あなたといると疲れます


「オイ、あいつの事、ちゃんと見といたほうがいいぜ」


鍛錬の途中、珍しく伊之助がまともな事を喋ったと思ったら、多分名前ちゃんの事を言っているんだろう。
伊之助が俺に忠告するなんてそうそうある事ではないけれど、コイツが口にするのは名前ちゃんの事くらいしか思い当たる節がない。
苦々しい顔をして俺は「どういう意味だよ」と尋ねる。

俺としては伊之助の口から、名前ちゃんの事を言われるだけでムカムカするんだけどさ。


「名前の周りにウロウロしてるクソがいるだろーが」
「クソ…?またかよ…」


伊之助の言葉に俺は頭を抱える。
蝶屋敷で過ごすようになってから、ここに出入りする人間が名前ちゃんと仲良くなっているのは知っていた。
正直仲良くなりすぎる。
俺のいない間、むしろ俺の存在を知らないやつがこぞってあの娘にちょっかいをかけている。
この前も一件片付けた所だというのに、次から次へとすぐに湧いて出てくる。
問題は彼女にあるんだけどさ。

そりゃ、誰彼構わずニコニコして優しく声を掛けられたら、ねえ?
鬼殺隊なんてやってる奴に出会いが早々あるわけでもないし。
目の前の女の子に飛びつくはずだ。
それだけ彼女に魅力があるって言う事なんだけど。

そんなの俺だけが知っていればいい話で。
正直、伊之助も知らないでほしかったくらいだ。


「いい加減学習してくれ、ホント」
「お前が目を離すからじゃねーのか」
「目離してないだろ!!むしろ毎日目に入れたいくらいだわァ!!」
「何を言ってるんだ、善逸…」


俺を呆れた目で見る炭治郎。
いや、言葉通りですけどなにか?
炭治郎だって禰豆子ちゃんに得体の知れない男が湧いたら、同じ事思うよ。


「禰豆子はまだそんな年じゃない」
「俺何も言ってないけど…」
「匂いがした」
「……」


炭治郎は俺が何も言う前に、腰に手を当てて唇を尖らせていた。
いやいや、そう言ってられるのも今の内だって。
その内、俺みたいに余裕ぶっこいてられなくなるからさ。


「禰豆子の事はともかく…名前の事はいいのか?」
「…全然良くない。あとで名前ちゃんに聞いてみる」


はあ、とため息を漏らして俺は屋敷に戻る夕方まで我慢する事にした。
本当なら今すぐにでも帰って問い質したいけどさ、そんな事したら烈火の如く怒るだろうから。


――――――――――――――――――



「え、今日ですか?」


夕餉を食べてすぐに真面目な顔した善逸さんに呼び出された。
何かあったんだろうかと慌てて、善逸さん達の部屋へ行ったけど、聞かれたのは「今日何をしていたか」というごく普通の話だった。
意味が分からなくて隣で禰豆子ちゃんの頭を撫でていた炭治郎さんを見たけど、こちらは困った顔をしていただけ。
伊之助さんに至っては、雰囲気でしかわからないけど、むっすぅーとしているし。


「そ。今日何してたの?」


もう一度同じ質問をする善逸さん。
と言われてもなぁ。
私がしていた事なんて、いつもと変化ないんだけど。


「いつも通りですよ、皆さんのお手伝いをして…カナヲちゃん達とお茶をして…あ、それから、隠の人とお喋りを」
「誰!?それ、誰だよ!?」


くわっと目を見開いて私の肩を掴む善逸さん。
え、キモ。普通にきもい。何なんですかいきなり。
唾が飛んできそうな距離で、目が血走ってるんです。
怖いきもい。


「誰と言われても、私もよく知らないですよ。最近お話するくらいで」
「何で隠の人間が名前ちゃんに会いに来るんだよ」
「私に会いに来たわけじゃなくて、しのぶさんに用があるんじゃないですか?」
「んなわけないだろ!!」


私が何を言っても険しい顔で善逸さんが一蹴する。
何なんだろ、私何か悪い事したのかな?


「明日は鍛錬無いから、俺と一緒に居る事!わかった?」
「あ、はい…いいですけど、何故…」
「何でも!!俺が居なかったら、不本意だけど伊之助でもいいから、一緒に居る事!!」
「不本意ってなんだコラァ!!」


善逸さんの一言で伊之助さんが逆上する。
二人でギリギリと睨み合い、そのまま一つケンカが始まりそうだったので、私はその間に自分の部屋へ戻る事にした。

「おやすみなさーい」
「おやすみ、名前」

こっそり炭治郎さんと禰豆子ちゃんに手を振って、奴らに気付かれる前に後にした。








善逸さんが前日言っていた通り、本当にずっと横に付いてくる。
朝から厠に行こうとしても、いつの間にか後ろにぴったり付いてくるし、迷惑以外の何物でもない。
二人で居れるのは嬉しいんだけど…。

やっとおやつの時間になって、庭の花壇の前で私たちは腰を下ろしていた。
正直今日一日でこんなに疲れるなんて思ってもみなかった。
善逸さんが近づく前に隠れようとしたら、伊之助さんに捕まるし。
伊之助さんに捕まったら、どこからともなく善逸さんが走ってきて、二人でケンカし始めるし。
お花を見ているというのに全く落ち着かない。
はあ、と小さくため息を吐いて善逸さんを見た。


