83. 約束


「宇髄さん、善逸さんはどこですか?」

驚き固まった宇髄さんに追撃で同じ事を言う。
宇髄さんははっとなって、はあ、と小さくため息を吐いた。

「…起きたか。善逸の居場所なんて、お前が一番よく分かってんじゃねぇか」
「やっぱり。それを確認したかっただけです」

キョロキョロと辺りを見回し、自分がどこに居るのか確認した。
うん、知らない場所。
稽古で過ごさせてもらった屋敷ではないみたい。
私の様子を見て、宇髄さんが呟いた。

「ここはお館様のお屋敷だ。隣の部屋には竈門の妹もいる。俺たちはお館様の警護だ」
「お館様…? 禰豆子ちゃんも…?」

一遍に入る情報を頭の中で整理する。
確か最後に記憶している事は、お館様のお屋敷が無惨によって襲撃された、と鴉達が伝令していたはず。
そして恐らく隊士の皆さん全員がお屋敷へ駆けつけたのだろう。
でも、ここはとても襲撃されたような雰囲気もない。
そしてよく見ると、宇髄さんの横にもう一人ちょこんと縁側に腰を下ろしている人が一人。
顔を見て何方の血筋の方か、一瞬で理解はしたけれども。

「煉獄さんの…」

そう言うとその人はコクリと頷き「杏寿郎の父だ」と教えてくれた。

「お館様は無事だったのですか?」
「…いや、」

宇髄さんに顔を戻してそう尋ねると、苦々しく顔を歪める宇髄さん。
なんとなく、その表情だけで何が起こったか理解した。

「…まだ若い。それでも父上のように冷静に指揮を執ってくださっている」
「……」

その言葉がどういう意味なのか理解できない私ではない。
ぎゅっと掌を力強く握った。
宇髄さんたち以外に人がいない所を見ると、まだ戦闘中なのだろう。

「禰豆子ちゃんは…炭治郎さんと一緒に行かなかったのですか?」

禰豆子ちゃんは戦える子だ。
それにお互い離れる事も嫌だったはずだ。なのに、ここにいる、というのはどういうことなんだろう。

「禰豆子は、人間に戻す薬を与えられて眠っている」
「人間に…!?」

そう言えば、しのぶさんと珠世さんで共同研究をされると炭治郎さんから聞いていた。
人間に戻す薬が、出来たの?

「じゃあ、禰豆子ちゃんも人間に戻ったんですね?」
「まだわからない。苦しんではいる」
「…そう、ですか」

禰豆子ちゃんがいる、という部屋の障子を見つめながら何とも言えない気持ちになる。
早く、人間に戻れるといいのに。
もうすぐなのに。

「大体理解できました。教えてくれてありがとうございます」
「おい、待てどこに行こうとしてんだ、お前」

縁側から足を下ろして土の上に降り立った。
ありがたい事に、部屋に靴をそのまま置いてくださってたので、それも忘れずに。
私の行動を見て宇髄さんが声を上げる。
勿論、良くは思われていないのは承知だ。

「善逸さんはまだ戻らないんでしょう?なら、私は行かないと」
「ふざけんじゃねぇ。善逸の思いを無視する気か?」
「そんなのクソ食らえです。先に善逸さんが私の気持ちを無視したんですから、お互い様です」
「…派手な嫁だぜ」

呆れた声を上げる宇髄さん。
だけど、やっぱり私を行かしてはくれないようで、私を行かせまいと同じように縁側から降り立った。
私の身体より大きい身体が目の前に立つ。

「俺は約束は守る男だ。あいつが居ない間はお前を見ておかなきゃならねぇ」
「私だって約束があるのです。絶対善逸さんの傍にいるっていう」

どんなに言われてもそれは無理だ。
自分の首にかけられたネックレスに視線を落として、私は声を上げる。
二人で睨み合いが続く。
その時、お屋敷から声が聞こえた。


「胡蝶しのぶ、死亡っ…上弦の鬼との戦闘により、死亡」


若い男の子の声だった。
その言葉を聞き、私は血の気が引いていく。
しのぶ、さん…?

脳裏に浮かぶしのぶさんの顔。
善逸さんたちに稽古を指導する姿。
仲良く一緒にお茶をした姿。
それから、私に刀をくれた、しのぶさん。



反射的に嘘だ、と脳が訴えている。
でも、嘘でないことなんて分かってる、分かりたくない。
嫌だ、嫌…しのぶさん…!
瞳からポロポロと零れ落ちる涙。

「し、しのぶさん…っ…!」

宇髄さんの手が伸びて
私の雫を一滴掬う。
宇髄さんの表情は変わらない。でも、分かる。
きっとこの人も泣いている。
見えないだけで。

きっとみんな、相当危険な場所にいるに違いない。
…善逸さん。

「ぜ、善逸さんは!?」

宇髄さんに尋ねると宇髄さんの口が小さく動いた。


「上弦の陸と戦闘中だ」


上弦の、陸。
ギリ、と奥歯を噛む。
私は踵を返して、屋敷とは反対の方向へ走り出そうとした。
すぐに宇髄さんによって、止められてしまった。

「…柱でさえ死ぬ。行かせられる訳ねぇだろ」
「宇髄さんは、あの時、何故お嫁さん達を助けに行ったんですか?」
「はっ?」
「大切だから、助けに行ったんでしょう?」
「……」
「私も、大切な人を助けるために戻ってきたんです」

すう、と宇髄さんが息を吸う。

「足でまといだ」
「知ってます」
「それで善逸が死ぬ事があったらどうすんだ」
「死にません」

私は、知っている。
でもそれが確実とは言えない。
現代には鬼がいない。
その未来が変わってしまうかもしれない。

たとえ確証が無くたって、じっと待っていることなんで出来ない。


「私は私の、やるべき事をするんです」


宇髄さんの目を見て、着物の裾を掴み私は縋り付くように声を上げた。
ぐ、と眉間に皺を寄せ、暫く私達は黙っていた。

そのうち、宇髄さんの顔がふっと柔らかくなって

「夫婦で同じ事を言うんじゃねえよ」

と笑った。



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