クライマックスの時は近い


「名前ちゃん、ちょっと」

善逸さんにチョコを渡してから一月が経過したころ。
朝一、まだ皆が活動を始める前。
私の部屋をコンコンとノックする音に私は気が付いた。
もう起きていたとはいえ、こんな朝から訪ねてくる人なんてそう居ない。
扉を開けたら、まだ寝ぐせがついてる善逸さんがそこに立っていた。

「おはよう」
「おはようございます。夜這いですか?」
「よッ!! 夜這いじゃない!! そうじゃない!! しかも今、朝じゃん!」
「そうでしたね。どうぞ」

体を避けて、顔を赤らめる善逸さんを招き入れる私。
「嫁入り前の女の子が何てこと言うんだよ…」とブツブツ文句を言いつつも、大人しく中へ入る善逸さん。
そう言う貴方は、嫁入り前の女子の部屋を訪ねてきているんですけど。

小さいちゃぶ台の前に座布団を置いて、そこに座ってくださいと言うとちょこんと可愛らしく正座する。

「朝からどうされましたか?」

自分の髪の毛に櫛を通しながら善逸さんに尋ねると、彼は何故かモジモジしながら顔を俯かせてしまう。
何かあったのだろうか。髪のセットの途中だったけど、それを放棄して善逸さんに向き直る私。
依然として善逸さんは私を見ないようにして、手をくるくる回したり、体を揺らしたり落ち着きがない。

「いや…あの…」
「善逸さん?」
「ええっと…ほら、名前ちゃん、俺にくれたじゃん、か、菓子…」
「…あぁ。バレンタインですか?」

はっきり物を言わない善逸さんの言葉を読み取って、そう尋ねるとこくりと善逸さんが頷いた。
そう言えばすっかり忘れていたな。
今日は3月14日。ホワイトデーという奴だ。

ふうん。

善逸さんの言いたい事が何となく分かって、私はするすると善逸さんの隣へ移動する。
ビクンと跳ねる善逸さんの姿を見て気付いたけど、この人顔真っ赤なんですけど。
めちゃ恥ずかしがってるんですけど。

思わずくすりと笑ってしまった。
そしてちょっとした悪戯心が湧いてしまった。


「私はお返しの贈り物を頂けるんでしょうか?」


善逸さんの膝にある固く握られた拳に、手を添えると面白いくらいに善逸さんの身体が揺れた。
動揺してる、面白い。

首まで真っ赤な顔を見つめながら、私は首を傾ける。
善逸さんの口元に集中して待っていたら、やっと善逸さんが口を開いた。

「…こ、これ」

すっと懐から細長い箱を取り出して、震える手でそっと私に押し付ける善逸さん。
顔はあらぬ方向を見て、完全に顔を背けている。
私から見える善逸さんの耳は真っ赤っか。

「開けていいですか?」
「ど、どうぞ」

善逸さんから貰った細長い箱をそっと開けると、まず目に入ったのは綺麗な黄色とオレンジのとんぼ玉。
これは…

「かんざし、ですか?」

そっと手に取って、顔の前に持ち上げる。
とんぼ玉の中の気泡が神秘的に見えて、とても綺麗だ。
そしてとんぼ玉から続く可愛らしい鈴まで付いている。
チャリチャリなってるそれが、まるで私のシュシュみたいだな、なんて思って口元が緩む。

「素敵ですね、頂いて良いんですか?」

善逸さんの顔をわざと見ようと近付くと、すっと善逸さんは退いた。

「名前ちゃんのために、選んだから…」
「…ありがとうございます」

避けられてちょっとムっとしたけど、頂き物が素敵だったので許そう。
お礼を言って私は自分の髪を纏めていく。最後にそれを頂き物の簪を差して、善逸さんに見えるように顔を背けた。

「どうですか?似合います?」
「……似合う」

あら、珍しい。
いつもの善逸さんなら、何を聞いても仏像になるのに。
すぐに返ってきた返答に吃驚して顔を戻すと、そこにはまだ顔が赤いけど優しい表情の善逸さんがいた。
その顔で私の胸も少しだけ反応する。

「じゃ、じゃあ!! 俺はもう戻るから!!」

そう言って、逃げるように私の部屋から飛び出していく善逸さん。
慌ただしい人だ、と思いながらも私は自分の手鏡で後頭部を確認する。

善逸さんとお揃いの色だ。
ふふ、と漏れた笑みに私まで恥ずかしくなってしまった。



――――――――――――――


縁側で二人並びながらアオイさんと一緒に洗濯物を纏めていたら、目の前のアオイさんの視線が私の頭に集中している事に気付いた。
不思議そうな顔をしていたので、私は手を止めずに「頂いたものなんです」と言った。
自分の横に畳み終わった服を重ねながら、アオイさんが声を上げる。

