深呼吸して君に好きって伝えよう


「おおお、お見合い、ですか!?」


苦々しい顔をしたしのぶさんを前に、私は驚きで思わず少々大きな声を上げた。
その日から善逸さん達は御館様の元へ報告に行くとかで出かけていた。
流石に私が御館様の屋敷へは入れないので(鬼殺隊ではないし)大人しく蝶屋敷でお留守番をすることにしたのだ。
数日くらいで戻ると言っていたので、安心して一人の時間を過ごしていた時。
しのぶさんからちょいちょい、と手招きされ部屋にやってきたら、この様だ。


「こちらは何度も断っているんですけどね。先方がどうしても一度席を設けて欲しいと…」


苦悩が見えるその顔に私はどう答えていいか分からない。

相手は藤の家紋の息子さん。
以前私が善逸さんと共に宿泊した時に見かけたそうだけど、私とお近づきになりたいっていうお話だ。
懇意にしている藤の家紋の家だとしても、いくら何でもという事でしのぶさんは何度も断ってくれたらしい。
だけど、断られてもいいから、お見合いと言う形で!と押し切られてしまった。
きっと私にこの話が降りてくるまで、しのぶさんは何度も断ってくれて、なるべく私に分からないように話を進めてくれていた筈だ。
それでもどうにもならなくて、結局私に話す羽目になったと。


「で、でも私…善逸さんが…」
「ええ。相手も恋人がいてもいいからと、訳の分からない事を言っているんです。名前さんに直接断られるまで諦めない、と」
「まぁ…なんて面倒な野郎…」


ほんとですね、と眉間に皺を寄せてしのぶさんが答える。
私を見初めてくれる奇特な人だとは思うけど、本当に変わり者みたいだ。
それにしたって、見合いって…私お見合いなんてした事ないし、どうしていいのか分からない。
現代ではお見合いをする人なんて少ないし、自由恋愛が主流だし。


私の困った顔を見て、しのぶさんが察する。

「もう一度、断りましょうか?名前さんだって、善逸くんだっていい気はしないでしょうし」

そう言ってしのぶさんは笑ってくれたけど、断るもの大変だっていうのがひしひしと伝わる。
だって、しのぶさんで断れているなら、私にまで話が来るはずないもの。
しのぶさんの立場だってあるだろうし。

でも、善逸さんは嫌がるだろうな。
私が善逸さんの立場なら烈火の如く怒り狂っている。
さて、どうしたものか。

「お会いして断るだけですよね?」
「ええ、勿論」
「だったら、私お受けしてもいいですよ。何を言ってもいいなら」
「…本当にいいのですか?」

驚いた顔でしのぶさんが私の肩を掴む。
そう言わないとしのぶさんが困ってしまう。
これだけお世話になっていて、断るなんて私には出来ない。


「いいですよ。善逸さんにはどう言いましょうか」
「それなんですが、今善逸くん達が居ない間にさっさと終わらせる、というのも一つの手ですが…」


難しい顔でしのぶさんが顎に手を当てる。
善逸さんが居ない間に終わらせる…?という事は、この数日で!?

「え、あと数日しかないですけど!?」
「大慌てで用意をしましょう。それとも善逸くんが帰ってきてからにしますか?」
「それはそれで、大変な気がしますね…」

よくよく考えれば、善逸さんがいない方が事は進みそうだ。
一つ耳に入れただけでお見合い相手をぶっ倒すだろうし。

「では、早速準備に入りましょう」

はあ、とため息とともにしのぶさんは立ち上がった。
なんか、色々私の所為ですみません…。




その日の午後から、私はすみちゃん、きよちゃん、なほちゃんに囲まれ、入れ替わり立ち代わり振袖の着せ替え人形と化した。
振袖自体着るのも初めてだから、私は少し嬉しいけど。
どうせ見せるなら、知らない人じゃなくて善逸さんに見てもらいたかった、なんて。
恥ずかしい事を考えてしまっている私がいる。

結局、赤いお花の柄の素敵な振袖に決まってしまった。
三人は私の振袖姿を見て「うん、うん、うん」と頷き、笑顔でOKを出してくれた。
その間にしのぶさんは先方と連絡を取ってくれたようで、私が振袖を脱いでいる間に「急ですが明日になりました」と報告に来てくれたのだ。


「明日ですか…本当に早いですね」
「相手も待ちに待っていたようです。名前さん、断る準備をしっかりしておいて下さいね」
「わかりました。それにしても変な人ですね」


五人でため息を吐きながら、今度は私のヘアセットへ移ったのだ。


―――――――――――――――――――



何だかんだ翌日。
夜は全然眠れなくて、というか善逸さんに申し訳なくて。
夢の中で何度も善逸さんに謝っていた。
早いとこ断ってしまおう。
そう胸に誓って、私は昨日選んだ振袖をまた皆に着せてもらう。
振袖って本当に袖が長くて、綺麗なんだ。

