03
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いくら教師のメンタルヘルスも受け持つと言っても、怖いものは怖い。
私は数学教師の不死川先生と向かい合いながら、薄っぺらい笑顔を貼り付けて心の中では大号泣していた。
胡蝶先生…どんな宣伝したんですか!?
先日、胡蝶先生にお話した時、生徒・教師間で周知させてくれるという話だった、
まさかその次の日から保健室の扉を不死川先生が叩くなんて、誰が予想しただろうか。
来てくれたのに無下に扱う事は出来ない。
私は保健室の扉を開けて数秒固まってしまったけど、すぐに正気を取り戻し、慌てて扉に「面談中」の紙をぶら下げたのだ。
こわいこわいこわいこわい。
顔が怖すぎる。
めちゃくそ傷が入っているし、目つきもそこそこ悪い。
いつも怒っているかのような雰囲気を醸し出していて、耳にする噂はとんでもないものが多い。
そんな彼が私に何の用だというのだ。
胸の内でこんなに怯えている事がバレないよう、私は笑顔を崩さず「そちらにお掛け下さい」と言った。
不死川先生は「あぁ」と一言、そして丸椅子に腰を下ろした。
私はその向かいに座り、ノートとペンを持つ。
時間に限りの無い放課後である事を、こんなに後悔したことは無い。
怖いけど、不死川先生だって何かお話があってここまで来てくれたのだ。
ただ顔が怖いという理由で失礼な態度を取る訳にはいかない。
そう言う意味では、冨岡先生は不愛想だけど顔は無表情だから、お話がしやすい。
なんて事を考えていたら、不死川先生が頬を指でポリポリかきながら、口を開いた。
「胡蝶に聞いた…相談に乗ってくれるんだろ」
「え、えぇ…内容にも寄りますけど、お話は伺いますよ? 胡蝶先生が言うには兄弟仲で、だとか?」
「ん?…あぁ、玄弥か。まあ、そっちもあるっちゃあるが、それよりも…」
「それよりも…?」
とても言い辛そうに視線をギョロギョロと動かす不死川先生。
口もモゴモゴしているし、よっぽどの事なのだろう。
そんな内容を私が聞いて良いのかと不安になるが、しょうがない。
私は黙って不死川先生の言葉を待った。
「こ…胡蝶は、何が好きだ?」
なんだって…!?
不死川先生の口から出た言葉に思わず耳を疑う。
でも表情に出すわけにはいかないので、まだ私は嘘くさい笑顔のままだ。
目の前の不死川先生は明らかに挙動がおかしくなり、頬も若干赤いような気がする。
……えーっと。
「胡蝶先生の、好きな物ですか?」
「そうだ」
「……」
確認の為、オウム返しをして尋ねてみたが間違っていない様子。
こくりと頷いた不死川先生は「苗字は仲が良いから、知らねぇか?」と聞いてくる。
仲はまあ、いい方かもしれませんけど。
でも、あの、相談って、ねえ。
「何かプレゼントですか?」
「そ、そんな大層なもんじゃねぇよ」
目の前の顔を赤くしている不死川先生は、本当に不死川先生なのだろうか。
私の想像の中の不死川先生像がどんどん音を立てて崩れていく。
モジモジしている姿に私は何故か親近感を沸いてしまった。
「胡蝶先生のお好きな物は存じ上げないのですが、女性ならお花とかお好きなのでは?」
貼り付けた笑顔ではなくて、心の底から出た笑顔で答えることが出来た。
私がそう言うと、不死川先生は一瞬ぽかんとしたけれど「花、か」と顎に手を当てて考え込んでしまった。
女性のプレゼントに悩む男性そのものである。
私は開いていたノートをパタンと閉じ、スマホから適当なお花の写真を見せる。
「このような物であれば、デスクに飾っても邪魔にならないですし」
小さめの鉢植えに植えられたお花の写真を見せると、不死川先生の顔が綻ぶ。
「いいな!それ」
「きっと喜ばれると思いますよ」
「サンキュー、苗字」
ニコニコと笑う不死川先生につられ、私までニコニコしてしまった。
保健室に入って来たばかりの不死川先生の雰囲気とは全く違うそれに、私は何だか嬉しくなる。
メンタルヘルスといったけど、普通に恋愛相談になってしまった。
まあ、それでも全然いいんだけどね。
不死川先生の嬉しそうな顔を見ていたら、どうか胡蝶先生と良い仲になって欲しいなと願ってやまない。
胡蝶先生はいいなぁ、素敵な男性が近くにいるんだから。
私もいつか男性からお花を頂きたいものだ。
目的を達成した不死川先生は、その場に立ち「ありがとう」ともう一度私に礼を言った。
「お役に立ててよかったです。不死川先生は、優しい人ですね」
「そ、そんなんじゃねぇよ…」
恥ずかしそうに顔を逸らしている姿は、数学嫌いな生徒を投げ飛ばした人と同一人物だなんて思えない。
人間らしい一面を見てしまった。
ほんわかした空気の中、私は不死川先生をドアまで送り、そっと扉の「面談中」の札をひっくり返した。
「じゃぁ、また来るわ」
「是非。結果も聞かせてくださいね」
不死川先生にひらひらと手を振り、小さくなっていく背中を見つめる私。
なんだろう、相談を受けたというのに私の心まで温かくなってしまった。
さ、仕事は終わった。
一応カルテを作っておくか、と保健室へ戻ろうとした時、後ろから声が聞こえる。
「苗字」
「あ、冨岡先生」
木刀を片手に持った富岡先生がいた。
言っちゃ悪いけど様になっている。
「冨岡先生もご相談ですか?」
「いや、俺は違うが…」
「そうなんですね。今は何を?」
「教室に生徒が残っていないか、見回っていた」
「なるほど」
確かにもう日が落ち始めている。
部活以外の生徒がこの時間まで残っているとまずい。
何故木刀を持っているのか気になるけど、取りあえず見なかったことにしよう。
「冨岡先生、よかったらお茶でも如何です? 私、今少し気分が良いんです」
「俺は…」
「さ、どうぞ」
「…おい」
冨岡先生の言葉を最後まで聞く前に、腕を引っ張って中へ招き入れる私。
何か言いたげな顔をしていた冨岡先生だったが、最後は諦めていつもの席についてくれた。
鼻歌混じりでコーヒーカップを用意する私を見て、冨岡先生が口を開いた。
「良い事でもあったのか?」
「そうなんです。誰とは言えませんけど、ちょっと素敵なお話があって…」
冨岡先生の前にカップを置いて、私は頬に手を添えた。
ふふふ、と笑顔が治らない私に、冨岡先生は怪訝そうな顔をしていたけど、ふうとため息と吐いてコーヒーに口を付けた。
「私もお花をくれるような男性がいたらなぁ…」
ぽつりと零した言葉を聞いて、冨岡先生は眉間に皺を寄せていた。
ちょっと羨ましいと思っただけなんです、そんな顔しないで下さい。
面倒臭そうな顔をした冨岡先生とお茶をしながら、胸の中で不死川先生にエールを送った。
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