きみの心に触れさせて


他の男に近寄られるよりマシだ。

これまでどれだけ胸の中で零しただろうか。
まるで呪文のようにひたすら、自分に言い聞かせているが、それでも目の前の光景を見てあまりいい気はしない。
最近、名前ちゃんが禰豆子ちゃんの小物を作っている。
前に作った小物が好評だとかで、もっと作ってあげるね、とかなんとか。
夕方になったら、小物を作ってる名前ちゃんの横には禰豆子ちゃんがベッタリだ。
それはそれで美味しい光景なんだけど、こうも毎日俺の入る隙がないくらいベタベタされている所を見ると、俺だって思うところはある。

今日なんか名前ちゃんと禰豆子ちゃんが顔を近付けて笑いあってたし、まだ寝てる禰豆子ちゃんを膝枕していたり!!
正直羨ましくて仕方ない。

禰豆子ちゃんがいない朝に同じ事をしようものなら、炭治郎と伊之助に止められ、鍛錬へと連れていかれるし。
俺だってキャッキャウフフしたいんだよ!!
いいじゃん、恋人なんだから!!
たまにはそれらしい事したって、バチは当たらないだろ!

そんな俺にも絶好の機会がやってきた。
炭治郎と禰豆子ちゃんが単独任務に出ている、今日だ。
伊之助が残ってはいるが、あんな猪適当に撒けばこっちのものだ。
この機会を逃す手はない。


「名前ちゃん、ちょっといい?」

夕餉を食べた後、後片付けを手伝っていた名前ちゃんを呼び出した。
ある程度片付けが済んでいたからか、すぐに名前ちゃんが俺の元にやってくる。
その姿がちょこちょこしていて、まるで小動物のようだ。
キィぃぃぃぃ、イチャイチャしてぇえええ!!

「どうしました、善逸さん」

周りに誰もいない事を確認して、俺は意を決して口に出す。

「あのさ、この後…散歩にでも出かけない?月夜が綺麗だから…」

普段あんまりこういう事は俺からは誘わない。
いつも名前ちゃんが先回りして言ってくれたり、俺が恥ずかしがって言えなかったりが多い。
名前ちゃん以外の女の子には、そういう事はなかったんだよな。

「この後、ですか?」
「ダメ?」

ポカンとした彼女の表情に、俺はなるべく可愛く見えるように懇願した。
…いや、俺だってわかってるよ。女の子がやるならいざ知らず、むさ苦しい男がそんな事して意味を成すのかって。
それでも名前ちゃんと2人になりたかったんだ。
最近は任務で2人になる事もあるけど、それはやっぱり任務だから。
お互い気を張ってるし。
俺だって集中できないし。
え、イチャイチャすることに。

「いいですよ、準備しますから、玄関でお待ちくださいね」

にこ、っと俺に向かって微笑むと、すたすたと踵を返し自分の部屋に戻っていった。
俺は分からないように右手で小さく拳を握った。
よし、連れ出すことに成功だ!


俺も羽織を着て、一応腰に日輪刀を刺しておく。
その状態で玄関で待っていると、髪を下ろし、いつもの髪飾りを手首に付けた名前ちゃんがやってきた。
……!!
可愛いんですけど!!可愛いんですけど!!
髪下ろした所を見る事なんて早々ないから、俺は目をかっ開いて目の奥に焼き付ける。

「お待たせしました。…善逸さん?」

怪訝そうな顔をした名前ちゃんがこちらを見る。
集中しすぎていた。
慌てて意識を戻して「行こうか」と声を掛けると名前ちゃんが頷いた。



蝶屋敷を出た当たりで、俺はまたキョロキョロと入念に辺りを確認してから、名前ちゃんの手を握った。
指と指を絡めて握ってやると、名前ちゃんは少し驚いていたけど、すぐに笑ってくれた。

「なんか、今日は積極的じゃないですか?」
「そうかな」

恥ずかしくてそっぽを向きながらそう言ったけど。
今日は積極的に行くよ。だって邪魔者いないんだから!!

