それきり会話はなかった。きみの手が温かかった。


「なんか、様子がおかしいと思いませんか?」
「…名前ちゃん、俺の後ろに居て」


今日は二人だけの単独任務。
夕方の内に二人で蝶屋敷を出て、目的地まで足を運んでいた。
目的地である山に着いた頃、既に辺りは日が落ちて真っ暗になっていた。
こんな時に山へ入るのは正直嫌なんだけど、善逸さんがいるし、人をそんなに食べていない鬼と聞いていたから、
嫌々山へ足を踏み入れたのだ。
足元悪い道を二人で歩いていた時、私は辺りをキョロキョロと見回しながら異変に気付く。
善逸さんが私の前に出て、私を庇うように腕を広げる。

「音が、聞こえない」

善逸さんが唇を噛みながら言う。
私もそう思っていた。
善逸さんの声は聞こえる。
でも、環境音というのか、木々の揺れる音、風の音が何も聞こえない。
そんな事ありえない。

耳の良い善逸さんが聞こえない、というのはどう考えてもおかしい。

ちゅん、とチュン太郎ちゃんが私の肩へとまる。
私達は暗闇の中、辺りに五感を研ぎ澄まして鬼が仕掛けてくるのを待った。

善逸さんが前傾姿勢になる。
何を感じたのだろうか。そっと右手が刀の唾に当たってカチャリと音がした。
私もゴクリと唾を飲み込む。

「雷の呼吸」

善逸さんの声がその場に響き渡る。
バチバチと善逸さんの身体から発せられる稲妻に、私はゆっくり後退する。
目の前の暗闇には何も見えないけど、善逸さんには見えるみたいだ。
何か、いる。

「壱ノ型 霹靂一閃」

善逸さんがそう言って、前方に大きく跳躍する。
その瞬間、私は自分の視界がぐらりと歪んでいる事に気付いた。

「え、善逸さ…」

歪んだ視界の中、技を繰り出そうとしていた善逸さんがモノクロ写真のように色を失っていく。
慌てて善逸さんに向かって手を伸ばしたけど、黒い壁に弾かれてしまう。

「痛っ」

弾かれた手を擦って前を見たら、善逸さんの姿は消えていた。
暫く私は茫然と目の前の光景を見るしかできなかった。







「ど、どうしよう…チュン太郎ちゃん、善逸さんとはぐれた、はぐれた!」

掌に乗せたチュン太郎ちゃんに向かって私は焦りの言葉を口にする。
鬼の力か何か分からないけど、意図的に私たちは引き離された。
前にもこういう事はあったけど、その時よりも私は焦っている。
今は鬼の強さを身を持って実感しているから。
善逸さんがいない私など、小指で一捻りできる小娘状態。
まるで一時の善逸さんが乗り移ったかのように私は、目の前の雀、チュン太郎ちゃんに嘆く事しかできない。

私の掌から飛び上がり、チュン太郎ちゃんが私の頬に頭を擦りつけてくれる。
それがまるで「大丈夫だよ」と言わんばかりの行動だったので、私は少し安心することが出来た。

「…これじゃ、まるで善逸さんみたいだね。しっかりしないと」

落ち着いて考えれば今まで何度も経験しているのだから、いい加減慣れればいい話だ。
善逸さんが居ない事を嘆くよりも、私に出来る事をしないと。
いつも私がしているように。

「善逸さんを探そっか」

にこりとチュン太郎ちゃんに微笑むと、可愛らしく私向かってチュン太郎ちゃんが鳴いた。
周りは木々が生い茂る場所。
相変わらず音は聞こえないけど、歩いていたら善逸さんにたどり着くかもしれない。
それか、善逸さんが私達を見つけてくれるかもしれない。

「…でも音が聞こえないんだよね、厄介だな」
「ちゅん」
「歌を歌いながら歩けば気付いてくれるかな?」

冗談のように真横を飛ぶチュン太郎ちゃんに問いかけてみる。
案外喜んでくれたようで、私の頭の周りを何度も旋回して飛び始めるチュン太郎ちゃん。
ああ、もう可愛い。

「それにしても、さっきから景色変わらない気がするんだけど…気のせい?」

辺りを見回してみる。
元々山の景色なんて似たようなものだと思うけど、それにしても見慣れた木々が多いような気がする。
もしかしてずっと同じ場所をぐるぐるしているだけなんじゃなかろうか。
私が首を傾げているとチュン太郎ちゃんが上空高く飛び上がった。
上から見てくれるんだ、助かる。

だけど、一定の高さまで飛んだチュン太郎ちゃんが、見えない何かにぶつかってそのまま真っ逆さまに落下してくる。
慌てて私は手を広げ、チュン太郎ちゃんをキャッチした。

「大丈夫?チュン太郎ちゃん」

すぐに私の掌の中で態勢を立て直すチュン太郎ちゃん。
どうやら大丈夫のようだ。
それにしても上もダメだとは。

「もしかして、詰んだ?」
「ちゅん」

絶体絶命、という状況かもしれない。

その時、背後の草むらからガサガサと音がした。

「善逸さん?」

草むらへ私たちは視線を飛ばして、声を掛けてみる。
音はすぐに止んだ。その代わり、中から手がすっと伸び出てくる。
ただしそれは私達が期待していた手ではなかったけれど。

