せいいっぱいの純情


「いい加減にしてくれませんかね」


はあ、と聞こえるように言うと目の前の人はビクリと頭を揺らした。
今日は私が夕餉のお当番だから、台所に立っているんだけど。
何処からともなく現れた猪がずーっと私の後ろで鼻を鳴らしている。
何なんだ、台所なんて普段近寄りもしない癖に。


「気が散って仕方ないんですけど?何の用ですか」
「オイ、何作るんだ」
「人の話聞いてますか?」


猪と交流を図ろうとしても意思疎通出来ないみたいだ。
呆れた顔でお米を研ぐ私。


「大体、今日の訓練はどうしたんですか?善逸さんと炭治郎さんは出かけたんでしょ?」
「アイツらみたいな弱い奴と一緒にすんじゃねェ。俺は伊之助様だぜ」
「……はい、そうですね」


何故か自信満々な声が聞こえてきたので、深く考えるのを諦める事にした。
それにしても何故この猪は台所をウロウロしているんだろう。
行くところなんて、他に幾らでもあるだろうに。

あ、そうだ。
伊之助さんを見ていたらふと思い立ってしまった。
材料はあるし、きっと喜んでくれるだろう。


「伊之助さん、今日は天ぷらにしましょうか」
「……!!」


猪の鼻から凄い勢いで鼻息が漏れる。
何気に嬉しそうだ。
先程無作為にウロウロしていたのが、明らかにテンションが違う。
私を囲うようにウロウロしているのは変わりないけど。


「山菜も欲しいですね…伊之助さん、取ってきてもらえます?」
「おう!まかせろ!」


猪の頭にそう言ってお願いしてみると、大きく頭を揺らした伊之助がこくりと頷いた。
そして、廊下に向かって全力ダッシュし消えていく。
消えて行った廊下を見つめながら、本日何度目かのため息を吐いたのだった。


―――――――――――――――――――



エビの殻を向いていた頃、山菜を取りに出ていた伊之助さんが戻ってきた。
手には大量の山菜、なのかどうか怪しい草まであるけど。
は、は、は、とまるで犬のように大きく息を吐きながら、ずいっと私に山菜を差し出す伊之助さん。
それを大きな籠へ移して、私はそれぞれを吟味する。

「うーん、これは…猫じゃらし?えーっと…あ、これは食べれますね」
「全部食えるだろうが」
「それは伊之助さんだけです。他の方は皆人間なので無理です」
「どういう意味だコルァ!」

伊之助さんの怒る声を余所に、私は見繕った山菜を水に晒す。
ぼーっと突っ立ってる伊之助さんが、また私の後ろをウロウロしているので、私は思い切ってまたお願いする事にした。


「手伝ってくれますか?」
「は、何で俺が」
「伊之助さんが手伝ってくれたら、もっと早く天ぷらが出来ますよ」
「……どうやんだよ」


思っていたより素直な伊之助さんに私は少しだけ吃驚した。
嫌がれるとは思っていたんだけどな。
思わずくすりと笑って「まずは手を洗いましょうね」と声を掛けた。



私の隣に同じように立つ伊之助さん。
先程まで私がしていたエビの殻を剥いてもらっているけど、案外難しいみたい。
殻を剥いていたはずなのに、気が付いたらエビの胴体がちぎれている。
慣れない作業に力加減が分からないようだ。

「もっと優しくするんですよ」
「あぁ?やってるじゃねーか」

ブツブツ言いながらもエビと格闘する姿に、微笑ましく感じてしまう。
普段は野獣のような体たらくなのに。


「えーっと、もっと力を緩めて…あ、女の子と手を繋ぐ時みたいに」


以前、伊之助さんと何度か手を繋いだ事があったけど、最初は力の限り握られていたが、
先日の任務の時にはとても優しく握ってくれた事を思い出した。
あの時みたいに、と添えて言ってやると、伊之助さんの顔がこちらを向いた。


「お前と手を繋ぐ時みたいな、か?」
「そうですよ」


痛い、と言ってから伊之助さんは優しく握ってくれるようになった。
そうやって人間に近付いていくんですよ、伊之助さん。

山菜の処理を終えて、火を入れていた油の様子を確認する。
もう少しかなー?


