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義勇さんが私と付き合ってる、と言ったというものだ。
何故そんな事になっているのかわからなくて、昨晩は全然眠れなかった。
どうして?なんで?と思う中に、でも義勇さんが本当に彼女として想ってくれてるなら、
どれだけ嬉しいだろう、なんて考えてしまう自分がいて、頭に熱が籠ってしまって、頭が痛い。
朝から何だか熱っぽい気がしていたんだけれど、どうやら本当に風邪を引いてしまったみたいだ。
学校に来てからも痛みの取れない頭痛と額の熱に、義勇さんどころではないなと焦る私。
とは言え、熱もそんなに高くないので、金曜である今日を乗り切れば、何とかなるだろう。
幸運にも朝から保健室を訪ねてきた生徒はいなかったので、風邪薬を服用し、デスクに鎮座していた。
だけど問題は昼休みである。
もうあと数分でお昼のチャイムが鳴るという時間。
昨日の宇髄先生の話のお蔭で、義勇さんの顔を見たくないと思ったのは初めてだ。
体調も悪いし、今日は断ろうかと思ったけれど、あの人の性格なら余計に心配させてしまうかなと思ったので、
取りあえずは体調を悪いのを隠して、さっさとご退席願おう。
そうこうしている内に、チャイムが鳴り響いた。
コツンコツンと廊下を歩く足音が聞こえる。
恐らく冨岡先生だろう。
扉をノックする音が聞こえて「どうぞ」と言うと、やはり義勇さんが扉を開けて中へと入って来た。
義勇さんの顔を見ると、風邪の所為なのかそれとも昨日聞いた話の所為なのかわからないけど、更に体温が上がった気がした。
これではまるで恋する女の子である。
「…どうかしたのか?」
何か思う所があったのだろうか、義勇さんがいつもの席に座るとき、私を眺めてそう言った。
先程考えていた事がバレたくなくて、私は慌てて否定する。
「い、いえ…何でもないです」
にこりと笑って見せるが、義勇さんは首を傾げて納得いっていないご様子。
心臓がドキドキと音を立てて、うるさい。
こうしてご飯を食べている様子も、噂を聞いた人には付き合っている、と思われているのだろうか。
どうやったら噂は払拭できるのかな。でも、なんだか寂しい気持ちもする。
何とも言えない複雑な気持ちに、心の中でため息を吐いた。
「何かあったのか?やっぱり様子が変だ」
「えっ!?」
心配そうな顔をして、食べる動作を止める義勇さん。
察しの良い義勇さんに私は動揺を隠せない。
「い、いえ…少し風邪っぽくて…」
ははは…と笑って見せた。
義勇さんはそれを聞いて、パンをデスクの上に置き、右手を伸ばして私の額に添えた。
冷たい手が私の額に当たって少し気持ちい。
義勇さんの身体も少し私に近付いている。
「熱がある」
「はい、そうなんです」
「休め」
「今日、帰ったら休みますから」
義勇さんの目が細められる。
あんまりよく思ってない風だ。
だけど、保健師はこの学校に一人。
突発のお休みを簡単にとる訳にはいかない。
それを分かっていて、義勇さんは何も言わないで唇をぐっと閉じている。
義勇さんだって、自分が同じ立場なら同じ事をすると思うから。
「なるべく身体を休めるんだ。それから、通勤は徒歩か?」
「え、えぇ…電車通勤なので、駅までは徒歩です」
「なら仕事が終わったら待っていろ。車で送る」
「く、車でっ!? い、いや、それは悪いです…!」
義勇さんの申し出に頭をブンブン横に振って拒否する私。
さらに義勇さんの顔が険しくなる。
あ、ちょっと怒ってる?
とっても嬉しい申し出なんだけれど、いいのかな?
「送る」
有無を言わせないくらい、ぴしゃりと言い放たれ、私はぐ、と言葉が出ない。
そして諦めて「ありがとうございます」とお礼を言う他無かった。
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「体調はどうだ?」
「昼よりマシになりました。ご心配をお掛けしてすみません」
定時後。
お昼の約束の通り、私を送ろうとする義勇さんが、保健室まで迎えに来てくれた。
私は白衣を自分のデスクの椅子に掛けて、カバンを手に取る。
義勇さんの私服、この前の買い物で買ったジャケットだ。
自分でそれに似合う他の服も買われたみたいで、少し嬉しい。
体調の方は断然昼よりも良くなった。
やっと薬が効いてきたのか、頭痛も無くなっている。
あとは微熱くらい。
二人で駐車場までやってくると、一つの車の前で義勇さんが止まる。
助手席に座るよう言われ、私は反対側に回って扉を開けた。
「失礼します」
義勇さんは綺麗好きなんだろうか。
車の中がとても綺麗にされているのを見てそう思った。
運転席に義勇さんが乗り込み、車が発進する。
正直送ってくれる、と言ってくれて助かった。
ふかふかなシートに座っているだけで身体がだるい。
朝はなんとかなったけれど、一日疲れた状態で徒歩はしんどかったかも。
「あれ? 駅はこっちじゃないですよ?」
「…あぁ」
「あの?」
「家まで送る」
「へぁ?」
てっきり駅まで送ってくれるとばかり思っていたので、吃驚した。
家って、家?
