09


「まさか苗字先生が訪ねてきてくれるなんて…」
「お忙しい所、すみません」
「気にしないで、部活中でもいいかしら」
「全く問題ないです」

放課後、華道部の部室を訪ねると可愛らしい笑顔が迎えてくれた。
学校の一番端にある部室、それが和室となっていて華道部の部室である。
顧問である胡蝶先生が毎日ここに居る事を知っていたので、私はお邪魔させてもらった。
勿論、お茶菓子は忘れない。

中へ入ると畳の匂いがして何だか懐かしい気持ちになった。
胡蝶先生に促され、畳の上に腰を下ろす。
中には胡蝶先生の妹さん、高等部3年の胡蝶しのぶさんと2年の栗花落カナヲさんがちょこんと座っていた。

「あら、苗字先生。いらっしゃいませ」
「部活中にごめんね、失礼するね」

胡蝶先生とよく似た顔で笑う胡蝶しのぶさん。
こうやってみると本当に似ている。
彼女たちの前には新聞紙が敷かれていて、色とりどりのお花たちが寝かされている。
栗花落さんはニコニコと微笑みながら、ちょきんちょきんとそれらを裁断していった。

「この娘たちが横に居てもいいかしら?」
「お気になさらず。私、華道部の活動を見た事なかったので、とても新鮮です」
「それは良かったわ」

胡蝶先生が気を遣って人払いをしようとしてくれたけれど、そんな事をする必要はない。
部活中に訪ねてきた私が悪いし、別に聞かれても何ら問題はないし。
ただ誰かに聞いて欲しかった愚痴みたいなものだし。

「お茶を用意するわね」
「お気遣いなく」

そっと胡蝶先生が立ち上がり、和室の隅にある簡易型の台所へ向かう。
華道部の和室って初めて入ったけれど、凄く落ち着く空間だなぁ。
保健室もこんな雰囲気にしたいものだ。
キョロキョロと周りを見ていたら、くすくすとしのぶさんが笑みを零す。

「そんなに珍しいですか?」
「何だか落ち着いちゃって…保健室もこんな落ち着いた雰囲気にしたいなって思ったの」
「そう言って頂けるのは嬉しいです」

まるで女神のような微笑みで癒される私。
この姉妹、本当に癒される。一家に一人欲しいくらい。

「胡蝶さんは華道部なの?」
「いえ、私は遊びに来ただけです。本業は薬研とフェンシング部ですよ」
「運動部と文化部の掛け持ち…凄いね」
「慣れれば、そんなには」

そんな会話をしていたら、お盆を持った胡蝶先生が私の前に座った。
わざわざ仕舞っていたちゃぶ台まで出して貰ったみたいで、申し訳なく思う。
ちゃぶ台を広げるの手伝いって、持ってきた茶菓子をその上に置いた。

「すぐ売り切れになる有名店のどら焼きです。どうぞ、ご賞味下さいませ」

そう言うとぱあっと胡蝶先生の顔が明るくなり「頂いていいのかしら!」と声を上げた。
どうぞ、と促すと喜んで手を伸ばす。
胡蝶先生だけじゃなくて、胡蝶さんや栗花落さんにも同じようにどら焼きを配る。
彼女たちも喜んでそれを受け取ってくれた。
喜んでいただけて何より。

「美味しい〜!苗字先生も食べてみて、本当に美味しいわ、これ」
「じゃあ、私も頂きます」

可愛い女子三人がどら焼きを頬張る姿を見ていたら、胡蝶先生に勧めて頂いたので有難く頂く。
ビニールで包まれた包装を開けたら餡の良い香りが鼻についた。

「お、美味しい」
「でしょ〜?」

暫くモグモグとどら焼きを堪能していたら、一つ目のどら焼きを食べ終わった胡蝶先生が口を開いた。



「さて、苗字先生。今日は何があったの?」



ハンカチで優雅に口の周りを拭い、こちらを見て微笑む天使。
私が男だったらその笑顔に心臓を撃ち抜かれていただろう。
不死川先生もライバルが多くて大変そう。

ゴクンとどら焼きを飲み込んで、用意されたお茶を一口。
若干視線を逸らしつつ「実は…」とぽつり零した。


「何だか最近、冨岡先生の様子がおかしくて」


そう言うと、目の前の胡蝶先生だけじゃなく、横に座っていた胡蝶さん、栗花落さんまでキョトンとした顔をした。
ど、どうしたんだろう?

「冨岡先生の態度が変なの?」
「そ、そうなんです…!目も合わさないし、話しかけても不愛想だし」
「冨岡先生が不愛想なのは今に始まった事ではないけれど…そうなの?」

口元に手を当てて首を傾げる胡蝶先生。
そう言われれば確かに不愛想はいつもかもしれない…けど!
拍車がかかって酷いんです!
そう訴えてみるもお三方の表情は「う〜ん?」といった様子。
あんまりピンときてないのかな。

「不愛想は良く分かりませんが、冨岡先生が目を合わさないって、確かに変ですよね。冨岡先生、人の目を見てお話するタイプの人ですし」

胡蝶さんが顎に手を置いて考え込むように言う。
だよね、だよね。
それがあの人の良い所だもん。
いや、もっと良い所あるんだけど。

「そうねぇ〜…何かあったの?苗字先生」
「いえ、ここ最近は特に…ちょっと前に一緒にご飯を食べに行ったくらいで…」
「冨岡先生と?」
「冨岡先生と」

先日のお出かけの事を言うと、胡蝶先生の目が大きく見開かれた。
驚いたように私を見る胡蝶先生。
そう言えば、言ってなかったっけ。
ちらっと隣のお二方を見ると、こちらも同じような顔で吃驚していた。
あれ?そんなに吃驚することなのかな?


「あ、でもその後は別に普通で…!むしろ、仲が良くなったかなーっていうくらいだったんですけど、急にここ最近、様子が変わって…」
「うーん…良く分からないわね」


とうとう腕を組み始めた胡蝶先生。
そんなに難しい悩みだったのだろうか。
確かに冨岡先生は何を考えているのか分かりづらい人だし、あんまり口に出さないし。
胡蝶先生なら何か分かるかなって思ったけれど、冨岡先生の事で分かる人の方が吃驚だよね。

皆でうーん、と頭を悩ませていると、和室の扉が小さくノックされる。
それに気付いた胡蝶先生が「はーい」と声を上げ、すぐに立ち上がった。

「ちょっと待ってて」

パチっと可愛らしくウィンクをされたので、私は大人しく座って待っている事にした。


和室の襖を開けた胡蝶先生の言葉を聞くまでは。



「あ、冨岡先生…?」



胡蝶先生の口から冨岡先生、の言葉が出た瞬間、私の心臓ばありえないくらいバクバクしていた。
恐る恐る後ろを振り返ると、襖の向こうに見慣れた青ジャージが見えた。
い、いるじゃん…!冨岡先生いるじゃん!
さっきまでの会話、聞こえてないよね…?
まるで悪口を言っているような気分になる。


「どうしたの?」
「いや、胡蝶に用があって」
「私?」
「違う。胡蝶しのぶの方だ」


呼ばれた胡蝶さんがすっと立ち上がる。
そして襖の方へ近付き「どうされました、冨岡先生?」と尋ねる。
内容はただ単に授業の事だったりしたので、大したことは無さそうだけれど、
気付いてしまった。

冨岡先生が胡蝶さんの目を見て話している事に。


ズキン、と小さい痛みが胸に走った気がした。

急に周りの音が聞こえなくなって、何だか胸がモヤモヤする。
何で?何で胡蝶さんには普通に話しているのに。
私には目を見て話さない癖に。
どうして?なんで?
そんな思いがぐるぐると駆け巡る。


「苗字先生?」


ずんずんと気持ちが沈んでいたら、肩にポンと優しい手が置かれた。
はっとして顔を上げると、栗花落さんが心配そうな顔で私の前に居た。
瞬間に沈んでいた顔を元に戻して「なあに?」と尋ねると、栗花落さんは目を細めて

「泣きそうなお顔ですよ」と一言零した。

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