私も現代で成人していたら、このような振袖を着ていたのかな。

姿見でクルクル回りながら後ろの柄も確認する私。


「名前さん、次は髪を結い上げますよ」


しのぶさん直々に私の髪を触ってくれるという事で、私は大人しくしのぶさんの前に座る。
いつもしのぶさんの髪は綺麗な夜会巻きになっているから、きっと綺麗にしてくれるだろう。


「この髪飾りはどうしますか?」
「あ、それは…」


いつも私がつけているシュシュを手にしのぶさんは尋ねる。
シュシュだと普通の付け方では似合わないだろうね。


「この髪飾りをお花のようにくしゅっとして留める事って出来ますか?」
「…なるほど。そうしてみましょう」


少し考えた顔をしたしのぶさんはすぐに笑顔になって、私の髪に合わせるようにシュシュを取り付けてくれた。
私の長い髪が綺麗にまとまっていくのを鏡で見ながら、私の心は黒いモヤが広がっていく。
髪のセットも終わり、今度はお化粧である。
本当に女の子って大変だよね。

お化粧くらい、自分でしますと名乗り出たけど、こちらもしのぶさんに問答無用でやってもらう事になった。
自分でするのと少し違うから、新鮮だ。
また今度しのぶさんにお化粧の仕方を聞いてみよう。

仕上がりは自分でも吃驚するほど綺麗だった。

自分が綺麗になるのは嬉しいけど、やっぱりどうしても善逸さんの顔がちらついてしまう。
私の表情に気が付いたしのぶさんが「なるべく善逸君には戻るように連絡を入れますので」と言ってくれた。


―――――――――――――――





お見合い会場は蝶屋敷で行うとのこと。
先方はお父さんと、こちらはしのぶさんが付いてお見合いをする事になる。
全然胸が躍らないけど。

そうこうしている間に彼らがやってきた。
玄関まで迎えに行くと、全然覚えのない青年が私を見て固まっていた。


「本日はこちらの我儘に付き合って頂き、誠に有難うございます」


青年のお父さんがしのぶさんにぺこりと頭を下げる。
全然申し訳なさそうに見えない。
むしろラッキーくらいの顔である。
こっちはとんだ迷惑だというのに。


「ええ、本当ですね。あ、靴は揃えなくてもよろしいですよ、すぐにお暇されるでしょうから」


グサリとしのぶさんのジャブが刺さる。
相手方の表情が一瞬で曇るのを私は見逃さなかった。
いい気味だこと。

客間まで誰も喋らず、というか客間に入ってからも会話が弾まない。
そりゃそうだ、最初から最悪の出だしだもの。
相手も断られた時点で諦めればいいのに。
客間に用意された机に向かい合うように私たちは腰を下ろした。
隣のしのぶさんがニコニコしているけど、オーラが黒い。
笑っているようで笑っていない。こわい。

それに気づいた彼らはとても喋りにくそうだ。


「で、では…あとは若い二人に任せる、というのは如何ですか」
「はぁ、どうしますか。名前さん」


全然会話が弾んでいないのにも関わらず、青年のお父さんが苦し紛れに口を開いた。
呆れたようにしのぶさんが私に問いかける。
このままでは時間だけが過ぎて行ってしまう。こちとら早く終わらせてしまいたのだ。
しのぶさんにこくりと頷いて、私は青年と二人になる事を望んだ。
眉を八の字にしたしのぶさんは、しぶしぶ向こうのお父さんとともに部屋から出て行ったのだ。


「あ、あの…」

二人が居なくなったことで、早速青年が私に話しかける。
とても緊張しているようだ。
肩なんかガチガチだし、下を剥いて目を合せない。
でも、真剣だというのが伝わってくるのが、何だか可哀そうになってくる。

こちらは断る気満々だというのに。


「名前さん、ぼ、僕の事、覚えていますか?」


そう言われて私は少し考える。
申し訳ない、ホントに覚えがない。
今まで藤の花の家紋の家に何度も泊ったけど、全部善逸さんがいたし。
他の人の事まで見ていないのが正直な所。


