幼さゆえの約束
完全に失敗した。
名前ちゃんと一緒に単独任務に出て、鬼を見つけたところまでは良かった。
ケガをしないように物陰に隠れてもらっていたけど、鬼が絶命する直前、物陰の名前ちゃんに気付き、血鬼術を有ろうことか彼女にかけたのだ。
鬼の頸が土の上に落ちた時点で、俺は意識を取り戻していたけど、
まさか頸を斬られた鬼にそんな力が残っているなんて思いもしなかった。
高笑いだけを残して砂となる鬼。
俺が慌てて名前ちゃんに近付いた時にはもう遅かった。
物陰にいたのは名前ちゃん、ではなく。
名前ちゃんにそっくりの幼い子供だった。
「は?」
「え?」
お互いポカンした表情で顔を見合わせる。
一瞬、名前ちゃんに似たただの子供だと思ったけど、よく見ると名前ちゃんの着ていた着物(かなりブカブカで着ていると言われると怪しい)を纏っており、髪にはお手製の髪飾りまで付いている。
「お兄ちゃん、誰?」
「おにいちゃん…」
幼女にお兄ちゃんと言われると何だか胸の奥がムズムズするけど、それどころではない。
まさか、まさか。
嘘だろ?え、嘘でしょ?だって、でも、着物…髪飾り…え?
頭の中で大混乱中の俺は思わずその場にしゃがみ込んだ。
幼女と同じ目線になり、幼女が口を開く。
「お母さんはどこ?」
「え、お兄ちゃんもわかんない…」
反射的にそう言ってしまった。
事実わからないんだけど。
そうすると次第に幼女の顔が歪んでいき、つぶらな瞳から大粒の涙が零れだす。
あ、と思った時には声を上げて幼女は号泣だ。
「うわぁぁんっ!!」
「え、あ…泣かないでよぉ…むしろ俺が泣きたい…」
このままでは俺が泣かしたみたいじゃないか。
…事実泣かしたか。
それにしたって、この子は誰だ?
鬼の術によって名前ちゃんのように連れて来られたんだろうか?
そうすると名前ちゃんはどこへ?
混乱する頭でなんとか幼女を泣き止ませようと奮闘する。
でも落ち着くどころか、更に声を上げて泣き始める幼女に俺は正直お手上げだ。
「え、えと…あ!名前!お嬢ちゃん、お名前なんていうのかな?お兄ちゃんがお母さんを探してあげるからさ」
「ひっ、ぅ…苗字、名前…」
苦し紛れに名前を聞き出した俺は硬直した。
は?は?え?
幼女の口から出た名前は紛れもない名前ちゃんの名前だ。
え?
何となく、想像したくないけど、幼女の状況が見えてきた気がする。
俺は背中に嫌な汗をかきながら、更に尋ねる。
「名前ちゃんかぁ…いい名前だなぁ。何が好き?」
「…はんばーぐ」
「はんばーぐ?」
少し落ち着いてきた幼女は瞼を擦ってそう答える。
全然わからん。
嫌な予感が的中しそうで俺は段々焦ってくる。
その他にも質問してみたが、ハッキリと答えられるものは少ない。
見たところ5,6歳の女の子だ。
言葉は喋れても、意味まできちんと理解できているかと言われると、難しいだろう。
「兄妹とかいるの?」
「わたし、お姉ちゃんなの。かずくんはまだ赤ちゃんだよ」
自信満々に腰に手を当てへへ、と笑う幼女。
俺はその返答に今度こそ顔を青くした。
確か、名前ちゃんって弟がいなかったっけ?
和樹くんとかいう…。
いよいよ本格的にまずい状況になってきた。
俺の予想が正しければ、この子は名前ちゃんだ。しかも幼女。
鬼の術によって幼女にされてしまったようだ。
もし、それが当たっていたら俺一人で解決できる問題ではない。
俺は幼女(名前ちゃん)を連れて、蝶屋敷へ戻る事にした。
だけど、小さい名前ちゃんは歩くのが遅くて、トロトロで、しかも危なっかしい。
結局抱っこして屋敷へ戻る羽目になった。
「お兄ちゃん、お名前は?」
「俺は、善逸だよ」
「何で髪の毛、黄色なの?」
「雷に打たれたからだよ」
でも小さい名前ちゃんとの会話は楽しかった。
何でも聞いてくるから、鬱陶しいかもと思っていたけど、素直に反応してくれるのが面白い。
お蔭で戻るまで退屈せずに済んだ。
話ながら帰ったことにより、この子も落ち着いていたし。
くりくりとした大きな目で見られるとなんだか照れる。
こんな純粋な目、初めて見た。
いつもの名前ちゃんなら、俺をみて蔑むような眼をするときがある。
本当に酷い。
「お腹すいた…」
「帰ったらおやつ食べようか」
「ポテトが食べたい」
「ぽ…?」
たまに全然話が通じない時がある。
確かに名前ちゃんはこの時代よりも先の未来から来たはずだから、知らない言葉だらけの筈だ。
適当に濁しながら俺は帰宅を急いだ。
――――――――――――――――
「しのぶさぁぁぁぁんんんっ!!助けてくださぁぁぁいいい!!」
蝶屋敷の玄関で出来うる限り大声で、しのぶさんを呼んだ。
抱っこしている名前ちゃんは、耳を抑えて「うるさい」としかめっ面だ。
五月蠅いのは申し訳ないけど、一大事なんだよ、我慢してね!
慌てて奥の廊下からアオイちゃんが登場する。
そしてすぐに鬼の形相となり「家の中でどれだけ大声出すんですか!!」と怒鳴られてしまった。
だーかーらー、それは申し訳ないんだけど、一大事なの!!
「アオイちゃん、しのぶさん!しのぶさん、呼んで!」
「…あれ、その子…?」
アオイちゃんが俺の胸にいる名前ちゃんに気付いた。
暫く見つめていたかと思うと、急にこちらを見てまた叫び始める。
「善逸さん!女の子を連れ帰って来てどうするおつもりですか!?名前さんが見たら卒倒しますよ!!」
「いや、違うって!!誘拐じゃないから!!よく見て!!この子、名前ちゃんなんだって!!」
ほら、ほら、ほら!!とぐいっと名前ちゃんを前に突き出して身の潔白を証明する。
その時に鬼の術が掛かってしまった事も添えて。
そうするとアオイちゃんの表情がさーっと青くなる。
だよね?だよね?一大事だよね?
俺誘拐犯じゃないでしょ?
「早く、こちらへ!!」
血相を変えて、アオイさんが案内してくれる。
俺は名前ちゃんを小脇に抱えて、それに付いていった。
しのぶさんの部屋につくと、彼女は金魚に餌をやっていた所だった。
アオイさんが状況を説明しようとすると、名前ちゃんを見て一言「あら、可愛い」と呟いた。
いや、可愛いけども!!可愛いのは分かってるんですけど!!
それどころじゃないでしょ!!
「まぁ…それは大変でしたね」
あんまり大変そうに見えない言い方で、しのぶさんは笑った。
何でそんなに呑気なんだよ!!名前ちゃんがちっさくなったんですよ!!
名前ちゃんは次々に現れる人に少し怪訝そうな顔で人の顔を見ていた。
「でも、大丈夫ですよ。鬼が絶命している上に、人の記憶や身体までを変化させてしまう術はそう長くは持ちません。今回の鬼は弱かったんでしょう?」
ニコニコと微笑みながら、しのぶさんが言う。
俺はその言葉に取りあえず一安心したけれど、長くは持たないっていつまで?
いつまでこの子、ちっさいままなの?
俺、困るんだけど!!めっちゃ困るんだけど!!
俺の心の声が聞こえたのか、困った顔をするしのぶさん。
「二、三日といった所ですかね?お薬を飲めば早く元に戻るとは思いますが…この子、飲めますか?」
薬、と言われて思い出すのは、俺が蜘蛛にされそうになった時に飲んだ苦い薬茶だ。
あんな味のもの、俺でも嫌だったのに小さい名前ちゃんが飲めるわけない。
こりゃ、日にち薬かもしれない。
はあ、とため息を吐いて名前ちゃんを見つめた。
不思議そうな顔をして首を傾ける名前ちゃん。
はあ、可愛い。
結局暫く幼女である名前ちゃんは、元に戻るまでそのまま普通に過ごす事となった。
炭治郎と伊之助が任務から帰ってきて、その事実を知ると大変驚いていたが、炭治郎なんかは甲斐甲斐しく世話を手伝ってくれた。
流石、長男だよな。
伊之助も思った以上に相手をしていた。
どんぐりを名前ちゃんに見せてあげたりして、意外に子ども相手が上手だった。
相手は子供だとは言え、名前ちゃんだ。
これには俺もいい気はしない。
「名前、これやるよ」
「わぁ、お花だぁ」
庭で伊之助から一輪の花を貰って喜ぶ名前ちゃん。
その様子を見ていたら我慢できなくなって、俺は後ろから名前ちゃんを抱き上げた。
「わぁ」
急に身体が宙に浮いて驚く名前ちゃん。
名前ちゃんを肩車して、俺はその場から逃走した。
「あっ!!てめぇっ」
後ろで伊之助の声がしたけど、しらねぇ!!
