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体育の授業でケガをしたらしい、我妻君はクラスメイトに連れられ、保健室へとやってきた。
ビエンビエンと泣いていたけれど、ケガ自体は突き指だったので、丁寧に包帯で固定すればいい。
付き添いの子たちはそのまま授業に戻ってもらって、我妻くんをソファに座らせていると、泣き止んだ我妻くんがぽつりと呟いた。
言われた言葉の意味が理解出来なくて、笑顔のまま首を傾げる私。
意味が通じていない事を理解した我妻くんは、もう一度同じ事を口にした。
「だから、冨岡先生と付き合ってるの?」
「…誰がそんな事言ってるの?」
私の気のせいかと思ったけれど、そうではないらしい。
はあ、と重いため息を吐いて包帯を手に取り、我妻くんの前に座った。
「美術の宇髄先生が言ってたよ」
情報元を聞き出す事に成功した私は、また同じ笑顔のまま「そうなの」と言っておく。
あの人か。
生徒が噂を流しているのならまだしも、同じ教師の立場でありながら何てことを言うんだ。
第一噂の内容は完全に事実ではない。
本当、何てことをしてくれるんだあのボケた美術教師。
「その様子だと嘘っぽいね」
「そうね」
顔を引き攣らせた我妻くんが言う。
そうですとも。
それに今私は宇髄先生に対して、殺意に似た怒りでいっぱいだわ。
我妻くんの人差指を出して貰って、私はするすると添え棒と一緒に包帯を巻いていく。
じーっと珍しそうにそれを見つめる我妻くん。
「でも、付き合ってるかと思ってた」
「私と冨岡先生が? そんな事ないよ。冨岡先生に失礼だわ」
「そうかなぁ?」
我妻くんは不思議そうな顔で私を見る。
うーん、この子の言ってる意味が時々分からないなぁ。
確か耳が良いんだっけ。人の音に敏感だった筈。
私の動揺する音も聞こえてるのかな。
「何でそう思うの?」
一応確認のため、尋ねてみた。
我妻くんは「んー」と考える素振りを見せて口を開く。
その間に私は包帯を巻き終わり、我妻くんに冷たい麦茶を出す事にした。
「俺も最初は嘘だと思ったんだけどー…宇髄先生が『冨岡から聞いた』って言ってたから、ガチの話かと思って」
「え?」
麦茶を用意しようとコップを右手に持っていたが、思わず落としそうになった。
慌てて振り返り我妻くんを見る私。
我妻くんが嘘をついているのかと思ったけれど、表情からはそんな風には見えない。
むしろ私に「本当に付き合ってないの?」という疑いの目線を向けている。
いやいやいやいや!! 付き合ってないから!! もう!
気を取り直してコップに麦茶を注ぐ私。
それを落とさないように持って、我妻くんの前にコトンと置いた。
「ありがとうござまーす」と我妻くんはそれを口にする。
「きっとそれも宇髄先生の嘘だよ。本当に付き合ってないの」
「えー? でも、宇髄先生からはそんな音しなかったけどなぁ」
「きっと聞き間違えたのよ。きっとそう」
「うんー?」
まだ納得のいかない顔で麦茶を啜る我妻くん。
一体全体どうしてこうなった。宇髄先生も悪戯が過ぎる。
…ちょっと待って、我妻くんがそれを知っているという事は…
「もしかしてその話、皆知ってるの?」
「え?うん、だって宇髄先生が言いふらしてたから」
ピキ、と額に青筋が走ったのが自分でも分かった。
目の前の我妻くんもそれを目にしたのだろう、「やべ」と顔が言っている。
我妻くんが自分の口に手を当てるけど、もう遅い。
「我妻くん、素敵な情報ありがとう。あとで宇髄先生と面談してみるね」
「め、面談…」
そんな事を話していたら、丁度チャイムが鳴って授業の終わりを告げる。
我妻くんはさっさとその場に立ち「じゃ、苗字先生、ありがとう!」と言い残して、保健室を出て行ってしまった。
あ、逃げた。
…さて、私はどうしようか。
取りあえず、宇髄先生を呼び出すか。
胸にモヤモヤしたものが広がるのを感じつつ、右手で固く拳を作って私は一人微笑んだ。
――――――――――――――
「うっせーな、一回呼びゃあ、分かるだろうが」
「一回呼んでこなかったので、何度も放送しただけですよ」
目的の人が面倒臭そうに欠伸をして保健室にやってきたのは、私が放送をしてから30分後だった。
一回呼んでも中々来ないので、放送室でイライラしながら何度も放送する事になったのは誰の所為だ。
放課後だったから良かったものの、これが昼間の授業中ならそんな事出来なかった。
お互いイライラした様子で向き合う。
そしてドスンとソファに乱暴に座る宇髄先生。
思いっきり深く座って、どれだけくつろげば気が済むんだ。
「んで、何の用だ?」
「まあ、よくご存じじゃないですか? とんでもない噂を流した張本人さま」
「噂ぁ?」
長い足を組んでこちらを見下げる宇髄先生。
私は用意したお茶を宇髄先生と自分の前に置き、向かいに腰かけた。
私の言った意味が分からなかったのか、首を傾げ、腕を組み「ん?」とほざく。
この人は…。
「冨岡先生と付き合ってる、って」
呆れたようにそう言うと、やっと分かってくれたのか「あー」と言い、自分の手をポンと叩く宇髄先生。
ホントむかつく。
更にイライラが増すが、目の前の宇髄先生はそんな事お構いなしに口を開いた。
「言っとくけど、俺は冨岡から聞いた事をそのまま言っただけだからな」
「は?」
「は?じゃねーよ。お前らホントに付き合ってないの?」
「ないです!」
我妻くんから聞いた事、そのままだ。
私は思わず吃驚して声が出てしまったけど、逆に宇髄先生から「付き合ってないのか」と聞かれてしまった。
冨岡先生に聞いたって、え?
頭が混乱してきた。
てっきり宇髄先生がふざけて言いふらしてると思っていたから、ってか今でも思ってるけど。
冨岡先生に聞いたって、何を?
「本当に冨岡先生が言ってたんですか? その…私と付き合ってるって」
「ああ。言っただろこの前、冨岡と話してやるって。そん時だ」
「…は?」
「いや、は?じゃねーから」
益々意味が分からない。
冨岡先生に聞いたのは本当らしい。
でも、冨岡先生がそんな事言うとは全然思えない。
だって、事実付き合ってないし。
へ?ん?え?と顔をころころ変えながら混乱していると、宇髄先生がため息を吐いた。
「おいおい、お前らどうなってんだ」
「いや、こちらの台詞ですよ! 私って冨岡先生と付き合っているんですか?」
「俺が知った事か!」
そう言って宇髄先生は麦茶をがぶ飲みする。
飲み終わると乱暴にテーブルの上にコップを置き、「俺の用は済んだだろ、帰る」と言って出て行こうとする。
「ちょ、待ってください宇髄先生! まだ話はついてないです!」
「俺関係ねーじゃねえか。後は冨岡と話せ。じゃーな」
振り返る事なくひらひらと手を振って、大男は保健室から出て行った。
その場に残された私は、ぺたりとその場に座り込み閉ざされた扉を見つめる事しか出来なかった。
「どうなってるの」
ぽつりと呟いた言葉は悲しく宙に消えて行った。
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