きみに"僕"を教えてあげる


今日は疲れたなぁ。
昨日の任務からやっと蝶屋敷へ戻って来る所だった。
いつもは余分な3人がいるので、寄り道なんてしないのだが、今回は単独任務だったので、街に買い物に行ったりしていたのだ。
普段女の子らしい格好が出来ないんだから、たまになら良いだろうと買い物を楽しんでいたら、思っていたよりも時間が掛かってしまった。
皆心配しているかもしれない。
私は蝶屋敷へ急ぎ足で帰ることにした。


「おかえり、名前任務お疲れ様」

帰ってきて早々、炭治郎が出迎えてくれた。
炭治郎に微笑みながら「ただいま」と言うと、どこからとも無く廊下を大疾走する音が聞こえた。
これは…善逸かな?

「名前!!おかえり、遅かったな、どうだった?」

案の定、息を切らした善逸が炭治郎の横へ並び、無理やり息を整えながらそう言う。
何もそんなに慌てなくても、今帰ってきたところなんだから。

「ただいま。ちょっと寄り道してたら遅くなっちゃった」

善逸に向かっててへ、と舌を出してみると彼は面白そうに笑っている。
あとでお土産話してあげよう、と。

「もう、くたくただから部屋で休ませてもらおうかな?」
「それがいい、名前。何だったら、部屋まで俺が連れていくよ?」
「あ、ありがとう炭治郎。自分で行けるから、気にしないで」
「そうだぜ炭治郎。名前は禰豆子ちゃんとは違うんだからな」

靴を脱いで、廊下を歩いているのに、ぞろぞろついてくる2人。
私部屋に行くって言ったんだけどな。
なんで炭治郎も善逸もついてくる気満々なんだろう?
そんな2人を苦笑いで見つめる私。

でも2人はそんな私を他所にあーだこーだ言い合いながら、未だに私の後ろにいる。
えーと?

「どうした?名前」
「何かあったの?」

部屋の前で立ち止まった私に、不思議そうな目で首を傾げる2人。
うーん。

「…あのさ、部屋に入りたいんだけど」
「そうだな。ゆっくりするといい」
「あ、俺飲み物持ってこようか?」

2人が私に気を使ってくれているのは重々承知なんだけどね。
ちょっとね、なんかね。

「1人にして欲しいから、どっか行って」

こういう時に柔らかい表現が出来ないから、私は思ったことをそのまま彼らに伝えた。
一瞬ぽかんとした2人だったが、何かに気づいたように「わかった!」と2人声を合わせて笑っている。
だけど、どちらも動かない。
なんで?

「ねえ、話聞いてた?」

もう一度同じことをゆっくり伝えた。
何とか理解したらしい2人は、そのまま2人でブツブツ言いながら廊下を戻っていく。

2人の背中を見つめながらため息を吐く。
最近こんなんばっかだなぁ。
気がついたら私を挟むように2人がいるのだ。
面倒臭くて仕方ない。
しかもどれだけ言っても理解してくれないし。

自分の部屋に入って、私は隊服のまま畳に転がった。
あー鬱陶しい。

そのまま重力に任せて瞼を閉じた。



目が覚めると晩御飯の時間だった。
起こしにきてくれたきよちゃんが、教えてくれたので、いそいそ着替え、居間へと向かう。

居間へ入ると、いつもの3人が既に着席していた。
私が目に入った途端に猪を除く2人が表情を明るくする。

「名前、おはよう!」
「よく眠れたか?」

「お陰様で、ね」

私は2人を見つめながら苦笑いを返す。
あなた達2人のお陰で変な夢を見たよ。2人に代わる代わる追いかけられる夢だ。
全然休んだ気がしない。

「あ、伊之助。ただいま」
「おう」

長い事顔を見ていなかった猪にも挨拶をする。
伊之助と話していると楽だ、何故なら粘着されないから!

私が座ると、わらわらと2人が寄ってきてそれぞれ左右の席を陣取る。
本当に面倒だ。
私が嫌になってるのが分かったのか、炭治郎が善逸に話し掛けた。

「善逸、名前が困っているだろう。伊之助の横に行くんだ」
「なんで俺があんな猪の横に座らないといけないんだよ!炭治郎が行けよ」
「お前ら、ふざけんなよ」

2人で喧嘩を始めたと思ったら、結局3人で揉め始めた。
本当にに面倒だ。

喧嘩をしている3人を呆れた顔で見つめながら、そそくさと目の前の食事を平らげることに集中した。
私は食事中、一言も話さないうちに自室へトンボ帰りすることになった。



夕方寝てしまったからだろうか。
全く眠気がやってこないので、私は厠へ向かうことにした。
夜も大分更けている、鍛錬中ならまだしもきっと今日は誰も起きてないとは思う。
そんなことを考えて縁側へ出た。
まあ、間違いだったんだけど。

縁側から見える門の屋根の上に、炭治郎はいた。
あの様子だと今日も遅くまで鍛錬に勤しんでいるんだろう。
そういう真面目な所は素敵だと思う。
炭治郎にバレないように厠を済ませ、私も縁側から外に出た。

