何だか気分が良い。
多分だけど、アルコールを摂取し過ぎている。
ぐびぐびと飲んでいたらあっという間に手元のジョッキは空っぽになるから、当たり前と言えば当たり前なんだけれど。
ほっぺの筋肉も何だか緩い気がするし、視界もグラついている気がする。
けれどまだ、頭の中は冷静、だと思う。

「名前ちゃん、ちょっともうお酒止めようか」

私の異変を感じ取ったのだろうか。
茶髪くんが私から飲みかけのジョッキを取り上げた。
それにつられて私の目線はまだジョッキを追いかけていた。

「何で?」

グラつく視線を茶髪くんに向けたけれど、完全に苦笑いで「やめとこーよ」と笑うだけだ。
分かってる、自分が一番分かってる。
でも飲まないとやってられない時だってあるでしょ?
何が悲しくて自分の好きな人の彼女を作るために合コンなんかに来てるんだか。
しかも目の前で。

「飲み過ぎですよぉ、せんぱぁい。ちょっとお手洗い行って来たらどうですぅ?」

隣で会話に弾んでいた筈のイチゴちゃんまで私の様子に気付いたみたい。
どこか心配そうな顔がこちらを覗き込んだので、ちょっとだけ反省した。
後輩に指摘されると辛い。

「そう、かも。ちょっとトイレ…」

そう言って立ち上がろうとした。
けれど、立ち上がれなかった。
態勢を崩して私は倒れそうになる。
けれど、それに気づいた茶髪くんが慌てて私を支えた。

「こりゃダメだね。一緒に付いていくよ」
「だ、大丈夫…」
「そう思う?」
「…無理」
「ね」

自分の状況を鑑みて速攻で無理だと判断した。
足元がこれだけ覚束ないなら、きっとお手洗いまで私は耐えられないだろう。
ここのお店、人工的な川とかあるし、最悪落ちるかもしれない。
茶髪くんのお言葉に素直に甘える事にして、私たちは個室を出た。

個室を出るとき、皆がこっちを見ていたけれど、我妻だけがスマホを見ていた。
あ、そう言えば奴からなんか連絡来ていたっけ。
きっとしょうもない事だろうけど。


――――――――――――――


フラフラのまま何とか用を足して、女子トイレの鏡を見た。
頬は赤らんで表情筋はゆるゆる、瞳は潤んでいる。
完全なる酔っ払いがそこにいた。
……まずいな。帰りどうやって帰ろう。
イチゴちゃんにお願いしようかと思ったけど、彼女は彼女で雰囲気良さ気だった。
ちらっと目があって、テーブルの下を見たら思いっきり親指上げて喜んでいたし。
そんな彼女に「帰り送って〜」と絡むのは先輩としてどうだろうか。

沙耶ちゃんの方も我妻といい雰囲気だろうし。
いい、雰囲気。

私しかいないトイレの中で、盛大にため息を吐いた。
考えれば考える程気分が沈む。だから私はお酒に逃げたんだった。
もうちょっとしたら酔いも醒めるだろうし、休憩していこうかな。

ここのトイレはお店のトイレじゃない。
お店を出たショッピングモールの中にあるトイレだ。
トイレの前には確かベンチがあったし、そこで休憩していこう。
きっと私がすぐに戻らなくても、あの場はなんとかなる。

またフラフラ左右に揺れながら、女子トイレから出るとベンチに座って茶髪くんが待っていた。

「あれ、待っててくれたんだ」
「一人でトイレに来れない人が、一人で戻れるわけないと思うんだ」

そう言ってくすりと笑う顔に少しだけ安堵した。
茶髪くんの隣に少しスペースを空けて、私も腰を下ろした。
座ったら全身の力が抜けたように緩んでいく。
あー…暫く立てないわ、これ。