「エビだけじゃなくて、人と接する時は優しくないと。炭治郎さんみたいに優しいと、人が寄ってくるでしょう?」
「源五郎みたいにはできねーよ」
「まあ、極端ですけどね。伊之助さんも優しいですよ」
「はぁ?俺が優しい?」


山菜から目を離さないでそう言うと、不機嫌そうな声が聞こえた。

「吉原の時に善逸さんを助けてくれたじゃないですか」
「は、あれは…」

ぽつりと零すと伊之助さんが言葉に詰まる。
珍しいね、いつもは考えるよりも前に発言する伊之助さんが。



「……俺が、紋逸を助けなかったら、お前が悲しむだろ」


水音に紛れて聞こえた弱々しい声。
あら、本当に今日は珍しい日だな。
あの伊之助さんがこんな声出せるなんて。

心配になって伊之助さんの顔を覗き込むように見つめる。
猪の頭ではよくわからない。


「アイツがいなかったら、お前は…」


猪の頭がすっと宙に浮く。
伊之助さんがエビを握っていた手を止めて、被り物を取ったのだ。
表情からは伊之助さんの言いたい事は分からなかったけど、
大きな瞳が私を見ている事だけはわかった。


「…俺を、見てくれる、のか」


すっと逸らされた視線。
伊之助さんの言っている意味が良く分からないけど。
何だか泣きそうな伊之助さんを見ていると、ほっとけない気持ちになってしまう。


「意味は分かりませんけど。伊之助さんは、善逸さんを助けない事なんて無いでしょ」


だって、友達の事大好きな伊之助さんだから。


「はぁ、友達だと?」
「そうですよ。炭治郎さんも善逸さんもお友達でしょ?」


ぽん、と伊之助さんの背中に手を置いてにこっと微笑む。
ポカン顔の伊之助さんが私を見た。


「あ、一応私もお友達に入れてもらえると助かりますけど」
「お前は友達じゃねぇ!」
「ひどい!」


速攻で却下されてしまった。
くそ…猪め。
とほほ、と俯いて止めていた手を動かす私。

そんな事をしていたら、外で叫ぶ声が聞こえてきた。
あ、帰ってきた。



「伊之助ェェ!!何処だてめぇ!!」


まだ遠くで聞こえる声に、私は色んな意味で気が重くなる。


「ほらお友達が帰ってきましたよ、伊之助さん」
「ちっ、うぜぇ」

いつの間にか猪の被り物を被ってしまった伊之助さん。
うぜぇと言う伊之助さんの顔が嬉しそうなの、私は見逃しませんでしたよ。




――――――――――――――――




「ちょ、ちょちょちょっとォ!!こっち来て名前ちゃん」


案の定、訓練から帰ってきた善逸さんは台所まで一直線でやってきた。
そして私が伊之助さんと一緒に並んで夕餉の用意をしている所を見ると、目の色を変えて私の腕を掴み、そのまま台所から連行していく善逸さん。

その前に伊之助さん一睨みしていくことも忘れずに。


「ご、ご飯の用意っ!!」
「そんなの後でいいから」


伊之助さん、後はお願いします!!と悲痛な私の声だけ残して、善逸さんに連れていかれる私。


ドタバタと廊下を抜け、外が暗くなってきて誰もいない縁側まで連れて来られた。
そして柱に背中を押し付けられて、速攻で睨まれる。

「…はぁ、毎回こうかよ」

呆れた声でため息を吐く善逸さん。
そして揺れる瞳で私を見つめたかと思うと


「もういい加減にしてよ」


そう言って私を抱きしめるのだ。












atogaki
匿名さま、リクエスト有難うございました!
長編番外編で夢主にほわほわさせられた伊之助のお話、おまけに善逸のオス化をご希望でしたが、いかがでしたでしょうか?
伊之助メインにできるお話が中々なくて、私としては今回とっても新鮮に書く事ができました。
本当は吉原の時に盛り込みたかった会話も入れる事が出来て、満足です。。。
ほわほわしているかどうか分かりませんが、少しだけイチャつきましたかね?
こんなものでよければお納めくださいませー!
この度は誠にありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま

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