触れなくちゃ伝わらないこと


隣のクラスの女子に気味の悪い子がいる。

それはオカルト的な意味でもなく、ホラー的な意味でもなく。
ただただ、態度と音が一致していない、俺からすればちぐはぐの子。
最初は俺の耳がおかしくなったんだと思っていたけど、そうじゃない。
だって炭治郎も首を傾げてその子を見ていたし、伊之助も「なんだアイツ」と口に出すくらいだったから。

俺は風紀委員だから、毎朝校門に立って皆の風紀の乱れがないか見ているんだけど(決して邪な感情はない)
その時、その子とよく目が合うんだ。
ストレートヘアーの肩より少し長いくらいの髪が、サラサラと風で靡く。
目なんか吃驚するくらい大きくて、見つめられるとビクリとしてしまうくらいの影響がある。
そんな子が、俺と目が合うと一瞬で表情を崩し、そしてこう言うんだ。


「キモ」


朝の挨拶すらしてくれない。
言われている言葉は俺にしか向けられていない。
彼女の隣を歩いている友達も、毎朝の事で慣れているのか軽く窘めるだけだ。
別に女子に嫌われるのはいつもの事だから、いいんだけどさ。いや、よくはないか。
何がちぐはぐかって言うと、この子、音は全然そんな事ないんだよね。

むしろ、俺の事好意的に見てるような音がする。
俺と目が合うと、それまで静かだった音が一瞬でバックンバックン鳴り響いてるし、どういうことコレ?

毎回混乱するけど、俺の耳は間違ってないだろうから、嫌われていない事はわかる。
だけど、口からは俺を殺すような鋭い暴言しか出てこないから、好かれているのか本当にあやしくなる。

どっち?

彼女は苗字名前という女の子だ。
図書委員をしているとかで、放課後は図書室にいて静かに本を読むタイプ。
彼女とはあんまり喋った事は、ない。
隣のクラスだし。
だけど何であんなに暴言を吐かれるのか、身に覚えもなし。
何で?俺、何かした?




放課後になって炭治郎も伊之助も居残りがあるとかなんとかいうから、俺は一人で先に帰るつもりだった。
隣のクラスの前を通った時、教室に残っている人が一人窓の外を見ていたから。
俺はそーっと教室に侵入した。

「はぁ…」

大きなため息を吐きながら、彼女、苗字さんは窓の外の景色を見ていた。
俺には気付いていないようで、ブツブツ独り言のようなものを聞こえる。
…ええ、バッチリと。

「何であんな事言っちゃうかなぁ」

バッと自分の顔を両手で覆いながら、下を向く。
そしてもう一回盛大なため息を吐く。

「そんなんじゃ嫌われちゃう、よね」

手をずらすと苗字さんの潤んだ瞳が出てきた。
苗字さんが普通の言葉で喋っているのを、俺は初めて聞いた。
ほら、俺っていつも罵倒されるから、さ。

「誰に?」

だから自然と言葉が漏れていた。
言うつもりなんてなかったし、バレないうちに教室を出るつもりだったのに。
言った後、自分でも驚いて慌てて口を手で覆ったけど、後の祭りだ。
ゆっくり苗字さんの顔がこちらを向いて、そしてワナワナと震えはじめた。

「ギャァアアア!! 変質者っ!!」
「違う違う違うっ!! よく見て、俺、俺だから!!」

ふうっと息を吐いた苗字さんが、俺をマジマジと見つめる。
そして

「変質者ぁぁぁッ!!」
「だから、違うって言ってんじゃん!! どこ見てんだよオイ!!」

再度同じ事を吐き捨てる苗字さん。
俺は大慌てで彼女の口を押え、首をブンブン横に振った。
こんな所、他の人に見られたら、本気で変質者だと思われても仕方ない。

モゴモゴと口を動かす苗字さんに俺は、自分の唇に人差指をあてて

「頼むから、静かにしてよ。もう目の前に現れないようにするから、さ」

そう言うと、吃驚するほど苗字さんの態度が静かなものになる。
良かった、なんとか大人しくなってくれた。
だけど、気になるのは彼女の音だ。
どこか寂しそうな、辛そうな音がしている。

どした?

