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「ちょっと、義勇さん。そこに座ってください」

お昼休み。
いつものように義勇さんは保健室のドアをノックした。
私が「どうぞ」と言うと、これまたいつものようにドアが開かれたけれど、ドアを開けた先の義勇さんの顔が、酷く驚いていた。
それもその筈だろう。
いつもなら、自分のデスクに鎮座している私だが、今回はチャイムと同時にドアの前で仁王立ちしていたのだから。
そして、ドアを開けたまま固まっている義勇さんに冒頭の台詞である。

頬をむっと膨らませ、如何にも“怒ってますよ”とわかるような態度で立っている私を見て、義勇さんは何か言いたげではあったけれど、大人しく私の指示に従い、いつもの席へ着席。
勿論、その向かいに腰を下ろした私は、デスクから椅子を離し、より義勇さんに近い場所まで椅子を転がす。

「な、何だ」

その様子を見て初めて、義勇さんが口を開いた。
私の行動にさらに驚く様子の義勇さん。
だけど私はもう既にぷんぷんモード。
止まる事はしない。
義勇さんの膝と私の膝がくっつきそうな位置に近付いた私は、ふん、と軽く鼻を鳴らし唇を尖らせた。

「義勇さん、私に何か言いたい事あるんではないですか?」
「ない」

目を細めながら義勇さんに問いかけてみた。
だけど一寸も置かずに目線を逸らした義勇さんに即答されてしまう。
それ、それだ! 何で目を逸らすんだこのボッチ!!

「ない事ないでしょう。何でこっちを見ないんですか。私は怒っています」
「理由はない。怒っているのは見て分かる」
「だったら正直にお話下さい。ちなみに、昼休みに解決しなければ放課後まで延長ですから」
「……」

結構無理矢理な話だけれど、それすら覚悟で私は怒っている。
いい加減義勇さんの行動で振り回されたくないのだ。
というか、私だけ目を合わせてくれない現状に悲しみを通り越して怒っている。

「あ、正直にお話して下されば、豪華プレゼントもありますので」
「プレゼント…?」
「ほら、欲しくないですか、プレゼント」

先程までは私の顔色を伺うような表情をしていた義勇さんだったが、私の発言で目が点になっている。
それは不本意なんだけどなぁ。タダじゃ喋らないと思ったから、こちらは用意しているんですよ!
プレゼント作戦は失敗したことだけは確かだ。


「…ほら、早く」


ぐいっと顔を近づけ、義勇さんを上目遣いで睨みつける。
義勇さんの口が、ぐっと歯を噛んでいたけれど、暫くして観念したようにため息を吐いた。

「話す。話すから、そんな顔で見るな」
「そんな顔とはどんな顔でしょうか?私は怒っているだけですけど」
「怒っているつもりかもしれないが、どうみてもそれは…」
「なんです?」

更に義勇さんに詰め寄る私。
だけど、義勇さんは「いや、なんでもない」と一つ重たいため息と共に呟いた。
失礼じゃないですかね?義勇さん。

「5分あげます。私が納得できる言い訳をどうぞ」

義勇さんから顔を離し、私は椅子に座ったまま腕を喰む。
これもまた如何にも“怒っている”アピールだ。

だけどそれを見ても義勇さんの反応は呆れたような、なんとも言い難い表情をしている。

「…分かった」

義勇さんは苦しそうにそう呟くと、ここ最近交わらなかった視線が私に向けられた。
あまりに久しぶりだったし、しかも急だったから思わずドキンと心臓が高鳴ってしまう。
イケメンの眼光が眩しい。



「苗字は最近、煉獄と仲が良いのか…?」



ポツリと零れた言葉に今度は私の方がぽかんとしてしまった。
え、何? どういう事?
理解が追いつかないんだけど、何で煉獄先生が出てくるの?

「煉獄先生ですか…?」

義勇さんがコクリと頷く。
まさか煉獄先生の事を言われると思っていなかったし、完全に私個人の不満が飛び出してくるだろうと身構えていたから、正直拍子抜けしてしまった。
仲が良いかもしれませんけど、別に煉獄先生だけではないですけど。

「えーっと…」

私が何て言おうかと迷っていると、義勇さんは視線を泳ぎ始める。
あ、どうしたんだろう。なんか落ち着き無いね。

「な、名前を…」
「名前?」

モジモジと言いにくそうに口を動かす義勇さん。



「煉獄が名前で呼んでいた、だろう?」



言われてそこで思い出した。
そう言えばこの前「これからは名前で呼ばせてもらう」とかなんとか言ってたっけ。

「名前で呼ばれてはいますけど…この学校で一番仲が良いのは煉獄先生ではないですよ」

煉獄先生だって他意はない筈だし。
私だって別に特別仲が良いとも思っていない。
だって、一番仲が良いのは…


「義勇さんでしょ、私と一番仲がいいのって」


違いますか?と首を傾げて尋ねる私。
私の言葉で義勇さんの表情が固まった。

あれ、何かまずい事言った?

動かなくなった義勇さんに焦りを覚え、冷や汗が出始めた頃。
やっと義勇さんの口がもぞもぞ動き始める。

「そ、そうか」

そう言って呟いた義勇さんの顔は、少しだけ、ほんの少しだけ赤いように見えた。


「正直に言ったぞ。豪華プレゼントやらは無いのか」

と、思ったのもつかの間。
すぐにいつもの何を考えているのか分からない顔に戻ってしまった。
何だか勿体ないなぁ。

「ありますけど、欲しいですか?」
「おい、約束と違うぞ」
「分かってます。少々お待ち下さいな」

私は自分の椅子を引いて、デスクの下に置いていたカバンの中から、一つのタッパを取り出す。
それを義勇さんの前に置き、割りばしも添えてあげる。

「どうぞ」
「こ、これは…」
「鮭大根です。お好きでしょ?」

私が作ったものだから美味しいかどうかは知らないけれど。
不味くても文句は聞きませんが。

「頂く」
「はい、どうぞ」

パカっとタッパの蓋をあけ、割った箸で中身をつつく義勇さん。
心なしか表情が緩んでいるような気がする。
一口サイズのかけらを箸で掴み、そして一口。
モグモグと咀嚼音が響く。

「うまい」

ゴクリと飲み込む音が聞こえて、そして出てきた言葉は、私の機嫌を一瞬でなおすくらいの破壊力を持っていた。

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