「ごめんなさい。全く覚えがなくて…」


素直に謝ると、青年は少し困った顔をした。
会えば何とかなると思われていたのだろうか。
私はその気がないとしのぶさんから言われていただろうに。


「僕は、ずっと覚えていました。貴方が、僕の家にやってきたあの日から…」


悲しそうにそう言って私の目を見つめる青年。
困った。そんな目で見ないで欲しい。


「残念ですけど、私…」
「恋人がいるんでしょう?知ってますよ、あんなに仲良さそうでしたから」


青年がぽつりと零した。
分かっているんだ。そりゃそうだよね、善逸さんと私、いつも一緒だから。
だったら話は早い。

「でしたら、この話は終わりでは?」
「いえ…貴方の相手は鬼殺隊です。僕たちの先祖は鬼狩り様に助けて貰いましたが、死と隣り合わせの筈。貴方の恋人も若くして亡くなるかもしれません」

青年がぽつぽつと会話を続ける。
私は青年の言葉に血が沸騰するような気持ちになる。


「は?」


どうやら隠し切れなかったようだ。
思わず口から出た深いな思いは止められない。
青年は少し驚いた顔をしたけど、更に続けた。


「先行きに不安を感じる相手よりも、僕のような」
「その話、よくも私の前で零してくれましたね」
「…え、名前さ、」


すうっと目が細くなる。
青年をそのまま見上げると、彼は先ほどよりも動揺していた。
こちらは既に針が振り切れている。


「善逸さんが死ぬ時は私が死ぬ時です。先行きもクソも、死んでもずっと一緒です」


貴方にそんな事、言われる筋合いなんて無い。

「どうぞ、お帰り下さい」

私の鋭い眼光が青年に刺さる。
そういうと、青年は少したじろいだけど、諦めたように立ち上がった。
す、っと襖が開かれ、廊下を歩く足音が遠ざかっていくのを感じ、私は台の上に顔を付けた。


「やってしまった…」


元より断るつもりでいたけれど、あんなに酷い態度でする事はなかったかもしれない。
でも善逸さんの事、あんな風に言われたら、私だってムカつく。
もぅ…私のばかぁ。



私の耳にこちらに向かってズンズン歩く足音が聞こえた。

え、戻ってきた?戻ってきた?
足音からしのぶさんではない事は分かっているし、完全に男の人のそれだ。
あんなに言われても戻ってくるなんて、どんな神経をしているんだろう。
私は突っ伏していた顔を上げて、軽く身なりを整える。


襖は黙って開かれた。

私はそっと襖の方へ目を向けて、言葉を失った。



そのまま私の迎えに座り、正座でじっと私を見つめたかと思うと。
彼の少し怒ったような口先が開いたのだ。


「あ、我妻善逸と申します。お、おおお名前、は?」


思わずポカンとした間抜けな顔になってしまった。
でもすぐに私はくすりと笑って「苗字名前と申します」と答えた。

目の前の金髪を揺らした彼はモゴモゴと口を動かして、そしてまた私に言うのだ。

「そ、その振袖、とてもお似合いです、よ?」
「…本当ですか。想い人に見せたかったんです」
「名前さんの、想い人って」

ちら、とこちらを赤い顔が見つめる。
私はにこりと微笑んで口を開いだ。


「不思議な事に我妻さんと同じ名前なんですよ、彼」
「ぼ、僕の想い人も名前さんと、同じ名前だ…です」


気が合いますね、と私達は笑った。


「死んでも一緒にいる、って」


さっきの会話が聞こえていたのだろうか。
善逸さんの目を逸らさず私はこくりと頷いた。


「相手には嫌がられるかもしれませんけど、ね」
「相手も喜んでいると思いますよ」
「そうでしょうか?だったら、普段言葉にしてくれてもいいと思うんですけどね?」
「それは、なんとも…」

ぐ、と言葉に詰まる善逸さんに私はまた笑ってしまった。



「でも、私は大好きなんです」



私の声は善逸さんに届いたようで、ボンと湯気が立つように更に顔を赤くする。



大好きなあなたと過ごす、大切な日常。











arogaki
月夜さまリクエスト有難うございました!
長編夢主で「もし夢主ちゃんにお見合いのお話しが来たら」というお話でしたが、いかがだったでしょうか?
昨日の晩から書き始めていたのに、めちゃくそ長くなってしまいました。
申し訳御座いません。。。
このお話は頂いた時から、構成を考えていたので、書くときは早かったんですけどね。
書きながら美味しいお話すぎてニヤニヤしておりました。
素敵なシチュエーションをありがとうございます!

結局お見合い相手は廊下で善逸にボコられてます。
善逸視点も書きたいくらいのお話でした。(ボリュームが過ぎるので、入れませんでした…)
こんなお話でよければお納めくださいませ。
この度は誠にありがとうございました。

お題元「確かに恋だった」さま

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