一度くらい、愛してよ


私達は確かに恋人という仲の筈だ。
体育祭の後、善逸に呼び出されて告白されたのが懐かしい。
あの時ほど善逸にときめいた日は無かった。

それがピークだったなんて。



恋人というが、私達の間にある関係は友達が一番似合うだろう。
放課後はお互いの家に行くことはあっても、適当に遊んで終わり。
休日も遊びに行って終わり。

朝と帰りも一緒だけど、隣にいるだけ。
本当にこれが恋人なのだろうか?
善逸はいいよ、人の考えている事が分かるんだから。
私は善逸の音が聞こえないから、何を考えているかわからない。
告白されたのだって、周りにカップルが増えてきたもんだから焦ってしたのかもしれないし。
告白されてから日に日に私の気持ちは不安になってくる。

そんな不安な音を知ってる筈の善逸は、大して思う事が無いのかノーアクションだし。
もうこれは友達に戻るべきなんじゃないだろうか、と本気で悩んでいたある日。


放課後、富岡先生に呼び止められ雑用を任された。
雑用自体は本当にすぐ終わる簡単なものだったので、善逸を教室に待たせて私は仕事を終わらせたのだ。
とは言え、教室に残っていたのは善逸だけだったから、少しでも早くと思って廊下を小走りで駆けていく。
私達の教室の前に差し掛かったその時、教室から声が聞こえたのだ。

一人は善逸の声だ。
そしてもう一人は後輩の女の子。
最近善逸の周りにウロウロしている子だった。
私が隣にいるとそそくさとどこかへ行ってしまうが、居ない時間を見つけて善逸に会いに来ているのを知っていた。
それを私は良く思っていなかったし、善逸にもあしらって欲しかった。
でも口に出す勇気は無くて、いつも善逸が後輩と話すのをちらりと眺める事しかできなかった。



「善逸先輩、今度一緒にスイーツ食べに行きませんか?」


ゆっくり教室へ近付いていくと、何の会話をしているのかまで分かってしまった。
デートのお誘いを受けているのだ、善逸は。
断るもんだと思っていた、仮にも私という恋人がいるんだから。
なのに善逸は甘い声で「どーしよっかなぁ」と言ったのだ。
私の前ではそんな声出さない癖に。
なんで?断ってくれないの?
ずん、と胸に黒いもやが広がっていく。

好きだと思っていたのは私だけだったのか。
一回考えてしまったら、もう止まらない。


「ねえ、何してるの?」


気が付いたら教室に入っていた。
私が突然現れた事で驚いた顔をする後輩。
善逸は私が居る事を分かっていたような顔をしていたけど、その顔が余計癪に障る。

「せ、先輩…いえ、何でも…」
「ふーん。凄く楽しそうだったね、善逸」
「…何が言いたいの名前」

善逸の冷たい目が私に刺さる。
ズキンと胸が痛むのを感じた。
何で分かってくれないの?

「スイーツでもカラオケでも好きなとこ行けばって思って」
「はぁ?どういう事?」
「この子と行くんでしょ。どうぞご勝手に。楽しんできてね」

「おい、名前!!」


思ってもない事を口に出していることは分かっている。
それでも止まらない。
善逸に呼び止められたけど、その場に居る事が耐えられなくて私は踵を返した。







「大丈夫か、名前」


教室を出た私が向かった先は、下駄箱だった。
そのまま帰るつもりで下駄箱へやってきたら、そこに炭治郎が居たので挨拶をしたんだけど、
炭治郎に「何かあったのか?」と言われてしまって、私の涙腺が決壊した。
下駄箱には炭治郎以外居なかったから良かったものの、突然泣き出した私に炭治郎はとても驚いてパニックになっていた。
結局私たちは外にある花壇の前のベンチで腰を掛け、私が落ち着くのを待った。

その時に簡単な説明をしただけで炭治郎には分かってしまったようで、腕を組んで眉を八の字にしている。
涙が止まるのを待っている筈なのに、全然止まってくれない。
炭治郎がポケットからポケットを差し出してくれたので、有難く頂戴した。


「なんで、何でわたし…善逸の彼女、だよね?善逸は、そう思ってくれてないの、かな」
「そんな事は無いと思うぞ」


ぐずぐずしゃくり上げて言う私に炭治郎は優しく宥めるように言う。
でも全然そうは思わない。
だって、事実そんな関係じゃない。キスだってしてない。
手は繋ぐ、かもしれないけど、遊びのついでだし。
本当に彼女なの?