「炭治郎」
「名前か」

門の下から声を掛けると、私だと分かっていた炭治郎がにこやかに微笑んでくれた。
私もそっちに行こうかな、と手頃な高さの塀に飛び乗り、炭治郎の隣へ移動する。
一瞬炭治郎が意外そうな顔をしたけど、すぐにいつもの優しそうな顔に戻った。

「どうしたんだ?」
「…夕方寝すぎたから、眠れないんだよね」
「そうか」

炭治郎は汗びっしょりかいて、呼吸を極めていた。
本当に努力家だなあ、と思いながら私はハンカチを取り出す。

「このままじゃ風邪ひくからさ、汗くらい拭かないと」
「あ、ありがとう…」

炭治郎の額をハンカチで拭うと、少し照れた顔と目が合った。
善逸とセットじゃなきゃ炭治郎も扱いやすいのにね。
顔面を一通り拭き終わって、炭治郎の顔から手を引っ込めようとした。

けど、それは炭治郎の手によって掴まれてしまう。
予想外の動きに私は驚いて炭治郎の顔を覗き込んだ。

「た、炭治郎?」
「…あ、ごめん…」

ごめん、と言いつつ私をじっと見つめて手を離さない炭治郎。
その顔は真剣そのもので、私は少しだけドキっとしてしまう。
いつもの炭治郎とは少し違った顔だ。

「…名前、」
「なに、炭治郎」

炭治郎は何かを言おうとして、口を何回か開けたけど、苦笑いをしてぱっと私の手を離した。

「なんでもないんだ、ごめん」
「うん?ならいいけど」

離された手が熱を持っている。
私はそれに気付かないふりをして、そろそろお暇することにした。

「じゃあ、戻るね」
「あぁ…気をつけて」

私たちはお互い手を振って別れた。
炭治郎が見えなくなった所で、私は胸に手を当てた。
ドキドキしている。
そりゃそうだ、あんな炭治郎は見たことがなかったから。
珍しい事もあるもんだなぁ、なんて思いながら私は部屋へ戻った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「名前?もう朝だよー起きろよー」


朝なのは分かってる。
もう少し寝かせて、昨日寝るの遅かったんだから。

「おーい、起きろー」

いつまでも瞼を閉じたままの私に、声の主は諦めずに声を掛けてくる。
いや、あと少しだけ寝かせて。ほんと眠いの。

「起きないとー…触るよ?」


触る?
ふと冷静に考えた。
あれ、私、自分の部屋で寝てるよね?
何で善逸の声がするの?

パチっと目を開けた先には、善逸がニヤニヤしてこちらを覗き込んでいた。
は?は?は?
思わずころんだまま、凍りつく私。

「ぜ、善逸?」
「おはよう、名前」
「なんで?」
「朝だよ」

おかしいな、善逸と私の会話が噛み合ってないような気がする。
そんな事を聞きたいんじゃないんだけど?

「善逸、取り敢えず出てって」
「なんで?」
「私が抜刀する前に出てって」

ようやく私の言いたいことが伝わったようだ。
善逸は「へーい」と言いながら、私の上から退いた。
部屋を出るのかと思ったら、そのまま布団の横でちょこんと座っている。
いや、だから出てってってば!

ほぼ諦めて、私は布団から上半身を起こした。
相変わらず善逸は楽しそうにこちらを見ている。
はあ、とため息を吐く私。


「なんでいるの?」
「名前が起きてこないからさ、起こしにきたんだよ」
「なんで女子の部屋に入ってるわけ?」
「入りたかったから」


正直者だね!!
でも許さないから!
ブルブル怒りで震える拳を見せると、善逸は両手を上げて降参の格好をする。
いや、だから許さないってば。
布団からするする出て、善逸に向かって拳を振り上げた。
私の拳は善逸の顔面へ、当たることなく。
善逸に軽々受け止められてしまい、そのまま手を引っ張られてしまう。

「ぎゃぁっ」
「可愛くない声」

そのまま善逸の胸の中へ。
思わず悲鳴を上げてしまった。
そんな私に構わず、善逸は私の身体をぎゅっと軽く抱きしめると、すぐに身体を離した。

「今日はここまででいいよ」
「…何が良いんだ馬鹿ぁあ!!」

ドヤ顔でこちらを見られても困る。

やっと私の拳は仕事をしてくれて、彼の顔面へ1発決めることが出来た。


青タンのできた顔の善逸を部屋の外へ放り投げて、私は布団へくるまった。

毎日毎日、ほんとにいい加減にして!!
どいつもこいつも!
人をドキドキさせるばっかりだ。
私の鼓動が止まったらどうしてくれるんだ。


やっぱり猪相手くらいが丁度いいな。
布団の中で伊之助の顔を思い浮かべて、私は2度寝を試みた。















atogaki
ゆうみさま、リクエスト有難うございました^^
かまぼこ隊と同期のヒロインに片想い中の善逸と炭治郎が
わちゃわちゃ、ドキドキ、ヒロインを取り合ってほしい、というお話でした。
わちゃわちゃしていたかどうかは分かりませんが、ウザい方向に針が触れてしまったかもしれません。
こんなもので良ければお納めくださいませ!
どうしても善逸を贔屓しそうで危なかったです。気を付けます。

お題元「確かに恋だった」さま

- 4 -

*前次#


ページ: