恋人ごっこもあしたまで


もう善逸と付き合い初めて6年になる。
お互い初めての彼氏彼女だから、最初は初々しくて。
手を繋ぐまで何ヶ月かけるんだ、といった勢いだったかもしれない。
それでも別れずに高校を卒業して、大学にも入り、就職が決まる頃には、そんな初々しさはどこへやら。
今は既にお互い自分に合った職場で働いているけど、時間のすれ違いで会う回数も減った。
週末だけ私の家に善逸が来るか私が行くか、という生活をして暫く経った。
遊びに行くこともあるけど、家で何もしないで過ごす時の方が多い。

それに伴い2人の仲も徐々に変わりつつあった。
ベタベタしていたのは、それこそ大学まで。
最近は喧嘩の数も増えた。
そして善逸の様子も変化した。

何かを隠すような仕草。
善逸の家で、オシャレなカフェのレシートが出てきたり。
仕事終わりに女性の香水みたいな匂いがしたりする時もある(これは極微量)
何となく、潮時かもしれないと心奥底で感じ取っているけど、それを口に出す勇気はない。
態度で出さないだけで、私はまだ善逸から離れたくはない。
離れる事を想像できない。
いつか、善逸から切り出されるまではしがみついていたい、と思ってしまう私は情けないと思う。


今週末は善逸の家に私が行く番だ。
仕事終わりにそのまま向かう予定だったけど、トラブルがあっていつもより残業がついてしまった。
会社を出たのが夜の9時だから、10時までには家に着くとは思うんだけど。
気持ち急ぎ足で、駅から家まで歩く私。
多分善逸はもう帰ってるだろう。
いつも2人でご飯を食べるから、食べずに待ってるかもしれない。
連絡は入れていたけど、返事は無かった。

善逸のマンションが見えた。
部屋の電気はついているようだったので、帰ってるみたい。
いつもはエレベーターで上がるところを、気持ちが先走って階段を駆け上がる。
学生の頃ならいざ知らず、運動と程遠い生活をしていたら、なかなかキツイな。

貰っていた鍵を刺して、部屋のドアを開けた。
部屋に入ると善逸の匂いがした。
最初はこのとても匂いが好きだったんだよね。今もか。

ヒールを玄関の隅に置いて、私は廊下を歩く。
リビングからはテレビの音と、善逸の声がした。
電話でもしてるんだろうか?
電話の邪魔にならないようにゆっくりとリビングの扉を開けたら、こちらに背を向けた状態で善逸が誰かと通話していた。

「そんなことわかってるよ、だけど今度もう1回行って確認しようと思ってるんだよ」

語尾を強めにアクセントして、善逸が喋る。
私には気付いてないみたいだ。

「大体、女の子の欲しい物っつったって、俺男だからわかんねーし」

善逸の発言にピクリと反応する。
え、なに?
女の子?

「そうそう。いっぱいあり過ぎてわかんねーよ。禰豆子ちゃんも困ってたし」

禰豆子ちゃん。
善逸の口からその言葉を聞いて私は体温が冷えていくのを感じていた。
禰豆子ちゃんは炭治郎の妹ちゃんであるけど、高校の時善逸が後ろを追いかけていた女の子だ。
最近は2人の会話にも出てなかった。
でも、話しぶりからすると禰豆子ちゃんと善逸が買い物に行ったようだ。

なんで?

ぐるぐると頭の中が混乱していく。
手に力が入らなくなってくる。
思わず手に持っていたコンビニの袋をぼとりと落としてしまった。
袋からは2人で食べようと思っていたプリンが顔を出していた。

その音で善逸が慌てて後ろを振り向く。
私に気付いて、一瞬驚いた顔をしたけど、電話口の相手に適当に「また電話するよ」と言い、切ってしまった。
電話を切ったそばから、善逸が目を合わせないで私に「おかえり」と言う。