「ちょっとここで休憩していこうか。無理はしない方がいいよ」
「ありがとう、茶髪くん。君、モテるでしょ」
「ほどほどに」

なるほど、イケメンは否定すらしないと。
一度でいいからそんな事言ってみたい。
大体、モテる人間が何故合コンにいるんだ。
そんな所に来なくても選り取りみどりだろう。
私の言いたい事が手に取るように分かったのか、茶髪くんは口を開く。

「我妻に頼まれたからね」
「へ〜仲いいんだ」
「これでも同期だから」

同期ねぇ。
私の同期なんて、私からネタをパクった挙句、とんでもない噂までばら撒くクソ野郎だよ。
環境が違うと良い同期に恵まれるんだね。
純粋に羨ましいよ、我妻が。

「名前ちゃんはさ、何で合コンに来たの?」
「幹事だから」
「あー…そう言う事」

別に彼氏が欲しい訳でも、友達が欲しい訳でもない。
本音を言うと来たくなかったし、今も帰りたい。
3対3のメンツで一人帰るとどんなに面倒なのか分かっているから、帰らないだけで。
私の言葉で茶髪くんが「ははは」と乾いた声で笑う。
何爽やかに笑ってるんだ、この人。



「でも、我妻ばっかり見てたね」



ビクリと私の身体が跳ねた。
核心を突かれた、というのはこういう事を言うんだろうね。
恐る恐る隣の茶髪くんを見るとニヤニヤと口角を上げていた。

「何で…」
「そりゃ、あんなに熱視線を向けていれば誰だって分かるよ」
「……」

思い当たる節があり過ぎる。
隙あれば端の席を睨みつけていた。
そりゃ目の前にいる茶髪くんが気付かない筈、ないよね。

「我妻が好きなのに何で合コン設定なんかしたの?」
「好きじゃない」
「ふーん」

全然私の言葉なんか信用してません、というような声でそう言う茶髪くん。
暫く二人の間に沈黙が訪れる。
深く我妻の事を否定すれば言い訳がましいし、かといって好きだと言えばそれはそれで問題だ。
結局黙るしかないのだ。
茶髪くんも気付いているのか何も言わない。

気まずい空気が二人の間を流れる。

でも黙っていたら、さっきまでのお酒の影響で眠気が襲ってきた。
まずいな、眠い。
でもここトイレの前だし、なんなら外だし。

なんとか睡魔と戦いつつ、瞼を必死で開けようと頑張っていると茶髪くんがこちらを見た。

「眠いの?」
「…うん」
「寝る?」
「……寝る」

正常な判断も出来ない。
とうとう私の脳は寝る判断をしてしまった。
合コンで眠る女なんているのだろうか。いや、私くらいしかいないだろう。

「名前ちゃんが寝ている間、俺横にいるからさ。少しだけ壁にもたれて寝ておきな」

優しい声にわたしはコクリと頷いた。
ああ、ほんと助かる。
茶髪くんの言葉に甘えて、私は壁に身体を預けた。
完全に意識を失う前、茶髪くんが「俺の今日の役目はかませ犬だから」と言った気がしたけれど、よく意味がわからなかった。


―――――――――――

何だか知っている匂いに包まれている気がして、目が覚めた。
壁にもたれていた筈の私は、いつのかにか隣の茶髪くんの肩に頭を預けていたようだ。
「ごめん!」と慌てて離れて手櫛で髪を整えた。

「やば、ガチで寝てた…。お蔭で酔いも醒めたし、もう戻ろっか」

なんとか立ち上がってみる。
うん、さっきより大丈夫そう。

「どうしたの、ほら、行こ…」

振り返って茶髪くんの方を見た私は、完全に言葉途中で固まってしまった。
髪の色が茶色だと思っていたその人は金色をしていたから。


「え?」


思考が追いつかなくて、まじまじと目の前にいる人を見る。
我妻だ。
気まずそうに顔を逸らしているけれど、紛れもない我妻だった。

あれ、私、まだ寝てる?


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