さん…!」

いつもの猪の被り物を被ったまま、滝に打たれる伊之助さんの姿があった。
何故被ったままなのか、という疑問は置いといて、あの伊之助さんまで、全身真っ白になりガチガチと震えていた。
これは、相当過酷な稽古なんじゃないかな…。
明らかに両サイドの2人から生気が失われていくのが分かった。

「心頭滅却すれば…火もまた涼し」

背後から聞こえた声に、3人で振り返る。
振り返った先には、燃え盛る土の上を裸足で、それから肩の上に人よりも大きい丸太と岩を乗せた大男が居た。
涼しくない!絶対に涼しくない!!
サーと善逸さんの顔から血の気が引いていく。

「ようこそ、我が修行場へ」

そのままの体勢で穏やかに言う姿を見て、私はその人が岩柱の悲鳴嶼さんであることを知った。

ーーーーーーーーーー


悲鳴嶼さんの稽古は、昔の漫画でありそうなベタな修行だった。
ただ、規模が段違いなだけで。
まず滝に打たれ、それに慣れれば自分の胴よりも太い丸太を三本背負う。
もう一度言う、自分の胴よりも太い丸太を三本背負う。
そして、最後に自分の体よりも倍以上大きい岩を押して、隣町へ行く。
…自分の体よりも倍以上大きい岩を押して…。

ある種何も考えずに出来る修行といっても過言ではない。
今までの修行の中で1番、キツいはずだ。
あの不死川さんのとこよりも。

私は悲鳴嶼さんのお家で皆さんのお昼の準備をする事になった。
私の他には誰も女中がいないので、大変と言えば大変だけれど、隊士の皆さんが手伝ってくれるので、そこまて負担はない。
せっせと準備を進めていると、たまに金髪の悲鳴が聞こえてくる。
頑張って、善逸さん。

休憩の時間に皆さんが川で魚を取ってくれたので、それらに串を通していく。
炭治郎さんが火の準備をしてくれた。
ちなみに、その間善逸さんはというと、何故か岩に張り付いていた。

「みなさーん、お昼の用意が出来ましたよー」

川に向かって声をかけると、ガクガクと震えた隊士の皆さんがようやく陸へと上がってきた。
この川、信じられないくらい冷たいから皆大変だなぁ…。
早くあったまって貰おうと炭治郎さんが用意してくれた焚き火の前を開けて、1人ずつに手ぬぐいを渡していく。
最後にやって来た善逸さんに手渡そうとしたら、無言で手を広げて近づいてきた。
…は?

「なんですか?」
「抱きしめて」
「しません」

震える金髪の要望をピシャリと断って、頭に手ぬぐいを被せた。
少しの間、ずっとグズグズ言っていた、うるさい。

「伊之助さん、お久しぶりですね」
「あぁ。飯くれ」
「……」

久しぶりに会ったというのに、まともに挨拶が出来ないんだろうか?
誰よりも先に焚き火の前に鎮座し、魚を焼いてくれる炭治郎さんに、手を突き出しながらそう言う伊之助さん。

まあ、いつも通りで安心はするけれど。

他の皆さんにも焼きあがった魚を渡して、横で私はおにぎりを作っていく。
きっと凄い汗をかくよね。うんと塩きかせておこう。

1人の隊士の人におにぎりを渡すと、とても嬉しそうに「ありがとう」と言って貰えた。
わたしもつられて、にこにこと微笑む。

「女の子が1人いるだけで、全然違うよ。本当にありがとう」
「私はただの女中ですので、何でも言って下さいね」

そう言って隣の人にもおにぎりを渡していく。
焚き火の前では善逸さんたちが、難しい顔をして話し込んでいた。
久しぶりに3人揃ったのだから、きっと話すこと沢山あるだろう。
私は皆さんの邪魔にならないように、淡々とおにぎりを準備していった。


そんな日が何日も続いた。
善逸さんは相変わらずブツブツ文句を言いながらも、稽古に励んでいるし、伊之助さんはどんぐりを見つけたとか言って私には手の平いっぱいのどんぐりをくれた。
どんぐりで喜ぶ歳ではないけれど、初めての伊之助さんからの贈り物に素直に嬉しかった。
炭治郎さんの炊くご飯の味は、長いこと女中をしてきた私より断然美味しい。
あとで炊き方を教えてもらおう。



その日、私は皆さんが稽古に出ていった後の屋敷の掃除をしていた。
口に布を当てて縁側に出ると、空は灰色に染まっていた。

「さっきまで晴れていたのに…」

曇り空のじめっとした空気を感じつつ、私はハタキを振った。


数刻経った。
ちゅん、と聞き覚えのある可愛らしい鳴き声につられ、縁側へと出た。

「チュン太郎ちゃん」

可愛らしい1羽の雀。
善逸さんの鎹鴉のチュン太郎ちゃんだった。
稽古中はあまり見かけなかったけれど、戻ってきたんだね。
くちばしに結ばれた手紙を持っている。
それを持って私の肩に飛び乗ると、手のひらに手紙を落としてまた空へと飛んでいってしまった。

私宛?
いつもは善逸さんにしか手紙なんてこないのに。
珍しいなぁと思いながら手紙をするすると解いていく。
そして、私はそれを読んだ。

読み終わったあと、私はハタキを放り投げ、裸足のまま外へ駆け出した。



ーーーーーーーーーー


手紙は私と善逸さん宛だった。
恐らく既に善逸さんは目を通している、その後でチュン太郎ちゃんが私に持ってきたのだ。

足の裏がその辺に転がる石で傷ついたのがわかったけれど、全く痛くない。
それよりも、一刻も早く、善逸さんの元に行かないと。
草木に足を取られ、躓く。
だけどすぐに立ち上がる。
服に付いた土も落とさない。

「…やだ…やだよ…」

溢れそうな気持ちを必死に抑え、私は走った。
善逸さんの顔を見れば、これがきっと、夢だとわかるのだと信じて。



「善逸さんっ!」



やっと見つけた善逸さんは、岩に背中を預けて座っていた。
ゆっくり善逸さんの顔がこちらを向き、ゆらりと視線が私を捉える。
表情からは何を考えているか分からない。

「名前ちゃん」

感情のない声だった。
私は手に握りしめたままの手紙を強く握った。

「…ドロドロだよ」

私の服を見て言ったのだろう。
でも私はそれを無視して善逸さんに駆け寄った。

「…うそ」

泣きも、喚きもしない。
今まで見た中で1番感情がない顔。
その顔の前に座り込み、私はボソリと呟いた。

「うそ、でしょう?」

もう限界だった。
堪えていた感情は爆発するように溢れ出す。
私の涙を見ても善逸さんは冷静に、残酷な一言を零した。


「ホントだよ」


堪え切れずに私は善逸さんの胸に飛び込んだ。

貴方には、うそだと言って欲しかった。



< >

<トップページへ>