ぱっと手を離して彼女に「ありがとう」と言うと、さらに大きくなる音。
彼女の表情からは読み取れないから、困った。
一体どうしたんだよ。

「何でアンタがここにいるのよ」

刺々しく投げつけられる言葉。
ジロリと睨まれ、俺は正直一歩退いた。

それは俺も聞きたい。
いつの間にか教室に入っていた、というのは言い訳にならないだろうか。
だって、君がいたから。

「い、いや…一人で何してるのかなーっと思って」
「キモ。そうやっていつも女子が一人になったタイミングを見計らってるんでしょ。ほんと気持ち悪い」

何だろう、この1の言葉を投げたらマイナス100返ってくるようなキャッチボール。
普通の男子が聞いたら泣くよ?多分。
だけど、俺の耳に届いている音は嫌悪の感情が見られない。

むしろ。

「名前ちゃん」

試しに名前を呼んでみた。
そしたら今までで聞いた事ないくらい、音が躍った。
あれ、嬉しいの?

「は、はぁっ!? キ、キモイ、名前で呼ばないでよ…」

そう言ってウザそうに顔を背ける名前ちゃん。
うーん。でも音は喜んでるんだけど。
名前ちゃんの前の席に座って、顔の覗き込んでやった。
暫くずっとそうしていたら、段々名前ちゃんの耳が赤くなってきている事に気付いた。

「…こっち来るな、この金髪」
「……」

相変わらず俺の方は見ないで、鋭い言葉を零す名前ちゃん。
もちろん音は真逆なんだけどね。

「ちぐはぐなんだよなぁ…」
「…はぁ?」

思わずまた口にしていた。
そうすると名前ちゃんがちらっとこちらを見た。

あ、こっち見た。
改めてみると、可愛い顔をしている事が分かる。
いつも俺の事を見る時は酷く歪んでいるけどさ。



「何で俺にいつも酷い事言うの?」



そんな音、させてる癖に。

核心をついてしまったのか分からないけど、名前ちゃんの言葉は格段に小さくなった。
そして「き、嫌いだから…」とボソリと呟く。

それ、嘘。
だって、嘘だって音がしてる。

さっきよりも表情も崩れてきてる。
顔もさっきより赤いような気がするし、ちぐはぐだった態度が少しずつ変化してきた。


「へぇ。嫌いなんだ、俺の事」


肘をついてそう言うと、まだドクンドクンと音が鳴る。
あ、この音。さっきの音だ。
悲しんでる。

心なしか表情も切ないそれになってる。
ちょっとした悪戯っ子のような気持ちになってしまった。

だから、言うつもり無かった言葉もぽろっと出てしまった。


「俺は名前ちゃんが好きだよ」

「えっ?」


言うつもりは無かったし、言った所でまた罵倒されるかもしれない。
でも、こんなに俺の事好き好き好きーって言ってる音を毎日聞いていたらさ、
俺だってそりゃ気になってくるし、もっと話したいなーとか思ってしまうよね。
別に俺にMの気はないから、罵倒されるのは勘弁だけど。

目の前の名前ちゃんは、いつものように俺に冷たい言葉を投げつけるわけでもなくて、
ただただ驚きながら口を開けていた。

そして一寸置いてから顔全体が熟れたりんごのような色に変化していく。


「ばっ、ば、馬鹿じゃないの!?はぁ?」


あ、俺気付いた。
この子、絶滅危惧種のツンデレだわ。
その証拠に、音が跳ねてる。

「名前ちゃん、俺の事、本当に嫌い?」

「…き」

目を離さないで言った。
今度は笑いもせずに、真面目な顔で。



「き、きらい…じゃない」



すぐに俯いてしまったけど、その顔は恥ずかしがってて、今まで見た名前ちゃんの表情の中で
一番可愛らしかった。

あ、態度と音が一致した。



触れなくちゃ伝わらないこと


「やっぱり言葉で言ってくれる方が、嬉しいね」


俺の言葉に不思議そうな顔をする名前ちゃんを見つつ、俺は今度はどうしたら本音が出てくるのかを考えていた。







atogaki
アキさま、リクエストありがとうございました!
学園もので善逸が引くくらい好きで好きでたまらないヒロインちゃん、というお話がご希望でしたが
いかがでしょうか?
ちょ、ちょっとツンデレが書きたかったんです、ごめんなさい。
ツンデレで好き好きをアピールするためには、胸の内で暴れてもらうしかありませんでした。
ごめんなさい、私の趣向が出てしまったんです、すみません。
こんなものでよければ脳内補完の上、お納めくださいませ。
この度はありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま

- 23 -

*前次#


ページ: