その笑顔、怪しすぎです


「今から怪我をした隊士をこちらで、受け入れます。手の空いているものは、すぐにこちらに回って下さい」

蝶屋敷での療養中のことだった。
療養中と言ってもほとんど善逸さん達の訓練を眺めている日々だった私にとって、慌ただしいしのぶさんの声に駆けつけずにはいられなかった。
アオイさんも普段は絶対しないけど、廊下を走っているし、何かあった事は明白だった。

「しのぶさん、何かあったんですか?」

広間に集められた私達。
しのぶさんがその前に立ち、落ち着いた声で説明を行う。

「集団で任務にあたっていた隊士が怪我をしていまる。近くの藤の家の家紋では対応し切れないという話なので、比較的近くにあるこの屋敷でも怪我人を受け入れる事にしました」

ゴクリ、と唾を飲む。
そんなに大勢の人が怪我をしたんだ。
思わず那田蜘蛛山での出来事を思い出した。あの時も大勢の隊士が導入されたが、生きていたのは少数で、残った人も酷い怪我をしていた。

「幸い、死人は出ておりませんがとにかく皆怪我をしています。重症者は他で受け入れるとの事なので、こちらに来る隊士は軽傷者となります」
「…わかりました。準備します」

しのぶさんの言葉にアオイさんが答える。
すみちゃん、なほちゃん、きよちゃんもまたコクリと頷き険しい顔をしている。
私も何かお手伝いを、と思い髪を高い位置でポニーテールにした。

その後は、しのぶさんが言うように何人ものの隊士が運ばれてきた。
幸いな事に彼らは身体に切り傷がある程度で、四肢切断や死に至っておらず、自分の意識もはっきりしている人ばかりだ。

玄関では追いつかないので、庭を解放して縁側で隊士の受け入れを行っていく。
名簿を作り、傷の具合を記載していった。
最後の人を書き終えた時、私も怪我の手当に回った。

肩か腕にかけて縦に刀傷がある人の袖を破いていく。
その人は痛みで「っ…」と声にならない声を上げていたけど、傷自体はそこまで深くはなさそうだ。
綺麗な布を水で濡らし、そっと傷に押し当てた、

「…いっ…つ、」

隊士の顔が歪む。
そりゃ痛いよね。
申し訳ないけど、もう少し我慢してもらいたい。
気を紛らわせるために、私は隊士に話し掛けることのした。

「痛みにお強いんですね。人によっては、泣き叫ぶ人もいるんですよ」

そう言ってにこりと微笑むと、隊士は口を半開きで「あ、あぁ…」と言った。
善逸さんなら号泣して手当を受けているだろう。
そう考えるとこの人は偉いなぁ。

「私は苗字名前と言います。貴方のお名前はなんですか?」
「…俺は、佐伯という。手数をかけるけど、よろしく頼む」

佐伯さん、と名乗る人に快く頷き、私は手当を続けた。
歳は私と善逸さんと同じくらい。
短髪の爽やかな人だ。
こうやって考えると隊士の年齢はわりと低いんだなぁ。
いつもの野郎3人を思い浮かべた。

佐伯さんの手当をしながら、お話をする私。
他の人の手当をしに席を離れる時もあったが、落ち着いた頃には皆に包帯が巻かれ、安静にさせられる状態だった。
凄く軽傷の人はそのまま蝶屋敷から帰宅したけど、佐伯さんのように怪我の具合が少し酷い人は、暫く蝶屋敷で面倒を見る事となった。
善逸さん達のベッドの隣に彼らが寝る事になる。
明らかに善逸さんの表情が曇ったけど、状況が状況なので仕方ない。
ちなみに女性隊士はいなかったので、私の部屋に人が入ることは無い。



何日か過ぎ、横になっていた人たちも庭に出て思い思いに休息を取るようになってきた。
私はいつものように善逸さん達の訓練を覗きに行ったついでに、おやつを一緒に食べようとお饅頭を持って縁側を歩いていた。
善逸さん、甘いもの好きだから喜ぶかな?


