嘘はつかない、やるときはやる男


「いつまで通うつもりだ、馬鹿じゃねぇの?」
「うるっさい!伊之助には一生わかんねぇよ!!俺の好きにさせろぉ!!」
「任務の行き帰りにいっつも甘味処へ寄られる俺らの身にもなれや、ボケェ!!」

ある日、蝶屋敷でゆっくりしていたら、伊之助が額に青筋を立てながら、俺に罵声を浴びせてきた。
伊之助の言う通り、ここ最近俺はずっと常連になりつつある甘味処があり、任務の行き帰りには寄るようにしている。
最近は三人での任務が多いから必然と三人で甘味処へ行くことになるのだが、
甘いモノがそこまで好きでもない伊之助の限界が来たようだ。

俺と伊之助の間に炭治郎が入って、俺達を引き剥がす。

「まぁまぁ、伊之助。善逸はあの娘に会いたいんだよ。俺らは見守ろう」
「好きならコソコソ会いに行くんじゃなくて、さっさと伝えればいいじゃねーか、馬鹿じゃねえの!!」
「はぁぁぁぁああ!? ふざけんな!! それが出来たらここまで通い詰めてねぇよ!!」

結局炭治郎が間に入っても火に油だったみたいだ。

俺が甘味処へ通う理由は何も甘いモノが食べたいからじゃない。
甘味処で奉公している女の子目当てだ。
彼女を一目見た時に俺はまるで身体中に電気が走るような感覚になって、その場で結婚を申し込んだけど、苦笑いでかわされた。
だけどそれから何度か通う内、最初の怪訝そうな空気から打って変わって、俺なんかのために笑ってくれるようになって、今では和やかな雰囲気で会話を楽しむ事が出来るくらいにまでなったんだ。
まあ、その間炭治郎と伊之助は、黙って甘味をつまんでいるだけなんだけどさ。

「伊之助の言う通りでもあるぞ、善逸。一度、想いを伝えてみればどうだろう」
「炭治郎は簡単に言うけどさ、一度結婚を申し込んで断られてるんだぞ!?」
「初見で結婚を申し込まれて、はいと答える女性はいないと思うぞ…」

伊之助が鼻で笑う。
確かに炭治郎のいう事はもっともなんだけど。
俺はぐぬぬ、と言葉に詰まり視線を泳がせた。

「だ、だったらどうすればいいんだよ…」
「簡単じゃねーか。番になれって言えばそれで…」
「伊之助、それは善逸の二の舞になるよ」

呆れた声で炭治郎が伊之助を制止する。
俺の二の舞ってどういうことだよ。おい。

「今度行く時に想いを伝えるのも一つの手だ、善逸」
「…想いを、伝えるかぁ」
「気軽に結婚を申し込んではいけないぞ。一気に女性の警戒心が高まる」
「何か炭治郎が恋愛の伝道師みたいだな」

炭治郎に言いくるめられている気もしなくもないが、俺はしぶしぶ納得した。
それを見て炭治郎はニコリと笑って満足そうに頷いた。

「わかった。俺、あの娘に好きっていうよ」
「そうするといい。きっとうまくいくよ」
「今から行ってくる!!」
「うん、今から…えっ!?今から?」

俺の発言を聞いて炭治郎が驚愕する。
それもそうだろう。日はとっくに沈んでこれからドンドン更けていくという時間。
甘味処も閉まる時間だろう。
炭治郎が俺を止めようと、手を伸ばしたけど俺はそれを振り払って部屋を飛び出した。

「上手くいったら報告するからなぁ!!」
「ちょ、待て善逸!時間を考えるんだ、善逸!!」
「……アイツ、馬鹿だな」

伊之助の声が最後に聞こえたけど、俺は足を止める事なく、目的の場所まで全力疾走する。


――――――――――――――――――――


蝶屋敷から全力疾走してきた。
甘味処が見える手前くらいで、俺はするはずのない音が聞こえて、俺は足を止めた。
嘘、だろ?

恐る恐る歩を進めながら、耳に手を当てて音をよく聞き取ろうとする。
嘘だ嘘だ。この音は、そんなはずない。
自分の耳がどれだけ正確なのか、今まで嫌と言うほど知っている筈なのに。

ギリ、と歯を噛みしめながら俺はまた出来うる限り疾走する。
この音は、鬼のソレだ。
しかも甘味処へ近付くにつれ大きくなっている。
嫌な予感が頭を過る。
自然と握っていた拳に力が入る。

「っざけんな!!」

間に合う。
間に合わせる。
頬に伝う汗が鬱陶しい。

甘味処の前まで走って、俺はその光景に息を飲んだ。
店の扉、壁が吹っ飛んでいる。
密かに悲鳴も聞こえる。

ズシャァ、と急停止し、俺は壁だった木の板に手を掛けて中へ侵入した。

「名前ちゃん!!」

中は酷い有様だった。
椅子やな何やらはバッキバキの粉々、壁にはあちらこちら穴が開いて、店の中心に男の鬼が背中を向けて立っていた。
鬼の前には店のおばちゃんと名前ちゃんが身を寄せ合って震えていた。

