何で今日こんな所に来てしまったんだろう。
早くも私は後悔していた。

男女6人、テーブルを挟んで向かい合い、どちらも少し緊張した面持ちで視線をキョロキョロと動かしている。
中央のイチゴちゃんは見事に可憐な女性を演じているし、私と反対端にいる沙耶ちゃんなんて、自分の求められているキャラが良く分かっているようで、黙ってニコニコと男性陣に愛想を振りまいていた。
そして、私は時々眉間に皺を寄せつつも、不器用に笑い返し、そしてたまに、本当にたまにだけど私と真反対の位置に座る我妻をちらっと見ては、重ならない視線に傷ついていた。
……自分で蒔いた種じゃん。

心の中で自業自得だと笑いながら、私は今日の数時間をどのように攻略するか頭を巡らせる。



集合の数時間前、私の家にイチゴちゃんがやってきた。

「うわぁ、マジでダサいじゃないですかぁ」

出迎えた私の部屋着を見てそうそうに失礼な事を呟くイチゴちゃん。
確かにイチゴちゃんに比べると見劣る部屋着でしょうね。
可愛らしい薄いピンクのリブニット、それから淡いグレーのプリーツスカートのイチゴちゃんは、
名前負けしない素敵な女性の恰好をしていた。
思わず「可愛い〜」と声を上げてしまうほど。
勿論メイクもピンク系統で揃えているため、普段よりも明るい。

「当たり前ですぅ。勝負を挑む前に戦闘服を着ないとボスの部屋まで辿り付けないんです」

そう言いながら、私の部屋にズカズカ入り込んでくる。
最近こういうの多いな、なんて思いながらその後ろを付いていく。

「さて、先輩のメイクと髪もやっちゃいますよぉ」

ニヤニヤと楽しそうに笑うイチゴちゃんを見つつ、もうどうにでもしてくれと半ば諦めて私はこの場にいるのだ。

出来栄えを見た時はさすが女子、としか言いようのない出来。
ツヤツヤした白シャツに黒とピンクのツイードスカート、しかもスカート丈は膝上。
短すぎず、長すぎず。
黒のタイツを履いて、黒のブーティーを履けば、普段の私の恰好からは想像付かない、女子力高そうな戦闘服の出来上がり。
これだけではなくて、髪は後頭部のあたりにお団子にしてルーズに髪を出す。
そして、前髪横、サイドの髪を下ろすとあら不思議。

「ほらぁ、これで先輩も女の子でしょぉ?」

勿論メイクも普段のビジネスメイクとは違い、服装にあった色でコーディネートしてくれた。
イチゴちゃん、そういう職業の方が向いているんじゃないの。
お蔭で時間はかかったけれど、無事戦闘服に着替える事が出来て、私達はそのままボス戦へ挑んだのだ。


沙耶ちゃんの方はコンタクト取っていたなかったけれど、彼女も流石としか言いようがない。
彼女は肉食系女子だが、その爪を隠し、時折儚げに微笑み可憐に膝の上に手を重ねていた。
ふんわりとしたAラインのワンピース。ストライプの柄の可愛らしい装いが彼女にあっている。

沙耶ちゃんの真向かいにいる我妻も仄かに嬉しそうに見えるし。

…馬鹿かな、私。
あれだけ意識しないように心に決めてきたのに、自分から視界に映してどうする。


「ではそろそろ始めます?」

真ん中の席で見事に場を盛り上げるイチゴちゃん。
彼女の一声で、合同コンパは幕を開けたのだ。
一応建前は私と我妻が幹事ではあるけれど、この場はイチゴちゃんに任せた方がよさそう。
なんたって、数々の合コンを乗り切ってきた猛者だから。

「では男性陣からご挨拶をお願い致しまーす!」

顔の前で可愛らしく手を広げ、まずは真ん中の男性に振るイチゴちゃん。
爽やかな短髪の男性だ。笑うと目が無くなる屈託のない笑顔は、普通に素敵だと思う。
彼の自己紹介が終わり、次に私の前に座る男性が話し出す。
茶髪のくねりヘアー。見た目でわかる、チャラそうな人。
我妻も初見はチャラく見えるけど、あんまりそう感じないんだよね。

…また我妻の事考えてる。

最後に我妻が話し出した。

「我妻善逸でーす。今日はお友達を見つけに来ましたー」

完全なる棒読み。
だけど私以外の女子には受けたらしい、キャッキャと横二人が笑って「何ですかそれー!」と反応している。
元々女子の扱いは上手い。
学生の時は一人しか見て居なかったけれど、奴が他の女子に目を向けた時があるとすれば、そりゃこうなる。
モヤモヤと広がる黒い思いに面倒だと感じながら、頂いたビールに口を付けた。