「何?」
「ご自分が一番よく分かってるんじゃないですかね?」
「…名前ちゃんの所為だろ」
「わたし?」


ツン、と顔を反対に向けてしまった善逸さん。
どういう意味なのか問い質そうとしたら、私の後ろで声がした。


「名前さん」


声につられて私と善逸さんが振り返る。
そこには隊服を身に纏い、口を布で覆った隠の人。
最近一緒にお話しするようになった人だ。
背中に大きな荷物を背負っているから、これから任務なのかもしれない。


「これから、任務ですか?」
「そうなんだ、外に出る前に顔を見ようと思って…」


へへ、と頭を掻きながら照れくさそうに話す隠の人。
隠の人と向かい合う様に私は立ち上がった。

「どうかお気をつけて行ってきて下さいね」
「あぁ、ありがとう。…もう出るんだけど、少し話せないか?」
「はい、なんでしょう?」

そう言って微笑む私。
隠の人は何だかソワソワして、要件を述べてくれない。
どうしたんだろう?

そこで私は気付いてしまった。
私の背後で禍々しいオーラを放っている人物がいる事に。
振り返るのが怖いので、気付かないふりをした。


「この任務が終わったら、俺と…」
「は、はい」


正直全然頭に入ってこない。
聞いといてなんだけど、後ろが気になって仕方がない。
たまにシィィィとやばい呼吸も聞こえてくるし。




「俺と、結婚を前提に付き合って欲しいんだ」




ほ?

いくらちゃんと聞いていなかったとはいえ、結婚というワードに私は思わず口を半開きでポカンとしてしまった。
冗談かと思ったけど目の前のの人はそんな風には見えない。
仄かに顔が赤い気がするし、私の目をじっと見つめている。

その様子を見て遅れて私も頬に熱が籠っていくのが分かる。
け、結婚を申し込まれたんですけどー!!
そんな経験ないから吃驚してしまった。

何て言って断ればいいかな?


「え、えーっと…気持ちは嬉しいんですけど」


取りあえず思いついた断り文句を言おうとした、その時だった。



「俺の前でこの娘に結婚を申し込むなんて、いい度胸してるなァ!!お前ぇぇぇえええ!!」



ビクリと身体が跳ねてしまった。
その声は真後ろで聞こえて、そして肩をガシっと掴まれてしまう。
恐る恐る見上げると、鬼の形相の善逸さんが居た。
昨日の晩の比ではない。目は血走っているけど、額や首まで青筋が見える。

「ぜ、ぜ…善逸さん…?」
「ふざけんなよ、お前。誰だか知らないけど、名前ちゃんに近付くには俺の許可がいるんだよボケが」

私の声なんて聞こえてないみたい。
肩にあった手に力が入る。
ヤバイ。いつも以上に言葉遣いも悪くなっている。
隠の人なんて吃驚しちゃって目を見開いてオドオドしてるし。


「きょ、許可なんて…お前は何様なんだ!」


隠の人の口がやっと開いたと思ったら、善逸さんに向かって声を上げた。
ブワン、と私の背中が燃え上がるようなオーラを感じ取る。
まずいまずいまずい。
更に怒ってる。




「恋人に決まってんだろーがクソがァァア!!」




私の肩から手を離して隠しの人の胸倉を掴みかかる善逸さん。
善逸さんの言葉で一瞬私もフリーズしてしまう。

恋人、恋人。
善逸さんが、私のこと、恋人だって…。
体中の血液が沸騰しそうなくらい熱を持つ。


って、言葉に浸っている場合じゃなかった!!



「ぜ、善逸さん!ちょ、離して!」
「ぐぁ、」
「ね、ね?善逸さんってば」

善逸さんと隠の人の間に入って止めようとしたけど、びくともしない。
困ったな、どうしよう。誰か呼んでこようか、なんて思っていた時。

胸倉を掴んでいた手がぱっと離され、代わりに私の腰が抱き寄せられる。


「…え?」

あっという間に善逸さんの腕の中へ納まってしまった。
それも簡単には抜け出せないくらい強い力で。


「グゥウ…」

まるで犬のように威嚇しながら、隠の人を睨む善逸さん。
呆れると同時に私は諦めてそのまま委ねる事にした。


隠の人には悪いけど、私は小声で「ごめんなさい、私好きな人がいるんです」と言う。
悲しい目が私を見たけど、すぐに苦笑いに代わって「だと思ったよ」と言ってくれた。


それから隠の人は何も言わず、私達の傍から離れて行ってしまった。
最後に手を振って。

隠の人が居なくなっても、善逸さんは私を離してくれなかった。
人に見られると恥ずかしいから、離してほしいけど。


でもま、いっか。



はー…
善逸さんといると

こんな面倒な事ばっかりで
名前ちゃんといると



疲れる。








atogaki

花鈴様、この度はリクエストありがとうございました!
長編番外編で、主が陰の人に告白されてる所を善逸が見て、ヤキモチを妬いて「俺の恋人」発言をしちゃった話という事でしたが、いかがだったでしょうか。
こんな事ばっかりだったら善逸も気が気でないでしょうね。
これ書きながらプリキュア見ていたら、話が途中でホワホワ路線に変わってしまいました。
慌てて軌道修正しましたが、不自然ではないでしょうか。。。
またご感想など頂ければ泣いて喜びます^^^^^^
今回は本当にありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま

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