灰色に染まった長い腕。
爪は長く鋭く伸びていて、まるで私達を狙っているようだ。

「…あー…取りあえず、逃げよっか」

言うが早いか。
私とチュン太郎ちゃんはその場から脱兎の如く走り出した。

山道を下っているのか登っているのか分からない。
けれどなるべく早く足を回転させて後ろから迫ってくる鬼から逃げないと。
私の掌からチュン太郎ちゃんが飛び、私の顔の横で大きく鳴く。
状況は最悪、鬼に遭遇した非戦闘員の小娘と雀が一匹。

ちらりと後ろを振り返ると、伸びた腕だけがもう真後ろまで迫っていた。

「イィィィッ!!きもいきもいきもい!!」

あまりの気味の悪さに泣き出しそうだ。
視線を外したのがいけなかったのだろうか、足元の小石に足を躓いてしまう。

「え、嘘…」

口に出した時には身体は完全に傾き、そのまま地面へ転がる私。
慌てて起き上がるも、背後に迫っていた腕は私の前にあった。

「ちゅん、ちゅん!!」

私と腕の間に割って入るようにチュン太郎ちゃんが飛んでくる。
小さい身体で私を必死に守ろうとするその姿に、私は思わず声を上げた。

「チュン太郎ちゃん、逃げて!!」

腕がすっと伸び、チュン太郎ちゃんを握り潰そうとする。
喚き散らしながら逃げるチュン太郎ちゃん。
でも時間の問題だ、このままでは二人ともあの世逝きだ。
ぐるぐると思考を巡らせ、打開策を考える私。

駄目だ、何も思い浮かばない。
鬼の手がチュン太郎ちゃんの羽を捉えた。
私は自分の懐から短刀を取り出して、その腕に短刀を力の限り刺す。

鬼の手から逃げ出したチュン太郎ちゃん。
それを見て安堵したのもつかの間、今度は私の眼前に鬼の手があった。

やられる…!

ぎゅうっと瞼を閉じた。



「雷の呼吸 壱ノ型  霹靂一閃」



その瞬間聞きなれた声と共に、私の目の前から異形の悲鳴が響く。
そっと瞼を開けたら、私の前には大きな金色の背中があった。


「あ…」


鬼の腕はボロボロと地面に落下していく。
いつの間にか、私の視界には全く見えなかった鬼の姿がそこに映し出されていた。
無くなった腕を押さえ、こちらを睨む鬼。
腰の日輪刀を構えた善逸さんが対峙している。

「…くっ、死ねぇぇええ!!」

残っている片手を善逸さんに向けて伸ばす鬼。
その攻撃を華麗に避け、善逸さんは鬼の間合いに入る。

「雷の呼吸」

攻撃を避けながら聞こえる息遣い。
善逸さんの周りに稲妻が走る。

「壱ノ型 霹靂一閃」

次の瞬間には鬼の頸は宙を舞っていた。



―――――――――――――――



「善逸さんが来てくれて良かった、素敵、カッコイイ、最高」
「…あのね、そんな棒読みで言われても、全然嬉しくないんだけど。何なの?馬鹿にしてる?」

鬼が滅せられたと同時に辺りの様子も元の山のそれに戻った。
少し焦った顔の善逸さんが私達の無事を確認したあと、何か言いたげだったので想いの丈を言葉にしたんだけど不服だったようだ。

はあ、と大きなため息を吐いた善逸さん。
善逸さんの腕が伸びて、私の身体は善逸さんの胸へすっぽり収まってしまう。

「急にいなくなるから、焦った…」
「…心配をお掛けしてすみません」

居なくなったのは私の所為じゃないけど。一応心配は掛けたので謝っておく。
それよりも私の心臓がうるさいのは善逸さんの所為なんでけど。

「チュン太郎ちゃんが庇ってくれたんですよ?」
「ちゅん」
「へぇ」

そう言って背中にあった手でチュン太郎ちゃんを撫でる善逸さん。
チュン太郎ちゃんが気持ちよさそうな顔をして鳴く。可愛い。

「俺が居なくて焦った…?」
「……はい」

更に強く抱き締められる。
情けない事に善逸さんの言う通り。
あの焦り方は善逸さんには見せられない情けなさだ。

「じゃあ、離れないようにずっと手を繋いでおかないと」

すっと身体を離され、ニヤっと笑う目が私を見る。
善逸さんからそう言うのが珍しくて、言われ慣れてなくて。
私は体温が少し上昇した。







atogaki
花鈴さま、二度目のリクエスト、ありがとうございます!
任務に向かう途中、善逸と夢主がはぐれて、チュン太郎と夢主が善逸くんを探す中、鬼に遭遇してしまい、チュン太郎が鬼から夢主を守り、ピンチの時に善逸が助けに来てくれる話をご希望でしたが、いかがだったでしょうか?
あれですよね、雀と非戦闘員が一緒にいると悲惨な事にしかならないという事がわかりますね。
一刻も早く善逸には助けに来てもらわないといけませんでした (笑)
本編以上にチュン太郎と絡みましたね。多分、これからも本編では見る事がないでしょう-^^
もっと甘くすればよかったと後悔の念が押し寄せてきますが、こんなもので良ければお納めくださいませ。
またご感想を頂けますと、泣いて喜びます!
この度は誠にありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま

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