「…ただいま」

自分でもびっくりするくらい無感情な声が出た。
善逸もそれに気づいたんだろう、やっと私を見たけどすぐに逸らされてしまった。

なに、それ。

落ちた袋からプリンを出して、冷蔵庫にぶち込んだ。
感情に任せて扉を閉めたので、部屋にその音が響いた。
物に当たるなんて、したくないけど。
感情が抑えられない。

「今日は遅かったんだな」
「…まぁね」

善逸が何でもないように話し掛けてくる。
返答はするけど、やっぱり声に感情が乗らない。
善逸は耳がいいから、私の冷めた心臓の音も聞こえてるんでしょ。

台所から出て、私は善逸が座っているソファではなく、少し離れたカーペットの上に腰を下ろした。
いつもなら隣に座るんだけど、そうしたくはない。

「ねえ」
「何だよ」

善逸に目をやりながら声を掛けた。
手元のスマホを弄ってこっちを見ない善逸。
それが無性に腹立たしくて、今まで貯めていたものが爆発した。


「禰豆子ちゃんとどこ行ったの?」


今までの私なら、一生聞くことは無かった。
私に分からないように、そうしてくれればいいのに。
そうしてくれれば、気付かないふりをしてこれからもいれたのに。


スマホを弄っていた手が止まる。

「は、何?」
「さっき言ってたじゃん。どこ行ったの、2人で」
「行ってないよ」

嘘をつかれている。
善逸と長く一緒にいると彼の癖とか嘘ついたときの表情とかもう分かってる。
そんな顔しないでよ。

「…前々から思ってたんだよね。善逸、私に隠し事してるでしょ?」
「してない」
「何でそんな嘘をつくの?」

こんな時でも善逸とは目が合わない。
それを見て、私はもうダメなんだと理解してしまった。
そして私ももう止まることはできない。

「仕事だよ、名前には関係ない」

明らかに嘘と分かる言葉を聞いて、私は心臓が張り裂けそうだった。

「関係ないって…何それ。私、善逸の彼女だよね?彼女に黙って女の子と遊びに行くなんて、どういうこと?」
「遊びに行ったわけじゃないって!」
「じゃあ何」
「だから仕事だってば…」

ここまで言ってもまだ嘘を言う善逸に、私は呆れていた。

「あのね、禰豆子ちゃんと遊びに行くのはわかるよ?可愛いもんね。それは分かるけどね、せめて私と別れてから……」
「何でそんな話になるんだよ!!」

突然善逸が一際大きな声を出す。
私は一瞬ビクっとしたけど、そんなものでは怯まない。
完全に頭にきた。

「あんたが分かりやすい嘘つくからでしょうが!!」
「それを言うなら名前だって最近よそよそしいだろ!!」
「意味わかんない!!この金髪馬鹿!!」
「俺の方が意味わかんねーよ!!この貧乳!!いきなり別れてからとか言われてもなぁ!」


お互いどんどん声を張り上げて言って、ぜーはーぜーはーと荒い呼吸を繰り返す。
暫く2人で睨み合っていたけど、私の方が限界だった。
涙腺が決壊してポロポロと涙が溢れてくる。
善逸が私を見てぎょっとして口をもごもご動かす。



「…帰る」



絞り出すようにそれだけ言うと、善逸の横を通り過ぎて玄関へ向かう私。
そしてポケットから部屋の鍵を出して、それを善逸に投げつけた。

「さよなら!」

床に直置きしていたカバンを引っ掴んで、私は部屋を後にした。
善逸が鍵をキャッチして、何か言っていたけど無視した。
怒りと悲しみのまま、近くの公園を目指す。
もう善逸なんて知らない、1人になりたい。




ーーーーーーーーーーーーーーー



今日みたいに月夜の綺麗な日に、公園のブランコに座って号泣している女子が他にいるだろうか。
いや、居ない。
涙で化粧が酷い事になっているだろうけど、気にしない。
涙が止まらないから、私は全力でブランコを漕ぐ。