「えっ…善逸さんからですか!?」
「そ、そうですよ」

酷く驚愕した顔で大きく口を開けるアオイさん。
私は若干引きつつも肯定するとさらにアオイさんが声を上げた。

「承諾されたんですか!?」
「しょうだく?」

何のことだろう。
普通に簪を頂いただけなんだけど。
オウム返しをして尋ねるとアオイさんの血の気が引いた顔が見えた。

「男性が簪を贈る意味、ご理解されていますか?」
「意味なんてあるんですか?」

私の返答にとうとうアオイさんは手元を止めて、自分の顔を覆い隠してしまった。
え、え?私、そんなにヤバイこと言ってるの?
そして「少しだけ善逸さんが可哀想に思えます」とぽつり呟いた。

「あの…?」
「いいですか、名前さん。男性が女性に簪を贈るのは『一生添い遂げたい』とか『一生、貴方を守る』という意味があるのですよ」
「……えっ?」

はあ、と盛大なため息を吐くアオイさんの言葉に思わず言葉を失う私。
さらに続けるアオイさん。


「しかもその簪、善逸さんと同じ髪色ですよね。まあ、言うなれば『貴女は私のもの』といった感じでしょうか?粋な事しますよね、善逸さん。それでも、気付かれていないのなら意味はないですけど」


さーっとアオイさんに続いて私は血の気が引いていく。
恐る恐る後頭部の簪に触れると、チャリと可愛らしく鈴が鳴った。

「嘘…どうしよう」
「…すぐに善逸さんの所へ行くべきだと思いますが…」
「でで、ですよね!でも、どうしよう、恥ずかしくなってきた!」

朝の善逸さんのようにきっと私の顔色も赤い筈だ。
っていうか、だから朝の善逸さんは様子がおかしかったんだ!
それならそうと言ってくれればいいのに!
善逸さんのばか!
いや、馬鹿なのは私か。

「後は私がやりますので、さっさとどうぞ」
「ごご、ごごめんなさいアオイさん!戻ったら、バリバリ働きますので!!」

取りあえず、私はまだ残っていた洗濯物を全てアオイさんに託して縁側から飛び出した。

愛しい金髪を探し求めて。




――――――――――――


「ぜ、ぜ、」
「…どうしたの、名前ちゃん」

蝶屋敷の中、走り回ってやっとお目当ての人を見つけた時には、すっかり息も上がっていて、心配そうに声を掛けられる始末だった。
大体、いつも鍛錬で外に行く癖に、今日に限って道場にいるなんて!
てっきり外にいるものだとばかり思って、ダッシュした私が馬鹿だった。
炭治郎さんと伊之助さんだけが外にいて「善逸なら道場じゃないかな?様子がおかしかったし」と教えてくれなかったら、私はいつまでも外をウロウロしていたことだろう。

「ぜん、善逸さん、こ、これ、はぁ」
「落ち着いて、話は聞くから」

朝とは違い、いつもの善逸さんだ。
荒い呼吸を大慌てで落ち着かせ、深呼吸をする私。
ある程度呼吸がマシになったところで、本題を切り出した。

「善逸さん、この簪なんですけど…」

そう言うと、言っている意味が分かったのか、善逸さんの顔がボンと蒸気を発したように赤くなる。
あ、人間機関車だ。

「…そ、それが何?」

下手くそに顔を背け、気にしてないとでも言いたげだけど、お見通しだ。


「…これ、ちゃんと意味があって下さったんですよね?」


真剣な顔でそう尋ねてみるとギョロギョロと動いていた眼球がさらに動き回る。
動揺しすぎじゃないでしょうか?

「さ、さぁ…?」

明言はしない善逸さんに苛立つけど、気付かなかった私も悪い。
ふう、と息を吐いて私は善逸さんの手を無理やり掴んだ。



「謹んでお受け致します」



だから、どうかこっちを見てください。


ぎゅっと手を握るとやっと善逸さんが私を見た。


「…意味、分かってんの?」

唇を尖らせてそう言う姿に、私は胸が温かくなる。
そして私は善逸さんの胸に飛び込んだ。

「情けない事にアオイさんに言われるまで知りませんでした…」
「だろうね。知らないと思って渡したから」
「教えて下さってもいいのでは?」
「言えるわけないだろ」

背中に善逸さんの手が回る。
私も同じように力を込めて善逸さんを抱き締めた。




「それにしても菓子のお返しにしては大層ではないですか?」
「そう言うなら返して」
「ダメです。一生返しません」




どうやら、私達にはクライマックスの時が近いようです。






atogaki
てんさま!リクエストありがとうございました!
先程大慌てで載せたら最後のところがおもっくそ消えてて焦りました。
申し訳ございません…
簪、昔独身の時に月一で京都に旅行言っていた時に、自分の土産用に買ってました。
簪をつけると気分もピリっとしていいんですよね。
久しぶりに着けたいなと思ってしまいました。
そんな素敵なシチュエーションを頂きまして、誠にありがとうございます(´;ω;`)

お題元「確かに恋だった」さま

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