今日のあなたが好き


「くぅ〜禰豆子ちゅぁあん、今日もかわぁいいねぇ、ですって」
「……」


炭治郎さん前で先程見た光景を再現してみた。
鍛錬が終わるであろうその人を迎えに行っただけだったんだけど、道場にはいなくて。
暫く探して見かけた時には、部屋にいた禰豆子ちゃんの前ですよ。

「もうね、顔なんかふにゃぁってなってて気色悪くて」
「…名前。その話、まだ続くか?」
「ええ、勿論ですよ。まだまだ喋り足りないですからね」

同じく鍛錬が終わった炭治郎さんを捕まえて、この私の胸の中にあるどす黒い何かを吐き出してしまわないと、いつ手が出るか分からない。
最初はニコニコとどうした?と聞いてくれる炭治郎さんだったけど、それが15分くらいを過ぎたあたりから険しい顔に変わっていった。

炭治郎さんもいい加減、道場から出て部屋でゆっくりしたいだろうけどさ。
部屋に戻ったらあの光景をもう一回見せられるんですよ!
こんなの耐えられますか!?


「…はぁ、善逸は禰豆子に限らず女子が好きだから」
「そうなんですけどね!!でもそれにしたって禰豆子ちゃん、禰豆子ちゃんって言いすぎじゃないですか?禰豆子ちゃんが可愛いのは私だって知ってますよ?でしょ、炭治郎さん」
「そうだな」


うんざりした顔をしていたのに、急にキリっとした顔で返答する炭治郎さん。
流石、お兄ちゃんだね。
私、シスコンの炭治郎さんは嫌いじゃないよ。

あーもうイライラするなぁ。


「ムカついて仕方ないんで、炭治郎さん、その木刀貸して下さい」

そう言って炭治郎さんの右手にある木刀を掴もうとした。
慌てて炭治郎さんが「え、駄目だ!」と木刀を高く振り上げてしまった。
私の身長じゃ届かないんですけど?いいじゃないですか、少しくらい。


「別にそれで悪党をやっつけるわけじゃないですよ、素振りしたいだけです」
「その悪党は善逸の事じゃないのか…素振りくらいなら、いいだろうけど」

少しだけ安心したような顔をする炭治郎さん。
炭治郎さんの中の私のイメージはどうなっているんだろう。
しぶしぶ下ろしてくれた木刀を預かると、私は木刀の重さに思わず声を上げた。


「え、重っ」


みんな軽々振り回しているから、そんな気はしなかったのに。
考えていた以上に重たい。
実際木刀を両手で持って、適当に振ってみる。
ぶん、なんて効果音がつくはずもない。重力に身を任せ、ただ振り落ちただけだ。


「これよりも重たい刀を、皆さんはどうやって振っているんだ…」
「はは、皆鍛えているから」


ちゃり、と炭治郎さんの耳飾りが鳴る。
そして私の背後に回ると、木刀を持つ手を優しく支えてくれた。


「構える時は真っすぐ。そうだ、名前」
「この態勢で振り下ろすんですか!?つ、つらい…」


元々姿勢は良い方だと思っていたけど、慣れない姿勢に身体が悲鳴を上げている。
これで分かった、私には刀は無理だ。
しのぶさんが私に短刀を渡した意味を今更ながらに理解した。

ゆっくり炭治郎さんの支える木刀が振り上げられる。
もう肩とか腕に負担が掛かって仕方ない。
これに加えて呼吸を使いこなす皆さんは、やっぱり化け物なんだね。


「名前は華奢だなぁ。任務に連れて行くのを善逸が嫌がるわけだ」
「…まぁ、非力ですからね。存じ上げております」


耳元で聞こえる声にはあ、とため息を吐く。
炭治郎さんの身長は割と小さい方かななんて思っていたけど、全然そんな事ない。
私が小さいって言う事もあるんだろうけど、後ろから支えて貰ってるとそれが良く分かる。
普段近くにいるのは善逸さんだから、あの人の背中しか知らないんだよね。