「名前、」

脳内でヨダレを垂らした善逸さんを想像していたら、横から声がかかる。
声の方に視線を向けると、佐伯さんが花壇の前に座っていた。
私は佐伯さんと目が合うと、笑いながら「佐伯さん」と名前を呼んだ。
佐伯さんはそのまま縁側まで歩いてきて、私に向かって笑いかけてくれた。

「楽しそうな顔をしていたものだから、声をかけてしまった」
「え?私、ニヤニヤしてました?」

佐伯さんに言われて、慌てて顔に触れる私。
もう遅いんだけど。

「ニヤニヤというか、本当に楽しそうだった。何を考えていたんだ?」

ケラケラと佐伯さんが笑う。
私にしたら佐伯さんの方が楽しそうに笑っているんだけど。

「これ、訓練中の隊士さんに持って行く予定なんですけど、その人が甘いもの好きなんで喜ぶかなって思って…」

言ってて恥ずかしい。
顔の体温が少しだけ上がった気がする。
佐伯さんは私の手のお饅頭を見て「なるほど」と言った。

「名前は優しいんだな。その隊士が羨ましいよ」
「あ、これ良かったら食べますか?」

佐伯さんもお饅頭好きなのかな?
私用にあったお饅頭を1つ、佐伯さんの前に出す。
私は別に食べなくてもいいし。分けてあげよう。

「…え、いや…そういう訳でもなかったんだが…頂く事にするよ」
「はい、どうぞ」

お饅頭を渡すと佐伯さんは少し苦笑いしていた。
どういう意味かわかんないけど、お饅頭を渡したら喜んでくれたようで、良かった。

そこで佐伯さんと別れて、善逸さん達の元へ向かう私。
何かいい事した気分だ。
鼻歌を歌いながら、道場に行くと善逸さんから変な目で見られた。



それから暫く経ったけど、佐伯さんとはたまにお話する位には仲良くなった。
善逸さん達が外を走っている間なんて暇だから、いい話し相手になってくれている。
大体私は手仕事をしながら縁側に座っている事が多いんだけど、佐伯さんがいつの間にか横に来て話してくれる、といった感じ。
今日みたいに。

「名前は、何を縫っているんだ?」

羽織の破けた所を縫っていた私に佐伯さんが尋ねる。
見た通りとしか言い様がないんだけどな。

「羽織を縫っています」
「それは分かるが、その羽織を着ている所を見た事がないから、名前の物ではないのか?」

首を傾げてそう言う佐伯さん。
あぁ、なるほど。
確かに私の羽織は若葉色の可愛い羽織だけど、これは金色の鱗模様。
派手な見た目だし、女物ではないからね。

「ええ。これは他の方の羽織ですよ」
「そうか。名前は縫製の部隊なのか?」

佐伯さんが言っているのは隠の他の部隊の事を言っているんだろう。
私は隊員ではないので、首を横に振った。

「私は鬼殺隊員ではありませんよ。ただの付き添いです」
「付き添い?」
「この人の」

手にある羽織を軽く持ち上げる。
恋人というのは些か恥ずかしいので、濁しておいた。
佐伯さんは「なるほど」と頷く。

「もうすぐ帰ってくると思うんですけどね。いつも泥だらけで帰ってくるんですよ」

そんな事を言ってたら、塀の外から聞き慣れた奇声が聞こえてきた。
塀の方を見ながら佐伯さんに「あれです」と言うと、同じく塀の方を見たけど、怪訝そうな顔をしている。
それもそうだろう。聞こえてきた奇声は善逸さんのもので「もう死ぬ死ぬ疲れた何もしたくないぃぃぃ!!」と弱音を存分に吐いていたのだから。

だけど、ピタリとその奇声も止まった。
あれ?どうしたんだろう?
いつもなら屋敷の中に入ってもギャーギャーうるさいのに。

なんて考えていたら、目の前の塀から1つの手が見えた。
その手は塀の1番上を掴んで、次に腕が見えた。
あ、登ってる。
両方の腕が見えた時、金色の頭が顔を出した。


「名前ちゃん!!」
「おかえりなさい、善逸さん」

私に気づいた善逸さんが私の名前を呼ぶ。
焦った様な顔をしていたと思ったら、次の瞬間には目を見開いて口を大袈裟に歪めた。

「はぁああ!?何してんの名前ちゃん!!」
「何って、善逸さんの羽織縫ってたんですが…」
「いや、そうじゃなくて!!誰だよそいつ!!」

うんしょ、こらしょと善逸さんは塀に上り、庭へと侵入した。
ソイツと呼ばれたのは多分佐伯さんの事だと思う。
ちらっと佐伯さんを見たら、凄い顔でドン引いていた。
ですよね、いきなり塀から登場してくるなんて、まず間違いなく変な人だもの。