イチゴちゃんが見つけてきたこのお店。
店の中に可愛い川が流れているような雰囲気のある空間だ。
それぞれ個室になっていて、客の会話もそこまで気にならない。
普段の私が来るようなお店じゃない。

女性陣の自己紹介も無事に終わり、なんやかんや向かいに座る相手とお喋りを楽しむ私達。
私もいつまでも不愛想ではいられないから、茶髪のひねりさんと会話をする。
そう言えば、自己紹介ちゃんと聞いてなかった。
名前すらもう頭になかったので、適当に笑いつつ相槌をする。

「名前ちゃん、我妻と友達なんだって?」
「そー…なります、ね」
「敬語やめてよー…俺達、多分タメだし」

ニコニコ笑う茶髪くん。
同世代ばかり集めた会だから、そうだとは思うけれど、何だかこっぱずかしいな。
「うん」とだけ答えて微笑み返した。

「学生の時の我妻って、どんな感じだった?」

共通の話題が我妻しかないから仕方ないんだけど、我妻の事を聞かれると結構心苦しい。
こちらは気にしないようにしているというのに。
でもそれはこの人の知らない事なので、無碍には出来ない。

「うーん…女の子が大好きだったかなぁ」
「今と変わんねーじゃん」

茶髪くんにそう言われて私も自然に笑みが零れる。
会社での我妻は学生の時と変わらない女の子大好き野郎みたいだ。
こういう話を聞くのは新鮮だ。

「昔は一人の女の子が好きで好きで、ずーっとアピールしてたんだけど、振られちゃったんだよね」
「あー…そういう所、変わってないね。今も好きな子いるっぽいんだけど、状況は良く無さそうだし」
「そうなの?」
「そうそう、仕事中なんかイライラして歯ぎしりしまくってるよ」

それは仕事のストレスではなかろうか、と思ったけれど笑って誤魔化しておく。
好きな子、ねぇ…。
ちらっと端の席に目をやる。
楽しそうに沙耶ちゃんと会話をする我妻。
私には見せない爽やかな笑顔がそこにあった。

好きな子、いるんじゃん。

会場の空気とは裏腹に私の心は冷めていく。
何しにここにいるんだろ、と気分も沈む。

「名前ちゃん?」

茶髪くんが不思議そうな顔でこちらを見る。
はっとして私は「ん?なに?」と何でもなかったように答える。

「おかわりする?」
「…あー…頂こうかな」

いつの間にか手元のジョッキは空だった。

「生?」
「うん」

慣れた手つきで茶髪くんは店員さんを呼び、私の注文を伝えてくれた。

「合コンで生頼む人、俺初めて見たよ」

くく、と笑って茶髪くんが言う。
その言葉に私の顔に熱が籠るのを感じた。

「えっ!? ビールだめだったの!?」
「ダメって事は無いけど、合コンって、女の子からしたら可愛くみせたい場じゃないのかなーって」
「確かに生ビールは可愛くない、ね」

そのタイミングで私の生ビールが運ばれてくる。
シュワシュワと泡が上に上がっている。
美味しそう。

「でも俺、そういう正直な子嫌いじゃないよ」
「そうかぁ。今度があったらカシスオレンジにしとこ」
「女子の定番ね」

案外茶髪くんとの会話は弾んだ。
というか茶髪くんの会話術が素晴らしいんだけれど。
我妻の事を気にしない、なんてことは出来ないけれど、それを置いといて普通に会話するくらいだ。

他愛のない話をしていたら、いつの間にかまたジョッキが空になっていた。

「茶髪くん、おかわり」
「名前ちゃん、もしかして俺の名前覚えてない?」
「んー?」

胸の中だけで呼んでいた茶髪くん、という名前もいつの間にか口にしていた。
それでも目の前の茶髪くんは怒らなかったので、別にいいかと思う。
呆れた顔をしているけれど、茶髪くんはまた私のビールを頼んでくれた。

「連絡先、交換しない?」

空のジョッキを茶髪くんに渡すと、笑顔でそう言われた。
段々お酒の力で瞼が下がってきているけれど、言われた言葉の意味くらいは分かる。

「連絡先?」
「そう、名前ちゃんとまた飲みたいし」

また飲みたい、と言ってくれるのは素直に嬉しい。
けれど

ちらり見てしまった端の席。
こちらもスマホを二人で見せ合いながら、楽しそうだった。
ズキンズキン、と胸が痛む。

「…どうぞ」

自棄になった、と言われればそうなんだけど。
私はスマホを取り出して、自分の番号を伝える。

その時、我妻からの連絡が入っていたような気がしたけれど、私は深く考えずにそのポップアップを消した。


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