「善逸は…確かに女子が好きでダメな奴だけど、でも名前のことが好きで、大切に思っているよ」

「そんな雰囲気全くないんですけど」

ははは、と困ったように笑う炭治郎。
炭治郎は鼻がきく。相手の気持ちも匂いで分かってしまうから信憑性はあるんだけど、
信じる事が出来ない私。

あー…そろそろ善逸の所に戻らないと、いけないよね。

「もう戻るのか?」

私の顔が更に曇ったのがわかった炭治郎が問う。
戻りたくはない、だってあの教室は甘い会話で一杯だった。
私とはしない会話で、雰囲気で。
でもカバンも置きっぱにしてるし。

「…炭治郎、ありがとう。もう大丈夫だよ」
「全然大丈夫そうには見えないけど…」

ついていこうか、と炭治郎が声に出した時。


「その必要はないよ、炭治郎」


被せるようにいる筈のない人の声が掛けられた。
私は吃驚して声の方へ目をやると、目の座った善逸がそこに立っていた。
炭治郎はふっと表情を柔らかくして「そうか」と言い、ベンチから立ち上がる。
私は炭治郎に何処かへ行ってほしくなくて、思わず炭治郎のジャケットの裾を握った。

「離せよ名前」

すぐに善逸が近づいてきて、それは引きはがされてしまったんだけど。
炭治郎は柔らかく私に笑って「大丈夫だから、名前」と言った。
大丈夫じゃないよ、私が善逸といるのが無理だ。
でも炭治郎はそのまま下駄箱へ戻って行ってしまった。
その場に残されたのはぐずぐずの私と怖い顔の善逸だけ。


善逸は乱暴に私の隣に座って、何も喋らない。
私も何も話さない。
気まずい空気が流れる。


どうしよう、と思っていたら先に沈黙を破ったのは善逸だった。


「炭治郎の前で泣いてたの?」


私の腫れぼったい瞼とハンカチをみてそう判断したんだろう。
もしくは音を聞いたか。
どちらでもいい、私は事実なのでコクリと頷いた。

「何で?」

何で、と言われても。
アンタの所為だよとは言えず、私はまた黙秘に入る。
それが面白くないのか、善逸が唇を尖らせたのが分かった。

「そんなに、炭治郎がいいのかよ」

ぽつり、と零されたセリフに思わず顔を上げた。
善逸の顔は酷く苦しそうで、切ない顔でこちらを見ていた。
こんな顔の善逸は初めて見た。
私は思わず吃驚して「え?」と尋ねたけど、善逸は突然私の右腕を引っ張った。

突然の事だったので、私はされるがまま身体も引っ張られてしまって。
ボスン、と善逸の胸の中にいたのだ。

善逸に抱きしめられた、と理解した時、私は善逸の胸板を押したけど、全然びくともしない。
むしろさらに力を入れて抱きしめられる。

やめて、そんな事しないで。
だって、善逸は…私なんかより、私なんて、何とも思ってないでしょ?
私だけが苦しい。


「ぜ、いつ…離して」
「離さない」
「お願い…これ以上、私を惨めにさせないで…」


何とか絞り出した声はとても弱々しくて、普段の私とは全く違っていた。
善逸は何も言わない。




「私だけが、善逸を好きでいるのがつらいの…お願い、もう離して」



懇願するようにそう言うと、善逸が「は?」と呟いた。
すぐに身体を離され、両肩を掴まれ、無理やり目を合せられる。

不安そうに揺らいだ瞳がそこにあった。

「炭治郎のことは、」
「え?」
「炭治郎の事が好きなんじゃないの?」

掠れた声だった。
私は言われた意味が一瞬分からなくて、ぽかんとしてしまったけど、
「違うよ」と即答することが出来た。


「善逸が、好きだよ」


私がそうやって零すと、善逸の顔がくちゃっと歪む。
そして、また身体を抱きしめられる。

「ずっと、炭治郎が好きなんだと思ってた…」
「なんで?」
「名前は炭治郎といる時、音が安定してるから」
「炭治郎は優しいから、ね」

心底ほっとしたような声だった。
でも私はよくわからなくて、まだ理解不能だ。


「…なんだよ…俺バカみたいじゃん」
「どういうこと?」


背中から聞こえる声に尚更混乱する。
どういう意味?分かりやすく教えて欲しい。



「他の女の子と仲良くしてごめん」



善逸は私の後頭部を抑えて抱きしめる。
不安だったんだ、と私と同じように弱々しい声が紡がれる。
何だ、このバカ。いや、馬鹿なのは私もか。
胸にあった黒いもやが一瞬で晴れていくような感覚になる。



「俺も名前が好きだよ、ずっと」



そう言って、善逸は私の唇に自分のそれを重ねてきた。
吃驚して目を開ける事しかできなかったけど、ゆっくり私も目を閉じて善逸に身を任せる事にした。


一度くらい、愛してよ。

一度どころか最初からずっと愛してるよ。








atogaki
柚木さまリクエスト有難うございました!
恋仲で女の子に声をかけてられデレデレしてる善逸を見て嫉妬し喧嘩する
その事を炭治郎に相談している所を善逸に見られ浮気かと言い合いになるが最後は、お互い仲直りしてより深い仲になる
というお話でしたが、いかがでしたでしょうか?
思った以上にボリューミーになってしまいました、すみません。。。
それでは、またご感想など頂けると嬉しいです^^

お題元「確かに恋だった」さま

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