93. ほらやっぱり貴方は


「お兄ちゃん…?」

禰豆子ちゃんの声を最後に、炭治郎さんはそのままふらりとその場に倒れてしまう。
慌てて禰豆子ちゃんが抱き留め、優しく土の上に寝かせる。
何が、起こったの?
カナヲちゃんが倒れて、それから炭治郎さんが。

私はハっとなって、炭治郎さんの隣に倒れるカナヲちゃんの元へ走る。
今度は善逸さんは止めはしなかった。
善逸さんも一緒になって走る。

「炭治郎っ!!」

善逸さんが炭治郎さんの元へ駆けつけ、私はカナヲちゃんの傷口を押さえる。
カナヲちゃんが一瞬痛みで表情を歪めた。
が、すぐにその目は横たわる炭治郎さんへ向けられる。

「炭治郎、がんば、て」

酷いケガをしているのに、炭治郎さんの事を想うカナヲちゃんの姿に涙が止まらなかった。
涙を流したまま、私はカナヲちゃんの傷の手当てをしていく。
鬼の手から身体を守ってくれる隊服は、ボロボロで意味をなしていなかった。
私は自分の短刀で傷付近の隊服に刃を入れていく。
傷口は想像以上に広範囲に及んでいた。
けれど骨や内臓にまでは傷が入っていないようで安心だ。

「カナヲちゃん」
「ごめんね、名前ちゃん」

炭治郎さんの方を向いたまま、カナヲちゃんが苦しそうに呟く。
私は傷口を自分の着物で拭いながら、うん、うん、と頷くしかない。
カナヲちゃんが何をしたのかは分からない。でも、炭治郎さんを助けるために無茶をしたことだけは分かる。
その証拠にカナヲちゃんはずっと心配そうな顔で炭治郎さんを見ている。

「カナヲちゃ、」
「お兄ちゃん!!」

私の声は禰豆子ちゃんの悲鳴のような声で掻き消された。
カナヲちゃんの目が最大限に見開いたのが分かった。
私も視線の先へ目を向けた。

炭治郎さんを囲むように沢山の隠の人、そして兄弟子さんや伊之助さん、善逸さん。
みんなが涙を流して炭治郎さんを見ている。
嫌な予感が頭を過った時、私の耳にも微かに声が届いた。


「ごめん……怪我、大丈夫、か」


紛れもない炭治郎さんの、優しい声だった。

瞬間周りの人たちがワアっと立ち上がり、喜び、泣き喚く。
心に穏やかなな空気が流れ込んだ。
カナヲちゃんが居なければその場に蹲ってしまうくらい、今までの緊張が、力が、抜けた気がした。
涙は相変わらず止まらなかったけど、これはさっきまでの涙とは違う。

「炭治郎さん、元に」

戻った。
太陽を克服し、無惨よりも凶悪な鬼と化していた炭治郎さんが。
いつもの、優しい炭治郎さんに。
私は両手で顔を覆い、そのまま泣きつくす。
カナヲちゃんが私を見て「ふふ」と笑ってくれた。

「ごめんね、カナヲちゃん。もう、もう少ししたら、炭治郎さんの所へ連れて行くから、ね」
「……ありがとう」

泣いてどうしようもない私を優しく笑ってくれるカナヲちゃん。
情けなくてごめんなさい。
やっと、やっと。

全部、終わった。


カナヲちゃんを見つめる炭治郎さん。
炭治郎さんを見つめるカナヲちゃん。

二人を見て私はまた情けなく泣いた。


◇◇◇


炭治郎さんが意識を取り戻した後。
その場に居た善逸さん、伊之助さん、カナヲちゃん、兄弟子さんはそのまま気を失ってしまった。
当たり前だ。
この一晩の間に彼らは休むことなく、今の今まで緊張状態が続き、多くの血を失ってもなお立っていた。
まるで電池が切れたように4人が倒れて、今度は他のメンツが皆悲鳴を上げる。

慌てて担架に乗せられて運ばれる人たちを見て、私はそっと善逸さんに近寄っていく。
善逸さんは情けない顔で眠っていた。
どこか安心するような、そんな表情で。
その頬にそっと口付けを落として、目を細める。

「イチャつくのは目が覚めてからにしろ」
「ご、後藤さんっ!」

腕を組んで立つ後藤さんとバッチリ目が合ってしまった。
人に見られていた事で私は思わず恥ずかしくなり、そのまま消え去りたい気持ちで一杯だ。
きっと顔もりんごみたいに赤くなっている事だろう。
そんな私を後藤さんがポン、と頭を撫でる。

「後で精いっぱいイチャつけばいい。もう、悪い事は起きないから」
「そう…ですね」

くすりと笑う私達の横を、担架に乗せられた皆が通り過ぎていく。
最後に善逸さんも運ばれて行き、私もその後ろを付いて行こうとした。
ふと視界に映った建物の窓に見慣れた人を見つけ、私はくるりと方向転換。
自然と足は建物の中へ向いていた。


「愈史郎さん、ですか?」


陽の光に当たらないよう、窓から少し離れた所にその人は居た。
何故か隊服を着てその床に腰を下ろし、胸に握る藤の色の簪。
それをちらりと見つめながら、私はその人に近付いた。

「誰だ」

愈史郎さんは、こちらを一瞥して冷たく呟く。
普通なら、そんな言い方をされれば怯んでしまいそうな。
でも私はいつの間にか口元が緩んでいたらしい。
愈史郎さんの視線が不審者を見る目つきへと変貌する。


「貴方にとっては初めまして、でしょうか。苗字名前と申します」
「はっ?」


意味が分からない、と言った顔でこちらを見る愈史郎さん。
私はどこかその表情に安心してしまって、すたすたと愈史郎さんに近寄り、簪を握る手をそっと取った。

「善逸さんを助けてくださいました、よね」
「ぜん…? あぁ、あの金髪か」
「是非、お礼を言わせてください。有難う御座います」
「礼など別に」
「それと、私も…愈史郎さんに助けて頂きました」

愈史郎さんは怪訝そうに眉を顰める。
別にいい。私はただ“貴方”にお礼を言いたかった。
そしてこの先も、この恩は返していくつもりだ。

とてもじゃないけど、一回のお礼ぐらいで返せる恩ではないのだから。


「ほら、やっぱり貴方は良い人だった」


私の言った意味がさっぱり分からないと、頭に疑問符を並べる愈史郎さんの姿はとても面白かった。



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