「あぁ?」
「我妻さん!!こっち来ちゃだめ!!」

鬼の顔がグルンと俺の方へ向く。
額に大きな角が一つ。
爪には彼女たちの血が滴っていた。

名前ちゃんは俺を視界に捉えると、必死の形相で首を横に振った。
良かった、生きてる。

俺は自分の腰にある日輪刀に手を掛け、唾を飲んだ。
情けない事に足が震えている。
俺は、この娘を守れるだろうか。
俺がやらなきゃ、この娘は死ぬ。

考えれば考えるほど俺は嫌な考えがぐるぐると頭を支配する。
歯がガチガチと音を鳴らし始めたとき、鬼の口がにやりと笑ったのが目に入った。

「は、こいつ鬼殺隊なのか?こんなのが?」

俺の情けない姿を見て鬼が笑う。
俺もそう思うけど、今は引けない。
震える手の振動が刀に伝わる。

「我妻さん!!逃げてぇっ…!!」

名前ちゃんの悲痛な叫びと同時に鬼が俺に向かって飛んだ。
その瞬間、俺は意識を失った。



―――――――――――――――――――


「我妻さん、我妻さん、起きて…」

俺を呼ぶ名前ちゃんの声で俺は目を覚ました。
目を開けたら心配そうな顔をした名前ちゃんが俺の方を揺さぶっていた。
俺は店の壁を背もたれにして座っていた。
キョロキョロと周りを見渡して俺は現状を把握しようと必死だ。

「お、鬼は!?」
「鬼…先程の化け物ですか…?それなら、我妻さんが…」

名前ちゃんがすっと身体を避けて、彼女の後ろに転がっている鬼の体を指さした。
頸と胴体が離れている。
体の方は砂へと変化しており、滅する事ができたみたいだ。
え、なんで?

「我妻さんが、私達を助けてくれたんですよ?」
「へ、へぇー…そ、そうなんだ」

名前ちゃんがそう言うけど、にわかに信じがたい。
まあ、それは別にいい。
それよりも

「名前ちゃん!!ケガはない?」
「私は大丈夫です、奥様が庇ってくださいました」

ちらりと反対側で座っている甘味処の奥さんに目をやる。
確かに腕からは血が出ていたが奥さんは「私のはカスリ傷ですから」とニコリと微笑む。

「すぐに隠密部隊が来るんで、応急処置をしますから」

俺は慌てて飛び起きて、奥さんの腕を捲り、傷口に布の端切れを当てた。
チュン太郎が居ない事を考えれば、きっと呼びに行ってくれている筈だし。

実際、応急処置が完了した所で隠の部隊が走ってやってきた。
その後ろには炭治郎と伊之助も居た。

「善逸、大丈夫か!!」
「こっちはね」

炭治郎は俺の横に座り、俺の様子を確認した後安堵の息を漏らした。
伊之助は刀を鞘に戻し「なんだ、もう仕舞いか」と呟いていた。

「後は隠の人と俺達に任せて、善逸は名前の傍にいてやるんだ」

炭治郎が優しく微笑む。
俺は有難いとコクリ頷き、名前ちゃんを連れて店の外へ出た。

「大丈夫?」
「え、えぇ…私は、大丈夫です」

大丈夫と言う名前ちゃんの顔色は良くない。
それもそのはずだ。
あんな怖い体験をした後だから。

俺は戸惑いながら彼女の肩に手を置いた。

「名前ちゃんが、生きてくれて良かった」
「あがつま、さん」

名前ちゃんの瞳が俺を見つめる。

「私、我妻さんが死んでしまうかもしれないと思って…怖かったんです」
「え、俺?」

自分の身より、俺の心配をしてくれていた彼女に俺は胸がときめく。

「死んでほしくなかったから…」

そう言って彼女は俺の胸に飛び込んできた。

俺はあまりの展開に吃驚してすぐに反応できなかった。
だけど、恐る恐る彼女の背中に手を回して、抱きしめ返した。

「俺も、名前ちゃんに死んでほしくない。…好きだよ」
「す、すき…私を、ですか?」

慌てて彼女が顔を上げる。
仄かに赤くなった顔を見て、俺はくすりと笑った。


「どうか、俺と結婚を前提にお付き合いして下さい」


炭治郎には止められていたのに、俺はまた彼女に結婚を申し込んでいた。
だけど、今度は大丈夫そうだ。
彼女が返事の代わりに俺を更に強く抱きしめてきたから。


嘘はつかない、やるときはやる男
それが俺、我妻善逸。







atogaki
柚月さま、リクエストありがとうございました!
甘味屋で働く女の子とその子を目当てに通う善逸
炭治郎と伊之助に思い切って告白してはと言われ機会伺う。
その夜、甘味屋に鬼が出て女の子が襲われそうになっている所、善逸が助けて告白するというお話がご希望でしたが、いかがでしょうか?
もう書き足りなくて書き足りなくて泣きそうです(´;ω;`)
これだけで三部作いけました、くそぉ…。
ボリュームすぎたので泣く泣くカットですが、後悔がやみません…このようなものでよければ、お納め下さいませ(´;ω;`)(´;ω;`)
この度は誠にありがとうございました!

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