え、え…申し訳なさすぎるんですけど!!
義勇さんの横顔を見ながら「駅まででいいですよ?」と言ってみるも、義勇さんは首を横に振る。
あ、送ってくれるつもりだ。
優しいけど、本当に申し訳ないな…。
家の方向は知っているので、そちらに向かってくれてるのだとか。
私はふう、と息を吐いてお礼を言った。
「あと五分くらいです」
「わかった」
家に近付いてきた。
義勇さんは車を飛ばすことなく、安全運転で穏やかに走行してくれた。
正直もうこの辺で停めてもらっていいんだけれど、それを言うと多分停めてくれないだろうから、
大人しく家まで助手席に座っている事にした。
私のマンションの前の大通りに車を止める義勇さん。
わざわざ助手席をマンション側して停めてくれる、優しい。
「…あ、ありがとうございます、義勇さん」
「これくらい礼を言うほどでは。つらくないか?」
「えぇ、お陰様で凄く楽です」
「それは良かった」
義勇さんが片手をハンドルに置いて、くすっと笑う。
ドキン、と胸が跳ねた。
よくよく考えたら、密室…で二人きりだ。
しかも昨日の宇髄先生の話の後だから、余計に緊張する。
でも、聞くなら、今だろうか…?
覚悟をきめて、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ぎ、義勇さん…」
「何だ?」
少し硬い表情となった私を見て、義勇さんが首を傾げる。
私はゆっくり、間違えないように言葉を紡ぐ。
「あの、私達って…付き合っている、んですか?」
言葉にすると、何を言っているんだと言われそうなくらい自意識過剰なセリフである。
だけど聞かずにはいられない。実際宇髄先生が義勇さんから聞いた、と言っているのだから。
私の顔をぽかんとした表情で見つめる義勇さん。
そして、一寸置いて
「違うのか?」
と、誠に驚くセリフを続けたのだった。
「…え?」
私の頭の上には疑問符がコサックダンスを踊っている。
目の前の義勇さんも顔面に疑問符が貼り付いている。
お互い、訳がわからない、といった顔だ。
ただ、私の表情を見て少しだけ義勇さんが傷ついた顔をしたのが分かった。
「…勘違いしていたようだ」
ふい、っと視線を逸らす義勇さん。
仄かに頬は赤いけれど、でもどこか苦しそうな横顔。
やだ、えっと、そんな顔して欲しかったわけじゃないんだけど…。
「気にするな。てっきり、俺はそうだとばかり思っていただけだ」
「い、いや…あの…!」
「苗字、今日はもうゆっくり休め。また月曜日」
「義勇さん、聞いてください!」
私から顔を逸らしたまま、別れの挨拶を言う義勇さんを見て、居ても立っても居られない。
ハンドルにあった手を掴んで無理やりこちらを向かせる。
すると、やっぱりどこか辛そうな顔で私を射抜く瞳がそこにあった。
「義勇さん、私…義勇さんの事、好きです」
そんな瞳を見ていたら、何故かぽろっと気持ちが零れていた。
言ったあとに、あ、と思ったけれど今更遅い。
「…え、っと…違っ…はないけど、えっと…あの」
急に恥ずかしくなってきて、掴んでいた手を離し、ブンブンと手を横に振る。
きっと今の私は風邪と相まって、ありえないぐらい顔が赤いだろう。
こんなに堂々と告白するつもりなんてなかったし、自分が義勇さんと釣り合うとも思っていない。
そうだったらいいな、と想像する事はあってもそうなるように行動する事は無かったのに!
パニックを起こしつつある私は、この場から早く立ち去りたい気持ちになる。
後ろでで車のドアを探り、出て行こうとする。
それに気付いた義勇さんが、宙でブンブン揺れている私の片手を掴んだ。
ぐい、っとそのまま手を引かれ、そして気付いた時には目の前に義勇さんの顔があった。
時が止まったように感じた。
唇に感じた柔らかい感触、目の前に見えるドアップの義勇さんの顔。
それら点と点を合せて導かれた答えは、私が今、義勇さんとキスをしているという事。
物凄く長く感じたキスは、ゆっくり惜しむように離れて行く。
そして、若干赤い顔で義勇さんが私をじっと見つめる。
「好きだ、名前」
私は昨晩の夢の続きを見ているのだろうか。
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