庭へ降り立った善逸さんが、大股でこちらに歩いてくる。
思わずズンズンと擬音が聞こえてきそうなくらい。

「お前!!何で名前ちゃんの横に座ってのほほんとしてるんだよ!!」
「暇だったので、お相手してもらってたんですよ」
「名前、この人は…?」

唾を凄い勢いで飛ばしながら、佐伯さんに詰め寄る善逸さん。
佐伯さんは顔を仰け反って、こちらに助けを求めるような顔をする。
申し訳ない、申し訳ない。

「あぁ、その人が羽織の…」

持ち主ですよ、と言おうとしたら、最後まで言い終わらない内に佐伯さんが言った。



「名前の兄妹か?」


「は?」




ギリギリ触れていなかったのに、そのセリフを聞いて善逸さんが切れた。
佐伯さんの首根っこを掴んでゼロ距離からの睨みつけである。

あ、やばいかも。
善逸さんの額には青筋が走っているし、よく見るとバチバチと稲妻が身体の周りに見える、気がする。
口から吐き出される息は紛れもない雷のそれで、このままでは佐伯さんの命が危うい事を教えてくれた。


「兄妹?俺と、名前ちゃんが?」


とうとう佐伯さんの髪を引っ張って無理やり顔を上に向けさす善逸さん。
私もそこで慌てて手を出した。


「ぜ、ぜん、善逸さん、抑えて?ね、もうやめてください」


善逸さんの肩を掴んだけど、びくともしない。
段々佐伯さんの顔色が悪くなっている。
このままではまずい。

「一旦離れてください。ほら、後で甘いものあげますから!」

必死に訴えかけてみるけど、全くの無反応だ。
私は色々考えて思いついたものを口に出す。

「あ、あと!久しぶりに街へ行きましょ!?美味しいもの食べましょ?」

駄目だ。まるで空気のようだ。
ええい、どうなっても知らない!




「今止めてくれたら、今晩一緒に寝てあげますから…っ!!」




私が叫んだ瞬間、善逸さんの顔がグリンとこちらに向いた。
うわ、気持ち悪っ。

そして掴んでいた首を離すと、今度は私に詰め寄る善逸さん。


「…それ、本当?」
「え、あ、はい」
「絶対だよ、俺忘れないよ、約束だからね、嘘ついたら知らないよ」


真顔で詰め寄られるほど怖いものはない。
私はコクコクと頷いたら、それを見た善逸さんが満足そうに笑った。

その笑みは今までで見た事がないくらい爽やかだった。

満足した善逸さんは私に軽く手を振って、スキップをしながら、庭から出て行ってしまった。
残された私と佐伯さんはその背中を見つめながら暫く黙っていた。



「佐伯さん、すみません…」

やっと思い出したように佐伯さんに謝罪すると、冷や汗をかいた佐伯さんが「い、いや…」と言った。
本当にすみません、うちの馬鹿が。

「名前の、兄妹じゃなかったのか…」

佐伯さんがポツリと零したのを聞いて、私は佐伯さんに苦笑いを見せる。


「兄妹ではなくて、そういう間柄です」


何となく佐伯さんの顔が青くなった気がしたけど、気のせいだろうか。
まあ、私は佐伯さんの心配よりも今夜をどう乗り越えるかの方が心配なんだけども。




その笑顔、怪しすぎです。

でもドキドキしてしまいます。










atogaki
冥さん、リクエスト有難うございました!
蝶屋敷でたまたま手当てをした鬼殺隊の一般隊士に好意を持たれ、現代の感覚で何回かデート?してたら善逸が嫉妬するというお話がご希望でしたが、いかがでしょうか?
切・甘希望されていた筈なのに、気が付いたらギャグになってしまいました。本当にごめんなさい。
(書き上げた後に気付きました。もしあれでしたら、書き直します)
また二つ目のリクエストに関しては妄想広がりんぐだったんですけど、どうやっても短くまとめられませんでしたので、長編の方に盛り込むか、暫く構成を練り直したいと思います(長編に乗せる場合は、お名前を必ず記載させて頂きますね)
この度は本当にありがとうございました!!

お題元「確かに恋だった」さま

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