素直になってみた


任務終わりに被害者からお礼にとちょっといい酒を貰ったんだ。
それを蝶屋敷へ持って帰ると、皆喜んでくれて。
夕餉を兼ねた晩酌を皆でしようってなったところまでは良かった。

恋人である名前はお酒が飲めないと公言していたから、ずっと水を飲んでいた。
俺はチビリチビリ馬鹿どもと一緒に飲んでいたんだ。
俺が厠へ行っている間にあんな事になっているなんて…。


「…おい、炭治郎、伊之助。名前の飲んでるそれ、何だよ」


部屋へ戻ってきたら明らかに顔の色が変色した名前と、それを知らずに野郎二人が談笑している姿が目に入った。
俺の言葉で慌てて炭治郎と伊之助が名前を見る。
が、時すでに遅し。
名前の持っているそれは先ほどまで俺が飲んでいた物だし、段々高揚している顔を見れば何を摂取したか一目瞭然だ。

「これぇ?んー、お水!」
「んなわけないでしょ!!それ、酒!酒だから!!」

拙い言葉で潤んだ瞳とともに俺に見せつけるように言う名前。
心拍だって早くなってんだよ、音聞いたらすぐわかるっつーの。

慌てて名前の手から酒を取り上げたけど、何故だか名前は必死で抵抗してきた。


「取らないでぇ〜…私の〜」


普段の様子からは考えられないくらい緩んだ状態に、俺は絶句した。
酒の力やばい。ってかこんな状態になるんだったら、本当に飲ませられない。


「名前、大丈夫か?顔色が変だぞ」
「だいじょーぶ。炭治郎、やっさしぃ〜」


俺の後ろからひょっこり顔を出した炭治郎が心配そうな顔を向ける。
それを見た名前が破顔させ、炭治郎へと手を伸ばした。
「良い子〜いいこぉ〜」と炭治郎の頭をワシャワシャと撫でまわしている姿は、早々見られるものではない。


「やっぱり部屋で休んだ方がいいんじゃないの?」


俺がそう言うと、ギロリとした鋭い視線が向けられた。
え、なんで?俺悪い事言った?


「じぇんいつ…アンタだけコレ飲むつもりでしょ…そうはさせないんだからぁ」
「飲まねぇよ!!いいからさっさと部屋いけよ!!」


じっとりした視線に俺は思わず声を荒げた。
人が心配しているのに何なんだこの酔っ払い娘は。
そんな俺を余所に名前は更に口を開く。


「たぁんじろーだってそう思うでしょぉ?私だってたまには息抜きしたいのよぉ」
「はは…いつも名前は気を張っているからなぁ」
「だけど今日は羽目を外ししぎなんじゃねぇか?」


炭治郎は苦笑いを零しながら、視線を泳がす。
伊之助が腕を組んで俺達の様子を見ていた。
真面目に伊之助の言う通りだ。
いつも羽目を外す伊之助が言うほど、酷い。


「いっつも私だって、頑張ってるのよぉ…!!アンタたちに付いていくの、本当に大変なんだからぁ!!」


次第に名前の目から大粒の涙が零れ始める。
嘘だろ、泣き始めたよ。
おいおいと声を上げてまるで子供のようだ。
それだけ普段に溜めこんでいる事があるんだろうか?
俺はそっと名前に近付き、肩に触れようとした。


「触んな善逸」
「は?」


ペチン、と冷たい音を立てて俺の手は弾かれた。
弾かれた手と名前の顔を交互に見てポカンとする俺。


「は、はぁぁぁぁああ!?人が心配してんだろーがぁ!!なんだよそれ、おい、こっち見ろよ名前」
「たんじろぉ、ぜんいつが怒ったぁ〜怖いぃ」
「え、っと…」


間に挟まれた炭治郎が困った顔で俺を見る。
ピキピキと俺の顔が痙攣する。
ふざけんなよ、酒飲んだら他の男に絡みに行くなんてどうなってんだよ。
しかもしっかり俺を拒否しておいて!!
俺の様子に伊之助が「くそ面白れぇ」と声を上げた。


「面白くねぇよ!!ふざけんじゃねぇよ、マジで部屋いって休めって!!」
「名前、善逸の言う通りだ。自分の部屋でゆっくりしてきた方がいい」
「たんじろぉまでそんな事言うの?」


ぷうっと頬を膨らませた名前は少し時間をおいて小声で「…わかった」と呟いた。
俺と炭治郎がほっと胸を撫で下ろした瞬間だった。

しゅんとなってしまった名前はとぼとぼと自分の部屋に帰ろうとしていたけど、
足元がやばいくらいおぼついていない。
ふらふらと歩くならまだマシで、壁から壁へ追突する勢いだ。


「何してんの、歩けないならもう飲んだらダメだよ」


俺は盛大にため息を吐いて、名前の腕を掴んだ。


「俺、部屋に連れて行くわ」
「ああ、そうしてやってくれ善逸。このままでは生傷が増えそうだ」
「まさか名前があそこまで崩れるなんてな」


部屋に残る二人にそう言って、俺はやっと大人しくなった名前を連れて、部屋を後にした。





―――――――――――――――




「ほら、布団敷いてやるから、もう寝て」


名前の部屋に入り、俺はさっさと就寝できる準備を行う。
まるでオカンのようだけど、今は名前が何をしても危ない。
後は寝かすだけにした方がよさそうだ。

大雑把だけど布団を敷き終わり、ぺらりとめくってやる。
「ほら」と顎で指してそこに寝るように言うと、素直に名前は布団へ潜り込んだ。


「酒飲んだら、あんなんになるなんて聞いてないよ」
「……ごめん」


先程までの暴走状態とは打って変わって、名前は謝罪を口にした。
飲んでいた量から考えると確かにすぐに醒めてもいいとは思うけど。
気まずそうに目を伏せている様子に、俺は頭に手を伸ばした。
頭から優しく撫で、最後は頬に手を添える。

名前の潤んだ瞳が俺を見た。


「結構焦ったんだからな」
「…ほんと、ごめん。もう飲まないから」


十分に反省した顔を見て、俺は満足だ。
まあ、こんなに反省するなら…



「…俺と、二人の時だけなら飲んでいいから」



少し面倒な名前だったけど、素直になってるところは可愛かった。
口に出して言うのは恥ずかしいから、絶対言わないけど。
しかも他の男に絡みに行くのはマジで勘弁。


「…そうだね。善逸と二人の時に飲もうかな」
「是非、そうしてよ」


ふ、と笑いながら俺は布団を名前に被せる。
それを名前が見てぽつりと零した。



「善逸って、優しいし、カッコイイよね」
「は?」


言ってすぐに名前は布団に顔を隠してしまった。
目を見開いて俺は名前の身体を揺する。

「え、え?どういう事?」
「…何でもない。酔ってるだけ!!」

そう言って布団から一向に顔を出さない彼女に、俺は呆れつつもくすりと笑みをこぼした。


あー、酒の力って凄い。







atogaki
なおさま、リクエスト有難うございました!
今回はお酒を飲んだヒロインちゃんが酒癖悪く炭治郎に絡む→善逸焦るというようなお話をご希望でしたが、いかがだったでしょうか?
個人的にはもっと暴れさせたかったのですが、まるで昔の自分を見ているようで胸が痛んだのでここらで止めてしまいました。。。すみません。
お酒を飲んでものまれるなという事で。
若い時は分量が分からずよくマーライオン化しておりましたが、最近は酔う事もなくなって寂しく感じる私で御座います。
こんなものでよければお納めくださいませ。
この度はリクエスト有難うございました!

お題元「確かに恋だった」さま

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