善逸と喧嘩した。
でもただの喧嘩じゃない。
このままお別れしてもおかしくないだろう。

もう頭の中がぐちゃぐちゃで、考えるのも嫌だ。
悪いのは善逸だ。あんな嘘をつくから。


「金髪くそやろう…っ…ぅ、ぇっ…」


嗚咽と共に涙も出てくる。
公園に誰もいなくて良かった。
人を罵倒しながら泣いてる女って、明日から街の噂にでもなったら生きていけない。

「女好きぃ…弱虫っ、ひぐっ、」

漕いでたブランコを足で止めて、ひたすら善逸の悪口を吐き出す。


「実は、友達いない奴…っぅぅ、」

「ふざけんなよ、友達くらいいるわ」


乱暴に涙を拭っていた時だった。
まさか返事が返ってくるなんて思ってもみなかったから、慌てて振り返った。

「うわ、めっちゃ酷い顔してるよ」

凄く面倒臭そうな顔をした善逸がそこにいた。
追ってきたんだ。別に来なくてもよかったのに。
それに会いたくなかった。

善逸を睨みつけながら、私は何も喋らない。
今、一番顔を見たくない人がいる。
もう放っといてほしい。

そんな私を見た善逸が、はぁ、と深いため息を一つ零したかと思うと、
ガサゴソとポケットから何かを探し始める。
ぼーっとした顔でそれを見つめていたら、何やら目的のものを見つけた善逸が私に近寄ってくる。

「ほら、手出して」

ぶっきらぼうにそう言われても、私は反応しない。
何のつもりだ、一体。

また一つ善逸がため息を吐いて、私の左手を無理やり持ち上げる。

抵抗する気も起きなくて、善逸の行動を見ていた。


「今はこれしかないからさ。取りあえず予約はしておくよ」


私の左手小指の先に空き缶のプルタブが刺さっている。
訳が分からない。
この男、ふざけているのか。

「何、これ」

喋るつもりなんて一つもなかったけど、流石に意味不明すぎて尋ねてしまった。
それを善逸は気まずそうにそっぽを向いて

「結婚指輪、のつもり。薬指に入んなかったから小指で我慢ね」
「は?」

更に意味が分からない。
思わず怒りを忘れてぽかんと善逸を見つめた。

「名前にどんな指輪が合うのかわからなくてさ、炭治郎に頼んで禰豆子ちゃんについてきてもらったんだよ…これ、カタログ」

更にポケットからくしゃくしゃのカタログが出てきた。
でかでかとマリッジリングと書かれたそれを見て、私は目を見開いた。

「…オシャレなカフェのレシートは?」
「店に付いて来てもらった時に、お茶したんだよ。三人分だったでしょ」
「女物の香水の匂いは…?」
「店の匂いか禰豆子ちゃんの匂いじゃない?」

呆れたように言う善逸。


「え?」


未だ状況がつかめてない私。
浮気、じゃなかったの?

小指に刺さったプルタブと善逸を交互に見つめる。


「ちゃんとプラン考えてたのにさー…水の泡だよ、もう」


頭を抱えて笑う善逸を見て、私はとんでもない思い違いをしていた事に気付いた。


「ぜ、善逸…ごめん、私…」
「あーもうそういうのいいって。取りあえずさ」


善逸がぎゅうっと私を抱きしめる。
ブランコが僅かに揺れていたけど、構わない。


「結婚してよ」


返事をする代わりに私は善逸の背中に手を回して、力を込めた。




恋人ごっこもあしたまで。

次は婚約者。












atogaki
柊さまリクエスト有難うございました!!
ケンカップルの2人が、売り言葉に買い言葉で喧嘩しまくりの2人の仲直りまでを見てみたいとの事でしたが、いかがでしたでしょうか?
私が書くとギスギスしてしまいますね。
こちらはメールを頂いた時点で妄想しまくりでした^^
ケンカ文句を考えている時が一番楽しいです 笑
こんなもので良ければまたご感想を頂けると幸いです。
この度はありがとうございました!!!

お題元「確かに恋だった」さま

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