頭の上では名前ちゃんが俺の髪を掴んでケラケラと笑う。
楽しんでもらえるなら、と俺は調子に乗って加速した。
一通り走り回って、流石に疲れた。
縁側に名前ちゃんを座らせて、俺も隣に座る。
大きく手をついて「あー疲れた」と後ろに倒れ込むと、名前ちゃんが顔を覗き込んでくる。
「お兄ちゃん、つかれた?」
「あー…疲れてないよ、大丈夫」
心配そうな顔を見てしまったら、そう言うしかない。
名前ちゃんは俺の頭に小さい手で触れて、よしよしと撫でてくれる。
くっそーこんな小さい時からくっそ可愛い。
名前ちゃんの子ってこんな感じかな…?
「はぁ、子供欲しくなるわ…」
「…?お兄ちゃん、お嫁さんいるの?」
驚いた顔をして尋ねる名前ちゃん。
なんだその顔!!俺だって嫁予定の子くらいいるんだよ!!君だ君!!
俺はすくっと起き上がって、隣の小さい頭を見つめる。
本当に可愛い。平和ボケしてしまうくらいに。
「お嫁さんになってくれる?」
冗談のつもりで言った。
誰かに見られたら死ねる。
こんな小さい子に何を言ってるのかと、馬鹿にされるかもしれないけど。
「え…」
名前ちゃんは、一瞬目を開いて嫌悪感を表情に映した。
失礼だな本当に!!全部顔に出てるんだよ!!まったく!!
「そんな顔しなくても…」
まさかこんな幼女に嫌がられるとは。
俺は心の中で存分に泣く事にした。
「お兄ちゃん、お嫁さんになってくれる人誰もいないの?」
「…いや、いる。と思う」
「本当に…?」
「…そんな風に言われると心配になってきたよ」
一体この幼子はどれだけ俺の心を傷つけるんだ。
頭を抱えて俺はやけになって言う。
「名前ちゃんが、お嫁さんになってくれないと困るんだよ…」
はあ、とため息と共に出た言葉は一寸置いて返答があった。
「私もお嫁さんにならないと困りますけど」
幼子の拙い声ではなくて。
聞きなれた優しい声が隣から聞こえてきた。
俺は慌てて頭を上げて隣の名前ちゃんを見た。
そこには数日ぶりに見る名前ちゃんの姿があった。
「え、名前ちゃん…?」
「何ですか?」
「元に戻ったの?」
「え?」
ガクンと顎が落ちてしまいそうなくらい驚いたけど、ゆっくりその顔に触れると本物だってことが分かる。
名前ちゃんは理解してなさそうだけど。
「やったぁーーー!!」
空に向かって両手を上げて喜ぶ俺。
それを見て眉間に皺を寄せる名前ちゃん。
分かんなくていいから、俺だけが今嬉しいから!!
「何のことかよくわかりませんけど、」
「うんうん、良いよそんな事もう終わった事だし」
「善逸さん、さっきの話期待してていいんですか?」
「…え?」
ニヤニヤと口角が上がった名前ちゃん。
俺は先ほどの会話を思い出して、一瞬で顔に熱が籠るのを感じた。
「あぁぁぁっっ!!いちいちそう言う事言わなくていいから!!」
俺の叫び声は屋敷中に響いた。
atogaki
秋月さま、リクエスト有難うございました!
血鬼術で子供に戻っちゃった長編夢主が現代語とか喋って周りを混乱させるだけさせて元に戻るというお話をご希望でしたが、いかがでしたか?
何度もリクエストを変更させてしまい、申し訳御座いませんでした…。
あんまり周りは混乱しておりませんが、こんなのしか思い浮かばなかったです。
(大正時代にハンバーグがあったのかめちゃ調べました(笑))
こんなものでも宜しければお納めいただければ幸いです。
そしてまたご感想なんかも教えてください^^
この度は本当にありがとうございました!
お題元「確かに恋だった」さま
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