「善逸は名前が可愛いんだよ」
「そうですかぁ?今日はずっと禰豆子ちゃんに可愛いって言ってますよ?」
「善逸だからな」
「説得力ありすぎます」


二人で苦笑いをして、木刀を一回振り下ろしてみる。
一人でやった時よりも、それらしい。


「そう、その調子だ」
「へぇー…音が違うんですね」


振り下ろした時の音がさっきまでと全然違う。
やっぱり出来る人は違うなぁ。


「名前にはまだ無理かもしれないな」
「でしょうね、これじゃぁね」


木刀を見ながら炭治郎さんが笑う。


「善逸が許さないだろう?名前には傷ついてほしくないだろうしね」
「そうなんですけど。でも善逸さんがいつも私を守ってくれるから、傷付いたりしてるのに」
「それでも守りたいんだよ、名前を」
「うーん……あ、」


ふと視線を感じて木刀から視線を外すと、道場の入り口でタンポポが見えた。
嘘、タンポポみたいに髪の毛を逆立てた善逸さんが立っていた。
目を限界まで見開いて、気のせいか背後に黒いオーラを纏っている。


「たぁんじろォオオ!!てめぇ、何してる…?」
「…何って、名前に木刀を」
「ふざけんじゃねぇよ!!ぬぁんでそんなに密着してんだって聞いてんだよ!」
「善逸さん、落ち着いて」


ドスドスと音を立ててこちらに向かってくる善逸さん。
そっと炭治郎さんが私から離れ、前に出る。
それを善逸さんがほぼゼロ距離で睨みつけた。
炭治郎さんは困り顔のまま両手を胸の前に上げていた。

善逸さんがブチ切れる(もう遅いかも)前に二人の間に割り込む私。


「善逸さんが禰豆子ちゃんと楽しそうにしてたので、炭治郎さんに付き合ってもらってただけです」


目を細めて、炭治郎さんを睨みつける目をじーっと見てやった。
すると萎れる花のように急にシュンとなってしまう善逸さん。
自覚はあったんですね?そうですね?


「ほら、炭治郎さんは疲れてますので、私達は行きますよ」


何故疲れているかというと、私の所為ではあると思うけど。
善逸さんの手を掴んで私たちは道場を後にする。
後ろで炭治郎さんがふらりふらりと手を振っていた。



―――――――――――――――――――――



「炭治郎と何話してたの?」

廊下を二人で歩きながら善逸さんが問う。
鼻をぽりぽりと指でかいて、少し気まずそうだ。
私は何故かイジメたくなって「内緒ですー」と口を尖らせた。

「教えてくれてもいいじゃん!」
「禰豆子ちゃんと何話してたのか教えてくれたら、いいですよ?」
「……」

ほらね。
このタンポポ野郎!


善逸さんより一歩前に出て私は先を歩く。
黙って私の後ろをついてくる善逸さん。
向かう先は私の部屋だ。


部屋の扉を開けて、私は扉の前で一旦立ち止まった。
同じように善逸さんも立ち止まる。

急に振り返って、未だ気まずそうな顔の善逸さんの背後に回った。

「名前、ちゃん?」

善逸さんの背中を渾身の力で押すと、ぼん、と善逸さんが前のめりになり部屋へ侵入した。
その隙に私は扉を閉めて、部屋に入ってポカン顔の善逸さん(畳に尻もちをついてる)に目線を合せた。
しゃがみ込んでじーっと顔を近づける私。


「どうしたの?」


不思議そうな顔で善逸さんが尋ねる。
普段の私なら絶対しない。
でも、今日はムカつくから。


善逸さんの前髪に触れて、そっとそれを持ち上げる。
見えた額にそっと口づけを落とした。


ちゅ、と音を立てて離れる唇。
すぐに離れて善逸さんを見ると、何が何だかよく分かってない顔をしていた。
多分私の顔は赤いんだろうけどさ。


「禰豆子ちゃんばっかり構わないでください、ね?」


唇を尖らせたままそう言うと、善逸さんの顔がりんごみたいになった。


きっとお揃いですね。



そんなあなたが大好きです。









atogaki
てんさまリクエスト有難うございました!
長編主でいつもねずこに構ってる善逸に嫉妬をして逆に他の人にベタベタする話がご希望でしたが、いかがでしたでしょうか?
長編始まって以来、初めてと言える炭治郎絡みの多さ。
いつもこの役目は伊之助だったんでね、たまには長男を推してみました。
書いてて思いましたが、私炭治郎凄い好きですね。
炭治郎の長編書こうかなと考えてしまいました (笑)
また二つ目以降のお話は順番に書かせて頂きますので、暫くお待ちいただけると幸いです^^
ご感想なんかも聞かせて頂けると、小躍りしますのでお気軽にお願いします(*´艸`*)
それでは、この度は誠にありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま

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