この前任務の帰りに見つけた川に向かって2人で歩いていく。
そこまで距離はない。
こんなにゆったり時間が流れるなんて、久しぶりのような気がする。
それこそ、じいちゃんの屋敷で過ごしていた時以来だ。
今思えば、あの時からずっと好きなんだよなぁ。
この娘が。

「善逸さんが誘ってくれるなんて、明日は雪が降りそう」

クスクスと笑う名前ちゃん。
俺は少しむっとしながら「どう言う意味だよ」とツッコミを入れる。
まあ、その通りなんだけど。
普段ならしない。アイツらがいるし。伊之助が全力で邪魔してくるし。


川に着いた。
水面には月が映っていて、神秘的だった。
土手のなるべく汚れてなさそうな所に、俺たちは座る事にした。
まず俺が座って名前ちゃんがその隣に腰掛けようとする。
が、俺がそれを制止し、黙って指で俺のお腹辺りを指した。

「なんです?」

名前ちゃんが首を傾げる。

「ここ、ここに座って」
「…え?善逸さんの間に?」
「そ」

ポカンとした顔がこちらを見ている。
土の上に女の子を座らせたくないじゃん。
別に深い意味はないよ?ほんとだよ?
後ろから抱き締められるとか、髪の匂いが嗅げるとか、そんな邪な意味はないよ?

だけど名前ちゃんにはバレバレだったみたいだ。
怪訝そうな顔で仕方なしに俺の足と足の間に腰を下ろす。
はぁ〜幸せ。
あ、名前ちゃんの音が早くなった。

「ドキドキしてる?」
「し、ますよ?そりゃ…」

可愛らしくそう言う彼女のお腹に手を回す俺。
あ、そうだいいこと思いついた。

「名前ちゃんさ、お願い事があるんだけど」
「高いですよ?」
「……今度、お菓子買ってくるよ」
「桃でお願いします。久しぶりに…食べたいんです」

遠い目をする名前ちゃん。
その大きく開かれた目には、じいちゃんと藤乃さんの顔が浮かんでいるんじゃないかな。
俺も久しぶりに桃食べたいな。

「で、なんです?お願い事」

振り返って俺を見つめる。
その顔が可愛すぎて俺の心臓がビクリと反応した。
持って帰りてぇぇ…いや、連れて帰るんだけどさ。

「歌って」
「いやです」

俺の要望は一瞬の内に却下された。
でも俺は諦めない!

「なんで?前は歌ってくれたじゃん」
「前は善逸さんが勝手に盗み聞きしてたんでしょ。人前で歌いたくありません」

ブンブン首を振られたけど、それは困る。
でもね、俺は知ってるんだよ。

「この前、きよちゃん達の前で歌ってたのにぃ?」
「え、何で知ってるんですか!?」

名前ちゃんの肩にわざと顎を乗せて、耳元で囁いてやると焦ったように取り乱す。


「きよちゃんに『名前さんてお歌が上手なんですね〜、色々歌ってくれたんですけど、どれも素敵でした〜』って言われた俺の気持ちわかる?俺なんて一回しか聞いてないんですけど!?俺の方が付き合い長いんだよ!?」
「そ、それは…そうですけど」

口を引きつらせて顔を仰け反る彼女に、俺は再度同じ事を言った。



「歌ってよ、名前ちゃん。好きなんだ、名前ちゃんの歌」



好きなのは歌だけじゃないけどさ。
ここまで言ったら、観念したようにコクリと頷いてくれた。


「前と同じでいいです?」
「いいです」


君が歌ってくれるなら、何でもいい。


静かに歌い始める名前ちゃん。
透明感ある声が月夜と相まって、幻想的だな。
俺は彼女のお腹に手を回し、髪に顔を埋めた。
瞼を閉じて歌声に集中する。

この歌は、昔一度だけ聞いた。

その時はとても寂しそうで、悲しそうで。
泣き出したくなる歌だったのに。
今は全然違って聞こえる。


ずっと聞いていたい。
この音を。






歌い終わった彼女が照れくさそうに笑った。

途端愛しく感じて、俺はぎゅうっと彼女を後ろから抱き締めた。
あー…今まで俺はよく我慢したよな。
もういいよね?


「善逸さん…?……っ!!…」


俺を呼ぶ声が聞こえたけど、気にしない。
彼女の首に俺は吸い付いた。




後でしこたま怒られるんだろうけど。
偶にはソレらしくしたっていいだろう。



ずっと君の心に触れていたい。


幸せ、って音がする君の音。











atogaki
たうさま、リクエスト有難うございました^^
善逸が禰豆子ちゃんに嫉妬して夢主にデロデロに甘える、というお話でした。
が、全然禰豆子要素ないんですけど。
序盤でチラっと出てきただけで普通にイチャイチャしただけでしたね。
すみません。。。
こんなもので良ければまたご感想を頂けると嬉しいです(*´艸`*)
この度は本当にありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま

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